第14話 騎士団棟

 見上げるほど大きなガタイのいい騎士達に廊下のコーナーに追い詰められ逃げ場が無い。

 

「あの、通してください。仕事があるのです。」

 

「私がご案内しますよ、どちらへ行かれるんですか?」

 

 笑顔だがグッと顔が近づいてきて怖い!

 

「ですから騎士団ちょ…」

 

「待て待て、私がお連れする。行きましょうお嬢様。」

 

 そっと腕を捕まれ引っ張られる。

 

「いや私と行くのだ、さぁこちらへ。」

 

 反対の腕も捕まれ引っ張られた。

 

「あ、あの、離して下さい。離して…」

 

 騎士達が言い合いながら腕を離さない。何が起こっているのかわからずアワアワとしていると突然名前を呼ばれた。

 

「ローズマリー・ゾルガー様!大丈夫ですか?」

 

 その声に騎士達がピタリと騒ぐのを止め、手を離した。

 

「ローズマリー…」

 

「ゾルガー…?」

 

 改めて私を見た騎士達はゾルガーの名を聞いて驚いたようだ。一人で歩いていた私が高位の貴族だと思わなかったのだろう。

 

 彼らの隙間から手が伸びてきて私の腕を掴むと追い込まれたコーナーから引き出された。

 

「エリー…」

 

「さぁ、こちらへ早く。」

 

 女中のエリーはそのまま私の背をおし足早に廊下を進んだ。

 しばらく進み騎士達が追いかけて来ない事を確認すると二人ともやっと足を止めた。

 

「はぁ…怖かったぁ。」

 

「ローズマリー様、申し訳ございませんでした。急に引っ張ってしまって。」

 

 エリーがすまなさそうな顔をしている。

 

「何言ってるの、助かったわ。どうしてあんな事になったのか…ビックリしてしまって。」

 

 まだ胸がドキドキしている。

 

 私の言葉を聞いたエリーがクスクス笑う。

 

「確かに大変でしたけど、仕方ありませんわ。今日のローズマリー様は華やかなで素敵ですから。」

 

「わたくしが?」

 

 中身はそのまま変わらないのに、服装を変えただけでこんなに扱いが違うのか。

 

「騎士団棟ではお一人では危ないです。側仕えの方をお連れになったほうがいいですよ。」

 

「でも仕事中だし、今までは平気だったのに。」

 

「お仕事中でも本来貴族のお嬢様は側仕えを従えていらっしゃいます。ローズマリー様が特別だったのですよ。」

 

「そうだったの。わたくし辺境では割と自由にさせてもらっていたからよく分からなくて。ごめんなさいね、気を使わせてしまっていたかしら?」

 

 エリーは首を横にふる。

 

「とんでもない、ローズマリー様は私達使用人の間ではお優しくて素晴らしい方だと言われています。一人一人名前を覚えて下さっていますし丁寧に接して下さいますから。他の貴族の方はそんな事はなさいませんから。」

 

 私にとって普通にしている事が評価されてしまい、何だかよくわからない。

 

「そう、えっと、ありがとう、そう言ってもらえて良かったわ。」

 

 他に声をかけてくる騎士達もいないし、大丈夫そうなので、心配そうに私を見ているエリーを仕事に戻らせると私も騎士団長ギデオンの執務室へ急いだ。

 

 執務室の前に護衛の騎士が立っている。

 

 さっきの事があったのでちょっと怖いが声をかけた。

 

「ギデオン様はいらっしゃいますか?ローズマリーと申します。」

 

 ジロリと見られて目をそらしてしまう。

 王の執務室へ入るのはいつもの事で流石に護衛の騎士にも知られていて平気だが、ここは知らない所だ。

 

「何用だ?」

 

 低く尋ねられビビってしまう。

 

「あの、王からの使いです。」

 

 騎士がドアをノックし中へお伺いを立てているようだ。今回の訪問は予定外の事なので在室しているかもわからない。

 

「通しなさい。」

 

 中から声がし、出来るだけ騎士から離れて横を通ると副長のラウリスに迎えられた。ギデオンやラウリスは王の護衛などでよく顔を合わせるので安心できる。

 

「ローズマリーどうした。珍しいな、色々な意味で。」

 

 秘書として働いている私に騎士団長や副長からも敬称はつけられない。

 

 ラウリスはガッシリした騎士たちに囲まれると少し細身に見えるが、素早い速攻の攻撃を得意とし優しくカッコイイと女中達が噂していた事がある。確かに端正な顔だ。

 

「王より言い付かって参りました。護衛を伴いセバスチャンの自宅を調べるようにと。」

 

 ラウリスは顔を曇らせた。

 

「やはりいないか。ギデオンはいま席を外している、私が行った方が良さそうだな。」

 

「ラウリス様が来て下されば安心ですが急な事で大丈夫なのでしょうか?」

 

 昨夜の勇者タイラーの帰還手続きなど忙しくないのだろうか?

 

「いや、セバスチャンの事は早急に調べねばなるまい。王の一番近くにいたのだからな。」

 

 確かにそうか、王のスケジュールが分からなくなる事に気を取られてしまったが彼は王の情報を握っている。

 

「少し待て、何人か必要であろ。」

 

 ラウリスは呼び鈴を鳴らしてセバスチャンの家に向かう為、人数を揃えるように伝えた。

 

 執務室内のソファに座る様に勧められそこで待つ事になった。

 

「それにしても今日のローズマリーは華やかだな。」

 

「はぁ、なんだか落ち着きません。側仕えに着せられてしまい、着替えようと思ったのですが陛下がそのままで良いと仰って。」

 

 着る物が違うだけでこんなにみんなの態度が違って疲れてしまう。

 

「王のご命令ならしかたがないな。だがその方が良いぞ。縁談が持ち込まれるのではないか?」

 

「…ご冗談を。わたくしには無縁の話ですわ。」

 

『無能者』の私と結婚なんて誰が望むだろう。ラウリスもその事は知っているはずだ。

 

 父の派閥と騎士団長ギデオンの派閥は対立していると聞く。ラウリスは勿論ギデオンの派閥に属しており、私が初めて王の秘書として配属された時は二人共ちょっと怖かった。

 

 ゾルガーに『無能者』の娘がいて屋敷に閉じ込められているという噂は一部の貴族には知られていたそうだが、事情を知る者はそこに触れることは無い。

 

 貴族の間では一族の恥として扱われほとんどが世間に出る事がなく、今回、たまたま、仕方なく、不本意ながら、私を外に出した父だが娘として紹介された事はなく、私も自分から名乗る事はほとんどしない。

 

 レックス達には仕方なく言ってしまったが彼らはすぐにいなくなる。厄介事に巻き込まれたく無いだろうから言いふらす事は無いだろうと思っていたが、なんだかアレから色々と変な方向へ進んで行っている気がする。

 

「だがゾルガーの娘がずっと独りとはいくまい。」

 

「わたくしでは政略結婚の駒にも使えませんし、まして望まれる事は無いでしょうから。出来れば一生、陛下に仕えていければと思っていましたがそれも無理そうです。」

 

 昨夜、父に逆らった事を知っているラウリスは困った顔をした。

 

「陛下がかかわっているのだし、どうにかなればいいのだがな。」

 

 良い案はないらしい。

 

 すぐに数人の騎士がやって来た。

 ラウリスは彼らに事と次第を説明し出発の準備が整うと私は馬車に乗る為に移動した。一人の騎士に導かれ廊下を進む。

 

 騎士団棟から外へ出ると馬車が用意されてあり扉が開かれている。屋根にはいつの間にかパフが止まっていた。

 

「では行くぞ。」

 

 ラウリスの合図で馬に乗った騎士が門を出るとそれに続いて馬車も走り出した。

 

 城を出ると貴族街を進む。セバスチャンは王の秘書だが貴族では無いので城にも貴族街にも住まいを持つ事が出来ない。

 

 新人騎士達の様に城の敷地内には、下位貴族で財政的に苦しく城に勤めている者用の宿舎もあるが平民は使えない。

 

 貴族街を抜けた所に平民用の城勤めの者が使える宿舎があるが、セバスチャンはそこにも住んでいない。

 

 更に進み平民の中でも裕福な者が住まう地域に彼は住んでいた。

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