第11話 反抗期
今日は朝から初めての事ばかりだ。
秘書失踪に始まり、街へお出かけ、晩餐会にゾルガー家の娘扱い。
私をレックスから引き離すとフェルナンドはすぐに離れルーベンのもとへ行った。
王は騎士団長ギデオンと副長ラウリスと話している。私が傍に行くと王が気づいた。
「おぉ、ローズマリー、先程はご苦労であったな。よくやった。」
「あ、ありがとうございます。」
思わぬ褒め言葉に驚いた。
「あそこでローズマリーがあれ程クリームブリュレを見つめていなければまだ静まり返ったテーブルに座っていたかも知れぬな。」
ギデオンが笑顔で言い、ラウリスも同意した。
話に付いて行けずついクリームブリュレを見ていただけの私は恥ずかしくてうつむいた。
「それで陛下、タイラーの事はどうされますか?」
ギデオンは彼をどう処するかお伺いを立てているようだ。
魔王を倒して以来一度も王都へ帰還させておらず、王に謁見もしていない大隊長など異例だろう。
「旧ウギマ領はもう落ち着いているのであろ。ならば早急にタイラーを王都へ呼び寄せ大隊長の地位に相応しい凱旋の式典を催し、
本来なら魔王を倒した時点でそうすべきだったが、今回は侵略戦争の勝利したという形にするようだ。
「では明日にも正式な帰還命令を出します。」
ギデオンは早速ラウリスを伴い王に暇を告げると部屋から出て行った。今から準備を進めるのだろう。
王はそのままウォーレンと話している父エドワードの元へ行く。
その様子を見ていたルーベンが素早くこちらに来ると私を睨むように見た。
「ローズマリー、さっきの態度はなんだ。陛下とエドワード様に恥をかかせおって。」
父の厳しい視線とルーベンの無神経な発言に黙ってうつむいた。
「何を言っておるのだ、ローズマリーは良くやっている。」
王はルーベンを制すると父へ王都以外の食料の流通状況や魔物の被害などを早急に調べるよう言った。そして私を振り返った。
「ローズマリー、明日はレックス殿との会合に其方も出席し報告を頼む。」
「わたくしが、ですか?」
これまでそんな仕事はしたことが無い。ルーベンが慌てて口を挟んできた。
「それは私の役目です。」
「いや、ローズマリーはレックス殿と親しく話すことが出来る。だから其方が思う些細な疑問を聞いて欲しいのだ。」
難しい事は父からの報告書を読めばわかるがもっと小さいが見落としがちな情報が欲しいようだ。
「わかりま…」
「陛下、ローズマリーは明日より仕事を休ませる予定でした。」
私を遮るように父が答えた。もちろんそんな予定は無かった。
やっぱり今回の事で私をまた屋敷に閉じ込めておく気だ。
「本当なのかローズマリー。私は聞いておらんぞ。」
王は私に聞いたが父が淡々と答える。
「セバスチャンには言っておりました。ここの仕事はローズマリーには無理だと。セバスチャンも戻りませんし早急に代わりの者を手配致します。」
父の言葉を受けフェルナンドが私の腕を掴み部屋から連れ出そうとした。部屋を横切りドアへ向かっていると目の前にレックスとトーマスが立ちはだかった。
「ローズマリー様、もうお帰りですか?」
「恐れ入ります。姉は気分が悪いようですので。」
フェルナンドはレックスの脇をすり抜けようとしてトーマスに止められた。
「アイザック国王よ、出来れば滞在中はローズマリー様に我々の連絡係をして頂きたい。」
レックスの言葉に驚き父を振り返った。頬をピクリとさせ不快感を示す父にレックスは続ける。
「出来れば城に留め置き、何か用がある時にはすぐに対応して頂きたい。」
王は戸惑いすぐには答えられないようだ。
「失礼ですがローズマリーは独身の貴族の女性です。その様な言いようは少し失礼では無いですか?」
ルーベンがニヤリとしながら口を挟む。
「他の女性を用意しますよ。」
そう付け加えるとレックスは眉間にシワを寄せた。
「失礼なのはそちらの方では?私はローズマリー様と仕事がしたくて申し入れているのです。」
「仕事ならば私が承りますよ。ローズマリーよりずっと長く王に仕えている。」
自分の方が優秀だとアピールするようにルーベンが王を見た。
「そうであるな…フム…」
アイザック国王が判断しかねているとレックスが私の手を取り王の前までエスコートして行った。
「この様にローズマリー様は平民にも忌避感がありません。ルーベン様ですとお父上に習い、私に相対するのは不本意なのではないですか?」
それを見た王は頷いた。
「どうするローズマリー。私としては其方に引き続き働いて欲しいと思うし、レックス殿もそう望んでおる。」
私は王と父を交互に見た。
ここで拒否して屋敷に閉じ込められるか、レックス達がいる間だけは城にいて彼らが帰国した後に閉じ込められるか。どちらにしても閉じ込められるのなら少しだけでも先延ばしにしたい。
「わたくしに出来る事であればやらせて頂きたいです。」
そう言ってしまった瞬間、私は産まれて初めて父に逆らったと気づいた。足は震え心臓が痛くなるほどドキドキと鳴った。
「そうか、ではエドワード、しばらくローズマリーは私に預けてくれ、良いな。」
「…仰せのままに。」
父はそれだけ言うと静かに部屋を出た。フェルナンドが後を追うようについて行きながら私を心配そうに振り返った。
すぐにプライス親子も引き上げ部屋には私とレックス達、王の四人だけになった。
「アイザック国王、突然の申し出に素早く対応して頂きありがとうございます。」
レックスが礼を述べると王は首を振った。
「いや、私の為でもあった。だがどうしてそれほどローズマリーを?」
「失礼な言い方ですがローズマリー様は父上に疎まれておいでです。」
王は頷き私を見た。
「事情があるのだ。だが疎んでいる訳では無いだろう。」
私の事は王も知っているようで仕方ないという顔をした。
「王よ、『
「そうなのですか!?」
私は驚いた。そんな事聞いた事もない。
だけど王はため息をつき頷いた。
「ご存知だったのですか?では何故こんな事を許すのです?」
レックスは王に詰め寄る。
「長い間続いた慣習を変える事は難しい。ましてほとんどその存在を知られない『無能者』をどうやって探し出し助ければいいのか、ローズマリーの事もあり前にセバスチャンと話していたのだが答えは出なかった。
エドワードは我が国第二位の権力を誇っておるし、それによって国の運営が上手く運んでいるところは大きい。
王と言えど力不足でな、許せよローズマリー。」
国王でもどうにも出来ない事を私が何か言えるわけが無い。
「大丈夫です、わたくし慣れておりますから。」
辺境にいた頃より窮屈だが王都でもなんとかなるだろう。
だって私にはパフがいる。
部屋の窓から外を見ると今にも飛び込んで来そうなほど苛ついてる白い鳩がベランダの手摺を左右に行ったり来たりしながら止まっていた。どうやらかなり我慢しているらしい。
「どうしました?ローズマリー様。ん?あれはまさか昼間の鳩ですか?」
パフに気づいたレックスが言った。
「えぇ、実は秘密のお友達なのです。」
もう閉じ込められちゃうことは決まっているのだし、国王と、数日後には国へ帰ってしまうレックス達には話しても大丈夫だろう。
「友達だと?」
王は私を変な顔して見た。
「本当なんですよ。パフと言います。」
私が手を振るとパフは手摺から飛び立ち硝子戸を突き出した。
「中に入りたいようだの。入れてみよ。」
硝子戸を開けた瞬間パフは勢いよく飛び込んで来るとバタバタと部屋の中を回り最後に私の肩に止まった。
「本当なのか。」
三人共目を見開いて驚いていた。
「パフはとっても賢いのです。いつもわたくしの事を案じて助けてくれます。だからここでもなんとかやって来れました。」
「そうですか…」
トーマスが複雑そうな顔している。きっと閉じ込められて育てられたせいで変な子になったのだと思っているのだろう。
「そう言えば昼間ローズマリー様を悪く言ったとき私に襲いかかって来ましたな。」
レックスが思い出し蹴られた頭を押えた。
「そうなんです、すみません。この子は私がいじめられたと思うとすぐにそんな事をしてしまうのです。ヤンチャで困ります。」
仕方のない子のパフのすべすべの羽を撫でた。
「ポッポ」(馬鹿な奴らが間抜け面で私を見ておるの。)
もう、分からないと思って変な事言わないで。
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