記憶喪失
ピート
暑い陽射しが照りつける。
う、う~ん……暑い……まぶしさを我慢しながら瞳を開く。
目の前に見覚えの無い風景が広がる。
何処だ?……飲みすぎたのか……?昨夜、誰かと飲んだかな……どうにも記憶がハッキリしない。
辺りを改めて見回す。どうやら公園のベンチで寝てしまったようだ。
早いトコ覚醒させたほうが良さそうだ。……視界の片隅にシンプルなデザインの建物が見える。どうやら公衆トイレが設置してあるようだ。
顔でも洗って目ぇ覚ました方が手っ取り早そうだな。
俺はベンチから立ち上がるとトイレに向かった。
小用を済ませて、洗面所にむかう……?誰だ?……鏡だよな……って事は俺か。……!?何で見覚えが無いんだ?
俺は……誰だ?……まだ酔ってるのか?
慌てて息を確認する。が、アルコール臭はまったくしない。。
昨夜、何やってたんだ?……わかんねぇや。考えても仕方なさそうだな。
「はぁ~~~」大きなため息がこぼれる。
ま、悩んだところで仕方ないか、失った記憶が早々簡単に戻るなら苦労しないだろうし……それに、こんな体験、一生のうちに経験できるかどうかもわからない事だよな。そう思ったとたん、なんだかこの状況が楽しくなってきた。
そうだ!免許とか、名刺があるかもしれない。もしあったら……記憶喪失を楽しめなくなりそうだな……入ってるなよ。
俺はジーンズの尻ポケットの財布に手を伸ばした。
財布の中身を確認してみる。
一万円札が数枚と千円札が二、三枚……名刺や免許といった身分を示す手がかりになりそうな物は何一つ入っていなかった。
よし!これで完璧な記憶喪失者だ!……思わず笑いがこみ上げてくる。もしかしたら、こんな状況を楽しめるんだから、大物だったかもしれないな。
いつまでも公園にいても仕方ないので、俺は周囲を歩き回ることにした。
もしかしたら、事件に巻き込まれたのかもしれない、医者に診てもらうべきなんだろうな。仕方ない、交番で事情を説明して、どうにかしてもらうとするか。……もう少し、何かしたいトコだけど、後々問題になるのは面倒だしな。
公園を出ると、道行く人に交番の場所を尋ねる。
そんな離れた場所ではないようだ、俺は礼を言うと交番に向かって歩き出した。
「おい!洋介!何やってんだよ」スーツ姿の男性がこちらに向かって、呼んでいる。
周りを見渡すが誰もいない、どうやら洋介というのは俺の事のようだ。
「おい、無視すんなよな」馴れ馴れしく男は言葉を続ける。
「今日は仕事休みなのか?」
「すいません……洋介って俺のことですか?」
「!?」怪訝そうに俺を見つめる。
「その……自分が誰だかわからないんですよ」
「!?……冗談だよな?」男の表情が段々強張っていく。
「貴方が誰かもわからないんですよ。交番に案内してもらえると助かるんですが」
「俺をからかってるんじゃないよな?」
「からかってもメリットがないと思うのですが?」
「お前はそういう事が大好きな奴だったんでな……はぁ~」男の口から大きなため息がこぼれた。
「案内するのは構わないけど、ここからなら洋介の家の方が近いぞ?」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ。幸さんは家にいないのか?」
「幸?」
「お前がもうすぐ結婚する相手だろ?半同棲生活じゃないか。……と言ってもわからないわけか。俺も会社に仕事残してきてるから、家まで送って幸さんがいなかったら連絡して来てもらうようにする。連絡が取れない場合は、少しの間、自宅で待ってろ!」
「俺はアンタを信用していいのかわからない。名前すらわからないんだからな」
「俺はお前の幼馴染の圭吾だ。信じられないんなら、……右肩を見てみろよ。黒子が並んで二つあるはずだ。付き合いがなきゃわかんねぇだろ?」言われた場所を袖を捲り確認する。確かに黒子が並んで存在した。
「あったろ?信用してもらえたか?」寂しそうに圭吾がつぶやく。
「わかったよ。言われたとおりの場所に黒子もあったんだから、案内されるままに着いてくよ」圭吾は足早に歩き出した。
「洋介、ここがお前の家だよ」そう言うと、圭吾はチャイムを鳴らした。
「誰もいないみたいだな?」
「携帯から幸さんに連絡しとくから、ここでおとなしく待ってろよ。俺も会議済んだら急いで戻ってくるから、な?」
「わかったよ。けど、幸とかいう女が誰かわかんないぜ?」
「電話で出来るだけ説明はしとく。お前は幸さんが来るまでここを動くな。わかったか?」念を押すように、俺が頷くの確認すると、鞄を片手に駆け出していった。
運がいいんだか、悪いんだかだな。友人にすぐ会うなんて、つまらん。もう少しワクワク感を楽しみたかったのに……ドアの前に腰を下ろすとボンヤリと空を眺めた。
「洋介さん?」
「!?」うたた寝をしてしまったようだ。瞳を開くと綺麗な女性が俺を心配そうに見つめている。
「洋介さん?」返事をしない俺を見つめる瞳に悲しみの色が浮かび始めた。
「……幸さんですか?」おずおずと尋ねてみる。
「圭吾君が言ってたのは冗談じゃないの?」
「幸さんなんですよね?」
幸は、俺の問いかけを無視するように扉の鍵を開けると、中に入るよう促した。
「ここが俺の部屋なのか?」室内をシゲシゲと見渡し、幸に確認する。
「そうよ」さっきまでとは違い悲しみが完全に支配している表情だ。無理も無い、婚約者が自分の事すら覚えてないのだから。
「アルバム見てみる?」そう言うと、俺の返事を待たず書棚から、数冊のアルバムを幸は持ってきた。
無言のまま、それを受け取るとページを捲っていく。
公園のトイレの鏡に映っていた男が、幸せそうな笑顔の幸と一緒に写っている。つまり、俺と幸の写真というわけだ。
「何か思い出せた?」
「わからない」首を小さく横に振る。
「そう……」幸の瞳から涙がこぼれ落ちた。
こんなシーンをつい最近見たような気がする。
「この写真は?」二人が写っているのは確かだが、なんだか二人とも笑顔がぎこちない。……??……!?…………!!初めてデートした時の写真だ!
…………思い出した、案内してくれた圭吾の事は思い出せていないが、彼女の事は……幸の事だけは記憶から消えなかったみたいだ。
「思い出せない?わからないの?」涙をぬぐいながら俺を見つめる。その瞳は悲しみに染まったままだ。
「み……幸……その……色々と思い出したというか……幸の事は忘れられないみたい?」俺は悪戯っぽくニヤリと幸に微笑んだ。
Fin
記憶喪失 ピート @peat_wizard
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