第16話 ソロでも戦えるようになってほしい
その悲鳴はカールトンネルの最下層にまで響いたという。
「のああああああああああああああああああああああぁ!」
黄土色のコウモリの大群に追いかけられるカイリ。ブンブンと《棍棒》を振り回すも、黄土色のコウモリたちはカイリを嘲笑うようにヒラヒラと《棍棒》を避けてしまう。《ビキニアーマー》に着替えてはいるが、肝心の《魅了》スキルは“視力が退化している”コウモリタイプのモンスターには通じない。当たらなければ《会心率上昇》も無意味である。
ウィザードのスキルを習得していれば魔法攻撃で太刀打ちできる相手なのに、カイリはレベルアップで手に入れたスキルポイントを振り分けることなくそのままにしてしまっていた。もちろん回復アイテムは持っていない。
「どうしよう! どうしようどうしよう!」
後悔先に立たず。こんなことになるなら《往復ワープチケット》を使っておけばよかった。岩の裏に回り込んでもすぐに見つかってしまう。そうだ。ルナさんに助けてもらおう。攻撃が当たらない《棍棒》をその場に放り投げて、走りながらスマートフォンを取り出す。
左手にスマートフォンを掴みつつ右手で画面をいじっていたら溝につま先を引っ掛けて盛大にコケた。
「ぐへっ」
痛い。コウモリたちがカイリの背中にべちんべちんと体当たりしてくる。転生者のカイリの視点では体力ゲージも受けているダメージ量も確認できないが、その数値以上のダメージを感じていた。指に力が入らない。スマートフォンが左手からこぼれ落ちて消える。視界がぼやけて、暗闇と自分の肉体が一体化していく――。
> あなたは死亡しました。
> デスペナルティとして1時間能力値が半減します。
「……リちゃん! カイリちゃん!」
ルナさんの声が聞こえる。自分にとって都合の良い幻聴かもしれないと思うとまぶたを開けるのが怖い。しかし、妙にふわふわとした感触がある。
カイリはカールトンネルで倒れた。岩を削って人が通れるようにした坑道にうつ伏せで転がっているはずなのに、なんだか毛布のようなものにくるまっているような?
「お姉様が心配しているんだから起きなさいニャ!」
レモンティーはカイリに掛けられていた毛布を勢いよく剥ぎ取った。TGXではダンジョンでモンスターから攻撃を受け、体力が尽きて戦闘不能となるとペナルティを課せられる。ペナルティの内容は“一定時間のステータスの半減”であり、この時間はプレイヤーのレベルが高ければ高いほど長い。このデスペナルティを免れるためには、インベントリに《復活薬》を準備しておくかネクロマンサーに《蘇生》スキルを使ってもらわなければならない。
ゲームのシステムに則り、カイリはデスペナルティを課せられた状態でダンジョンから一番近い都市――中立都市ゼノンの病院へ強制的に運ばれていた。
「きゃっ!」
ステータスが半減したということは《ビキニアーマー》の要求値が達成できなくなった。当然のことながら装備は外される。つまり、今、カイリは全裸の状態である。慌ててレモンティーから毛布を奪い返すと急いでくるまった。
「どうして戦闘不能に……?」
ルナの口調はカイリを責めるものではなく、ただただカイリの行動を不思議に思っての発言である。カイリの頭が3歩進んだら記憶をなくしてしまうような性能ならともかく、ルナは直前に“ヤマダにもう一度話しかけるとチケットをもらえる”と教えたのだ。チケットがあれば《ワープ》できるのだから死ぬはずがない。
カイリはうつむきながら「レベルを上げたくて」と正直に答える。目的地の黄金都市に到着するのも大事だが、カイリは“勇者”になるという大目標に向けてレベルを上げなければならない。時間を無駄にはできないと思っての行動である。
「あんまり迷惑かけないでほしいニャ」
「すみません……」
一般プレイヤーは画面でパーティーを組んでいるメンバーのステータスを確認できるので、カイリの戦闘不能に気が付いたのはルナではなくレモンティーが先であった。レモンティーがルナに「なんでか知らないけど死んでるニャ」と伝えると、ルナは血相を変えた。目の前に出現したマジカルハニービーを無視して「今すぐ《テレポート》させて!」とレモンティーに怒鳴ったものだから、レモンティーの我慢はそろそろ限界を迎えるだろう。
「あの辺のダンジョンなら殺されるようなモンスターは出ないはずよ?」
ルナの疑問に、カイリは「黄土色のコウモリがいっぱい向かってきたんです! 武器は当たらないし向こうはいっぱいいるしで卑怯です!」と抗議する。聞いてもなお「今のカイリちゃんのレベルなら戦えるはずですわ」と謎は深まるばかり。黄土色のコウモリというからにはクレイバットのことだろう。集団で出現するのもその特徴と合致している。
「今のステータスならクレイバットを《ファイアボール》で倒せるでしょうニャ」
元ウィザードであるレモンティーの言葉に「なんですかそれ」ときょとんとするカイリ。《ファイアボール》は炎属性の単体の魔法攻撃で、1体ずつではあるが必ず命中する。将来的に《メテオシュート》を習得するなら《ファイアボール》はスキルレベルを30レベルまで上げなければならない。30レベルまで上げると《ファイアウォール》(ヴァンガードの《フレイムウォール》とは有効範囲と消費MPが異なる別のスキル)が習得できるようになり、この《ファイアウォール》のスキルレベルを15レベルまで上げてさらにMPを貯めるスキルである《詠唱》のスキルレベルを最大値の50レベルまで上げてスキル習得のためのクエストをクリアするとようやく《メテオシュート》が使えるようになる。これがTGXのスキルツリーのシステム。長く遠い道のりである。
プレイヤーレベルの上昇に伴ってスキルポイントが獲得でき、そのスキルポイントによってのみスキルレベルを上げることができる。転生者はスマートフォンからスキルツリーのアプリを起動しなければならない。一般プレイヤーはキーボードのSを押下することでスキルツリーを確認し、スキル名をクリックすることでそのスキルにスキルポイントを割り振る。
「私がうっかりしていましたわ。ウィザードなのだから、魔法を覚えるべきね」
ルナはスキルに関する情報をカイリに教えていなかったことを恥じた。カイリは恨み言の一つでも吐きたかったが、レモンティーの表情をちらリと見て止める。
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