第10話 晩餐会2

 何故こんな事に…

 

 いくら考えても訳がわからないが静かに晩餐会はスタートした。

 私は出来るだけ父の方は見ずにレックスに集中していた。さっき目があった時、キュッと心臓が痛くなった。

 

 見てたよね、私のせいじゃないから!

 

 そんな言い訳が通用すればいいけど下手すれば明日からもうここには来れないだろう。

 

「アイザック王よ、ここ数年ラッテンリットは停滞していると噂されていますが本当でしょうか?」

 

 私の気持ちとは関係無くレックスが王に軽い先制パンチだ。

 

「停滞とはどういう意味であろうな。我が国は魔王を倒し侵略戦争にも勝利しておる。」

 

 王は笑顔で答えた。

 

「ですがそれにかかりきりで国内での物資の輸送が滞り品物が不足しているようですが。」

 

 品物不足?そうだったけ?

 

「昼間バザールへ行った時には人も多く品物も沢山ありましたけど?」

 

 ふと疑問に思い口にした。

 

「余計な口を挟むな。王と話していらっしゃるのだ。」

 

 斜め前の父から咎められ持っていたスプーンをガチャリと落とした。

 

「も、申し訳ございません。」

 

 慌てて手をおろし、下を向いた。王は手で父を制するとレックスに尋ねた。

 

「構わん、ここは正式な会合の場ではない。それよりローズマリーの言う事は本当か?」

 

「えぇ、確かに王都のバザールは賑わい品物も滞る事なく運び込まれているようでした。ですが、地方は違います。」

 

「なんだと。他の街では品薄だというのか?」

 

 レックスは王に頷きチラリと父を見た。

 

「ここ王都に品物を集中的に集め地方に、それも王都から離れれば離れるほど貧困問題がおこっています。ご存知ですよね。」

 

 父から目を離さずレックスは続ける。

 

「地方では若い男手が戦争に駆り出され色々な事に弊害が出ています。農家でも収穫量が減っていますし、魔物が出ても倒す事が出来ず困っている様子を、ここへ来るまでの街や村で目にしましたよ。」

 

「そうなのか?」

 

 王は父エドワードに視線を向けた。

 

「多少の齟齬はありますが、取りようによってはそうとも言えます。」

 

 えぇーっと、そうだって事よね。ややこしい言い方。

 

「何故そうなった?私のところにはそのような事は報告されておらんぞ。」

 

「それはセバスチャンに尋ねて頂かないと、王への報告は全てセバスチャンを通しておりましたから。」

 

 今、ここにいないセバスチャンに全てなすりつける気のかな。酷い。

 

「セバスチャンはまだ見つからないのか?」

 

 王が私を見て言った。

 

 これは答えていいんだよね…大丈夫そうだ。

 

「申し訳ございません。朝に探したきり、わたくしは探しておりません。ですが誰も今日は見ていないようです。」

 

「そうか…だが貧困問題が本当なら急いで対処せねばならん。エドワード、改めて資料を頼んだぞ。」

 

「かしこまりました。」

 

 父は表情を変えず承諾した。

 

 レックスは話を続けた。

 

「先程も仰せの通りこの国は大変幸運ですよね。勇者がいる。」

 

 王は私が報告した事もあり軽く頷いた。

 

「そうだな、確かに幸運である。勇者のお陰で魔王は倒され周辺の国々が助かった。その功績を讃え大隊長に任命した。

 その上後処理まで自ら・・引き受け長きに渡り魔物と戦ってくれ、後に隣国からの襲来も防いでくれた。」

 

「魔王を倒した後にはおびただしい数の魔物が巣食っていたそうですね。援軍は送らなかったのですか?」

 

「勿論送ったとも。タイラーだけに負担をかけるわけにはいかんからな。」

 

 王はレックス達が言っていた勇者に対する扱いが悪いという事を払拭する為に援軍を何度か送り込んだと言った。

 

「その援軍がろくに使えなかった事をご存知ですか?」

 

「どういう事だ?」

 

 王は眉間にシワを寄せた。

 

「我軍を愚弄するつもりか?」

 

「違います。この国の騎士団は大変優秀です。ですが勇者の元へ送られた援軍は寄せ集めのならず者が多く含まれた平民の集団だと言われています。ろくに戦えず全く役に立っていなかったと。」

 

「本当なのかギデオン!」

 

 王は騎士団長であるギデオンに向かって言った。

 

「援軍は確かに騎士団の者が向かっております。平民の集団ではありません。

 ですが、確かに辺境の地であることから命令系統に問題があり上手く機能していなかった事がありました。ですが後にそれは解決しそこからはスムーズに魔物の討伐が進んで行きました。ならず者呼ばわりは酷すぎますが問題に気がつくのが遅れた事は確かです。」

 

「それも初めて聞いた話だ。報告はどうなっておる?」

 

「これは騎士団の問題でしたので私が処理いたしました。セバスチャンは知っていたようですが王への報告には含まれなかったのでしょうな。」

 

 何だか私には難しい話ばかりだが要するに王が知らない事が多すぎるという事かな。

 

 食事は最後のデザートになっていたが誰も手を付けず、美味しそうなクリームブリュレが砂糖を焦がした蓋に隠されている。

 私の好物だ。飴状になった砂糖の蓋をスプーンの背で砕き、すくって口へ入れるとゴリゴリとトロ~リが混ざり合う至福の時間を味わえる。

 

 だけどみんな真剣な顔をして黙り込み、手を付けないので私もそれにならっていた。

 

「レックス様はなんでも知っているのですね。」

 

 目の前のお皿を眺めつつ、私は小さな声で呟いた。

 

「何でもは言いすぎですが、ローズマリー様がデザートを心待ちにしているのはわかりますね。」

 

 ハッと顔をあげるとレックスが笑って私にそう言い、アイザック国王も難しい顔をしていたがパッと笑顔になった。

 

「そうか、ローズマリー食べるがいい。でなければ誰もテーブルを離れる事が出来なくなるところであったの。」

 

 皆が一斉にスプーンを手に取りブリュレの砂糖の蓋を割った。張り詰めていた空気がフッと緩み最後のデザートを食べ始めた。

 

 私は恥ずかしくて俯きながら砂糖の蓋を割るとクリームブリュレを口に運んだ。ゴリゴリとトロ~リの至福の時間のはずがあまり味がしない。だってさっきから斜め前の父がこっちを鋭い目で見ている。

 

 終わったな、明日からもう屋敷を出る事は出来ないだろう。

 

 デザートが終了すると隣の部屋へ移動しソファなどでくつろぎながらお酒が振る舞われる。

 勿論、私はお酒は飲まずに王に付いていなくてはならない。やっと重圧から開放されホッとしていた。

 

「ローズマリー様。」

 

 王の傍へ行こうとした時レックスに呼び止められた。

 

「先程は失礼致しました。急に隣へ座らせてしまって申し訳ありません。」

 

「いえ、こちらの不手際をお許し下さい。あの…ご気分を害されたのではないですか?」

 

 先のウォーレンの失礼をわびた。

 

「あんな事は良くあります。私は平民で、若い・・ですから鼻につくのでしょう。」

 

 しれっとウォーレンを年寄り扱いしているのが面白くてニヤつく口元を隠した。トーマスも加わり三人でクスクスと笑っていた。

 

「ローズマリー姉さん。」

 

 珍しく弟のフェルナンドが人前で声をかけてきた。

 

「どうしたの?何かありましたか?」

 

 いつもなら城ですれ違っても一瞬目を合わせるだけなのに、ちょっと慌てた感じだ。私に近寄ると手を取りレックスから少し引き離しそっと耳打ちしてくる。

 

「独身の女性が一人で男性に近づき過ぎるのは良くないよ。父上が見ている。」

 

「仕事なのに駄目なの?」

 

 私だってそれくらいのことは知っている。エルロイ伯母がちゃんと躾けてくれてる。

 

「仮にもゾルガー家の娘なんだから、気をつけないと。」

 

 はぁ…ゾルガー家の娘扱いなんて初めてされたよ。

 

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