第16話 連れ去り1

 走る馬車の荷台で大きく跳ね上げられて思わず体が起こされ座る事ができた。

 

 揺れる荷台で足を踏ん張り木箱に背を押し付けて首を伸ばすと御者台の二人が見えた。左側を気にしつつ馬にムチをいれている。馬も必死に駆けている様子から何かに追われているのがわかる。

 

 御者台と反対に視線を向けるとすぐにそれは見えて来た。

 

 ゴブリンの群れだ。かなりいる…三十体位だろうか?この御者台の男達がどれ程強いか知らないが群れはもうすぐ追いつきそうだ。荷台が重すぎて速く走れてないのかもしれない。

 

「クソッ駄目だ。積荷を捨てろ!」

 

 手綱を握っていた男が叫ぶともう一人がこちらへやって来た。

 

 座っていた私をチラッと睨んだ後、中身を確かめながら木箱を追いかけてくるゴブリンめがけて投げ捨てた。

 一体のゴブリンに命中しそれは群れの中に沈んで行った。そこから次々と荷物を投げ捨てていったがゴブリンは一向に減らないし馬車も速く走れない。もう馬が限界なんだろう。

 見ているだけの私は気が気じゃなくハラハラとしていた。

 

 どんどんゴブリンが近づいてくると男は腰に差してある剣を抜いた。

 

 なんだ使えるのか、だったら早く戦ってくれればいいのに。

 

 男は片手で荷台に捕まりながら追いついてきたゴブリンを攻撃しだした。

 

「もっと速く走れないのか!切りがないぞ!」

 

 ゴブリンの一体一体はさほど脅威では無いが数が多過ぎる。段々と多くのゴブリンが追いついてくると男一人では捌ききれなくなってきた。

 

「ウワッ、もう駄目だ!」

 

 男が叫んだ時一体のゴブリンが馬車に取り付き荷台の後ろから乗り込んできた。そいつは男を荷台から投げ落とし私を見つけると襲いかかろうとこちらを見た。

 

「キャーー!!」

 

 縛られどうする事も出来ずにただ叫ぶしか無かったその時、突然近づこうとしたゴブリンが荷台から投げ飛ばされて行った。

 

「大丈夫かぁ?」

 

 そこには見知らぬ若い男がいて私にそう言ったあとすぐに荷台から身を乗り出しながら次々とゴブリンを斬り倒していった。

 

「レーン!そっちは頼む。この馬車の馬はもう駄目そうだ。」

 

「了解!」

 

 どうやら二人組らしい男達が次々とゴブリンを斬り倒しついにその追撃をかわした。

 

「おい御者、もう大丈夫だぞ。馬車を止めろ。」

 

 荷台に乗り込んできた方の若い男が前に行き、馬車を止めるよう言ったが御者の男は突然無言で剣を抜くと斬りかかった。

 

「オイオイ、助けてやったんじゃないか。」

 

 若い男は軽く剣を振るいそれを弾き飛ばすと御者の首に剣を当てた。

 

「止めろって。」

 

 グッと押し付けたのか、馬車は速度を落とすと止まった。

 

「よし、じゃ仕方ない。この馬車はもらったぞ。丁度これ位のが欲しかったんだ。」

 

 御者は馬車から降ろされ若い男は手綱を握ると方向転換したようだ。

 

 待って…まさかの馬車泥棒!?誘拐されて連れ去られてゴブリンに襲われそうになった後は馬車泥棒に連れて行かれるの?パフ早く来て!私どうなっちゃうの?

 

 馬車を少し進めると前から馬に乗った男がもう一頭の馬を連れて近づいて来た。

 

「逃げたゴブリンもいたからちょっと道を変えた方がいいかもな。また群れに出くわすかもしれん。」

 

「ただでさえ面倒なのに遠回りか。」

 

「なんだよ、御者は?」

 

「オレに馬車を快く譲ってくれ、荷物も置いていってくれた。」

 

 男は馬車を止め、御者台から降りた。

 

 どうしよう、二人でこっちに来る気だ。

 

 何か話してる声が聞こえるが内容は頭に入らず、逃げれる場所も無いし逃げれない。縛られた腕を必死に解こうともがいていたが男二人は荷台に乗り込んで来ると私を見下ろした。

 

「わ…こっちに来ないで!」

 

 狭い荷台の中で二人から距離を取ろうと足をバタつかせる。

 

「あぁ、待て待て大丈夫だ。オレたちはアンタに何もしない。」

 

 後から来た方の男が優しそうに微笑んだ。これがレーンって人?

 

「なんでこんなのが乗ってるかな。ツイてない。」

 

 先に乗り込んできた方の男は面倒くさそうに私を見て、近寄り手を伸ばして来た。怖くてギュッと目を閉じると額にかかっていた乱れた髪を指でわけた。

 

「血が出てる。あいつらがやったのか?もうちょっと痛い目に合わせてやればよかったな。レーン、傷薬あるだろ?」

 

「その前に縄解いてやれよ。可哀想に、攫われてきたのか?」

 

 男はそっと私のめくれたスカートをなおすと腕の縄を剣で切ってくれた。

 

「あぁ、ここも酷いな。」

 

 縛られた腕は縄で擦りむけ血が滲んでいる。レーンが持っていた薬を塗ってくれ包帯を巻いてくれた。

 

「ポーションでもあればいいんだがな。」

 

 レーンは優しく微笑み少しホッとした。

 

「いえ、そんな高価なもの。私には…ありがとうございます。」

 

 今やポーションは平民でも相当なお金持ちか、貴族の中でも高位の者しか手に入らない貴重な物だ。昔は大量に出回っていたらしいが最近では原料もなかなか調達できず製作する魔術師も減ったせいらしい。

 

「戦争中はけっこう使えたが、隠し持ってた分も使い切ったからな。

 オレはタイラー、こっちはレーン。南へ向かっている、君は?」

 

「私は…ロージーです。」

 

 貴族である事は言わない方が良いだろう。

 

「攫われて来たんだろ?どこの街だ?」

 

 レーンが優しく尋ねてくれたがどこまで話していいかわからない。多分良い人そうだけど、助けたからと多額の金を要求するやからもいると言うし。

 

「言いたくないなら別にかまわん、そこらの街にでも置いていけばいい。」

 

 タイラーと名乗った男は冷たく言い捨て荷台に残っている木箱をあさり出した。レーンはふぅとため息をつく。

 

「仕方ないやつだな。ロージー言う気になったらでいいよ。とにかく近くの街まで送るから。」

 

「駄目だ。ここから一番近い街に寄ったらもっと遠回りだ。通り道にある街にでも置いて行こう。」

 

 タイラーは一応、街までは連れて行ってくれるらしいが、自分に都合のいい所しか駄目らしい。微妙に親切な感じだが有り難い事に変わりは無い。

 

「それでかまいません。ありがとうございます。」

 

 街にいればなんとかなるだろう。パフが来れば大丈夫。

 

 タイラーがあさった木箱から布袋を取り出し中から干し肉を出してかじり出した。

 

「食うか?」

 

 一切れ差し出され受け取った。

 

「ありがとう、出来ればお水を頂けませんか?」

 

 喉がカラカラだ。干し肉を見た途端お腹も空いている事に気づいた。きっとひと晩は眠ってたな。

 

 レーンが水をくれ、飲むとひと息ついた。

 

「道なりに行くとなると今夜は野宿だが馬車があるだけマシだな。」

 

 倒れそうな馬車の馬を自分達が乗って来た物と取り替えるともう一頭を後に繋ぎ馬車を進めた。

 

 御者台に二人が並んで座り私は荷台の木箱に腰掛けた。

 

 デコボコした道の見通しの悪い森の中を過ぎてしばらく行くと、狭いながらも平坦な所に出た。人気はないが割と使われているのか道はならされていて馬車の揺れも大分マシだ。

 

 二人は馬の調子や行く道の事について話していた。私は出来るだけ何も話さず聞いていた。

 

「もう少し行けば川に差し掛かるからそこで少し馬を休ませよう。」

 

「もっと速く進めないのか?」

 

「タイラーが考えなく飛ばすから馬がへたばったんだろ。駄目になったら徒歩だぞ。」

 

 タイラーは舌打ちすると振り返ってまた木箱から干し肉を取出し口に入れた。

 

「腹減ってんなら勝手に食えよ。」

 

 私を一瞥するとまた前を向く。

 

「タイラーって…」

 

「あ?」

 

 つい気になり口に出してしまった。また振り返った彼に慌てた。

 

「あぁ、いえ。勇者と同じ名前だなぁと…」

 

「よくある名だからな。」

 

 そう言ってまた前を向いた。

 

 

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