第15話 セバスチャンの行方2

 ある高層の建物の最上階にセバスチャンは住んでいた。

 

 六階建てのそれは立派な造りでこの付近には同じ様な建物がズラリと並んでいる。

 

 馬車から降りた私はそれを見上げて驚いていた。

 

「ポッポ」(ふっ、ロージー、口を閉じろ、みっともないぞ。)

 

 馬車の屋根にいるパフに笑われてしまい慌てて口元を隠した。

 

「ローズマリー、行くぞ。」

 

 ニヤけているラウリスに急かされ建物へと入って行った。一階には管理人がいて急に騎士達がバタバタと入ってきた事に驚きオロオロしながら質問に答えていた。

 

「ここの六階にセバスチャンと言う男が住んでいるな。」

 

「は、はい。六階の一番奥の部屋でございます。」

 

「今いるか?」

 

「そういえば昨日から見かけません。」

 

「訪ねてきたものは?」

 

「ここに住まわれて数年、一度も誰も訪ねる人はいなかったように思います。。お忙しい方のようだったので。」

 

 王の秘書として働いていた事は伏せていたようだ。

 

 この建物は一つのフロアに三部屋あるらしく、上に行くほど家賃は安いらしい。

 

 一階出入口に一人だけ騎士を残し後は六階のセバスチャンの部屋へ行く為、階段を上りだした。

 

 

 

「大丈夫かローズマリー。だから下で待っていろと言ったであろ。」

 

 六階まで階段…辛すぎる…

 

 息を切らしながらなんとか最上階まで上りきり、フラフラになりながらセバスチャンの部屋を目指していた。階段から一番遠い奥にある。

 

 三階辺りで辛くなりだしラウリスに止められたが、私には王へ報告するという仕事がある為頑張ったのだがちょっと息を整える時間が欲しい。

 

 騎士達はとっくにあがりきりセバスチャンの部屋の鍵を壊して入り中を調べだしていた。

 

 部屋の全体を見る為に入り口付近にいるラウリスが私を心配そうに見て椅子を勧めてくれた。

 

「ありがとうございます。ちょっと水を飲んできます。」

 

 セバスチャンの住まいは入ってすぐにリビング、後はキッチンと寝室があるだけでそれほど広くない。

 私がキッチンへ向かうとそこには既に二人の騎士がいてバタバタと壁に備え付けてある戸棚の中を開けて探っていた。

 

 そんなに散らかしたら後で大変そう。

 

 シンクへ向かうと魔石が付いている蛇口をひねった。ここは民間のマンションだが高級なので魔石によって水が出る蛇口が付いている。

 

 貴族が住む屋敷にはほとんど魔石によって色々と便利に作られているが、平民が住む一般の家庭にはあまりない。魔石を買って魔術師を呼んで設置するのは高額だからだ。

 

 出してあったコップに水を注ぎ飲んだあとそれを洗って拭き、シンク上の戸棚に片付けようと扉を開けた。

 そこには美しいティーセットが揃えてトレーの上に置いてあった。取り出すとティーポット一つにカップが三つ、茶葉が入った容器もあり中身もそのままだ。

 

「それが気になるのか?」

 

 キッチンに入って来たラウリスが後ろから声をかけてきた。

 

「セバスチャンはお茶が好きで、休憩時間が取れた時にわたくしにも美味しいお茶をいれてくれることがありました。」

 

「飲むだけではなく振る舞うことも好んでいたのか。」

 

「えぇ、ですからお客様がくればそうしたんじゃないかと思います。管理人は誰も訪ねる者はいなかったって言ってましたけど。」

 

「確かに、カップが三つは多すぎるか。」

 

 眉間にシワを寄せラウリスが考え込む。

 

「はい、二組ならまだわかりますが三つ目は必要でないと揃えませんよね。それに高級そうなこれが置き去りって事はやはり急な事だったのですね。」

 

「自宅が荒らされた様子も無いのだから本人の意志でないなら、帰る前に連れさらわれたか。だがここに来ていた二人の客が怪しいな。」

 

「ですね。こんなに美しいティーセット、私なら絶対に持っていきますよ。」

 

 金で縁取られたカップ&ソーサーは白地に黄緑の帯があしらわれ、中に同じく金で向かい合うグリフォンが描かれていた。薔薇や蔦が添えられ上品な仕上がりで大事に扱われていた感じがする。

 

「もう一度管理人に確認しろ。人目につかずに出入りできる場所がないかも探して来い。」

 

 キッチンを探っていた二人の騎士にラウリスが命令すると彼らは素早く出て行った。

 

「秘密裏に誰かが訪ねてきていたのか、よく気がついたなローズマリー。」

 

「そんな…セバスチャンと個人的な話をしたのが私だけだったせいですよ。」

 

 短い期間だったが城で他の人と接する時は仕事の顔だったろう。

 ルーベンとは誰だって親しくなりたいとは思わないだろうし、私は貴族でも格下で『無能者むのうしゃ』だから気を許してくれていた気がする。

 王へ『無能者』の扱いについて改善出来ないか話してくれた事もあったようだし。

 

「少し休むといい。管理人からの聞き取りが終わったらもう一度検討しなければいけないだろう。」

 

 セバスチャンはここで誰かと会っていたのか。

 

 ラウリスも出て行き、キッチンが静かになり一人でいると窓をコツコツ叩く音がした。

 

「ポッポ」(ここを開けろ。)

 

 窓の外でパフがちょっと苛ついてる。

 

 はい、はい。仕方ないな。

 

 窓の方へ行こうとするとキッチンに備えられている棚が動いた気がした。

 

 え?

 

 それは音も無く扉の様に開くと中から見知らぬ男が出てきて私を捉え、何か薬を嗅がされた。

 

 体がふわりとして意識が薄れ声もあげられない。窓の外でパフがバタバタ焦って飛んでるが私が許可を出さないと今のパフは魔術が使えない。嘴で窓を必死に叩いて割ろうとしてる。

 

 駄目だよ…そんなんじゃ割れない…ケガしちゃうよ…

 

 まぶたは閉じられ真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 ガタガタと音がし、揺れている。馬車で移動しているのか車輪の音がする。道が悪く体が時々激しく揺られ頭をぶつけた。

 

「痛…い。」

 

 後ろ手に縛られているのか自由がきかない。何とか目を開こうとするがまぶたが重い。まだ完全に嗅がされた薬が切れていないのだろう。

 

「気がついたんじゃないか?」

 

 後ろの方で声がする。

 

「面倒だな。また眠らせるか?」

 

「いや、あまり薬を使い過ぎると死ぬぞ。ここらなら多少騒いでも大丈夫だろう。旅人が頻繁に通る道じゃない。」

 

 頭が上手く働かないがこれって誘拐?縛られてるんだから助けを呼んでも良いんだよね。

 

「パフ…助けて…」

 

 かすれた声しか出ないがこれであの子に伝わったはず。

 

 今は手が縛られてるし薬のせいか上手く魔術が使えない。

 パフは本当ならどんなに離れていても魔術さえ使えればいつでも何処でも呼び出せるが、今は呼び出していたパフを呼び寄せるしかない。

 

 普段寝ているだけなら意識がなくても居場所はわかるが薬などで昏倒させられてら駄目だ。きっと今頃こっちに向かってくれているはず。

 ここがどこかはわからないけど、私の意識さえハッキリしていれば必ずたどり着けるだろう。

 

 連れ去られてからどれ位の時間が経ったんだろう…

 

 まだ頭はクラクラとし油断すれば途切れそうになる意識を必死にもたせる。

 どうやらここは荷馬車の中らしい。幌で覆われ木箱や大きな布袋などに囲まれているせいで外は見えない。

 背中の方に御者台があるようだがそこも見る事は出来ない。なんとか起き上がれないかもがいていたがまた馬車が大きく揺れ木箱に額を打ち付けた。

 

痛いいったい!」

 

 けっこう強く打ちつけおかげで意識がハッキリしてきた。

 

 パフ!どこにいるの?

 

 強く思うと微かにあの子の存在がわかりだした。でもすっごく離れた所にいる感じだ。

 流石にパフでも少し時間がかかりそう。

 

「オイ!何だあれ!!」

 

「マズイ!」

 

 突然、御者台の二人が慌てだし馬車が速度を増した。これまでよりも揺れが酷くなり体が跳ね上がる。

 

「いけるか!?」

 

「わからん!とにかく馬車を止めるな。クソッ、ツイてない。」

 

 なんだかよく分からないが悪い感じしかしない。

 

 

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