第9話 晩餐会1

 アイザック国王の部屋へ急いでいると廊下の窓が開いている所からパタパタと白い鳩が入り込み私の肩に止まった。

 

「パフ、駄目よ。人に見られる。」

 

「ポッポ」(大丈夫だ。みな忙しく働いておる。)

 

 辺りをうかがいため息をついた。確かに人気ひとけはない。そのまま歩きながらパフを見た。

 

「さっきの騎士がケガしてたの、あなたの仕業ね。」

 

「ポッポ」(生きておったか。あの馬め、役に立たんの。)

 

「やっぱり。駄目だって言ったでしょ、私は大丈夫だから。見つかったらまた父に屋敷に閉じ込められちゃう。」

 

「ポッポ」(そうなれば私が出してやると言ってるではないか。いい加減見限れ、奴はクズだ。)

 

「そうは言ってもね…」

 

 パフは私が召喚した鳩だ。

 白く美しい彼は私にだけ言葉がわかる。他の人には『ポッポ』と鳴いてるようにしか聞こえないらしい。

 

 初めて会った時からパフはずっと一緒にいてくれる。父にいない者とされ辺境にいる時も、王都に呼び寄せられてからも一緒だがこの子はどうもヤンチャで困る。

 

 私に何か意地悪する人に対して過剰に反応し、なんらかの報復を与える。小さければ小さく、大きければ大きく。

 

 一度、私が辺境の地で誘拐されそうになったことがあった。いない者とされていても貴族の娘だ。幾らかの身代金がもらえると思ったのだろう。

 

 辺境の屋敷から三人組に連れさられ、馬車に押し込められそうになり助けを求めて大声をあげた時、突然彼らは燃え上がり辛うじて命は助かったものの大怪我をしていた。側にはパフ以外誰もおらず奴らの悲鳴を聞いて駆けつけた使用人達は私を気味悪そうに見ていた。

 

 最初はしらばっくれていたが問い詰めるとそれはパフの仕業だった。

 それからパフは色々なことが出来ると教えてくれた。多様な魔術を使えたり、凄く速く飛べたり、いっぱい数が増えたり。

 一度、庭が沢山の鳩で埋め尽くされ伯母のエルロイが腰を抜かしていた。

 

 エルロイだけはこの事を知っていたが父へは報告しなかったようだ。

 

「ロージーはゆったりとここで暮らしていく方が幸せよ。王都へ行っても忙しいだけだから。」

 

 彼女はそう言って私を可愛がってくれた。伯母の言う事は正しかった、王都はホントに忙しい毎日だ。

 

 

「ほら、ここから出てちょうだい。また後でね。」

 

 廊下の窓を開きパフを庭へ出すと角を曲がり王の部屋へ向かった。中へ入ると王がため息を付きながら立ち尽くしていた。

 

「どうかなさいましたか?」

 

「おぉ、ローズマリー。ちょうど良かった。どのような服装が良いのだ。いつもならセバスチャンが指定してくれておったのだが。」

 

 ここでもか、セバスチャンどこに行ったのよ。

 

「そうですね、わたくしがここに来て以来、どこかの国の使者をお迎えする事は無かったので存じませんが、女中頭じょちゅうがしらのメアリなら知っているかもしれません。長く王に仕えているはずですから。」

 

 王は女中頭を呼びホッとした。

 

「あの、アイザック様、実は困ったことが起きまして。ウォーレン様が席を変えて欲しいと仰っております。」

 

「ウォーレンが席を?確か、レックス殿の隣か。仕方が無いやつだの。前にセバスチャンと決めた時には何も言っておらなかったのに。」

 

 セバスチャンに逆らっても上手く言いくるめられるから言わなかったのだろう。

 

「どう致しましょう?」

 

「放っておけ。無理だとわかれば諦めて席につくであろ。私が言い聞かせよう。」

 

 ホントかなぁ。不安だな。

 

「ではお願い致します。わたくしはこれで下がらせて頂きますので。」

 

「なに!?帰るのかローズマリー。」

 

 王は急に心細そうな顔をした。

 

「どうかなさいましたか?わたくしはいつもこれ位の時間に下がらせて頂いておりましたが。」

 

 王はガックリと項垂れた。

 

「そうであったか。いつもであればセバスチャンが私が休む間際までついてくれておったからな。だが今から誰もおらぬ。」

 

 そうだった。晩餐会にはルーベンも参加するので王の傍には付いていない。セバスチャンがいなくてルーベンもいないとなれば、私かぁ…

 

「あの、父に許可を取る事ができれば何も出来ませんが私がついていましょうか?」

 

 女中よりはまだマシな感じだろ。レックス達も知っているし。

 

「おぉ、そうしてくれるか?許可はこちらで取っておこう。すぐに着替えなさい。」

 

 あ!しまった、着替えか!

 

「申し訳ございません。わたくしは晩餐会に出るようなドレスは持っておりません。このままで構いませんか?後ろに控えているだけですし。」

 

 王は一瞬驚いた顔をしたがニッコリ笑うと頷いた。

 

「構わん、そのままでも充分だ。」

 

 すぐに女中頭が来ると以前どこかの国の使者を迎えた時の服装を覚えていて用意をし始めた。

 

 私はまだ晩餐まで時間があるので念の為、執務室へ向かい資料を読んでいた。するとベランダへ出る硝子戸をコツコツ突く音がし、パフがまたやって来た。

 

「ポッポ」(まだ帰らんのか?いつもの時間が過ぎておるぞ。)

 

 私は資料を手にベランダへ出た。

 

「晩餐会に出なきゃいけなくなって。」

 

「ポッポ」(正式な場には出た事がないであろ?大丈夫なのか?)

 

「大丈夫よ、後ろに控えているだけだから。王がセバスチャンがいないから心細そうでつい。」

 

 パフは首を傾げると小さな目をパチっとさせた。

 

「ポッポ」(王にはいくらでも変わりの者が用意できるであろ。今からでも断われ、面倒に巻き込まれるぞ。晩餐にはエドワードがいるのであろ?)

 

「そうなのよね。でもフェルナンドもいるから。」

 

「ポッポ」(あの腰抜けに何が出来る。)

 

「人の弟を悪く言わないで。」

 

 パフはすぐに私の弟や妹の悪口を言う。きっとヤキモチだな。

 

 ベランダでパフの相手をしながら資料を読んでいるとすぐに時間が来たので王の部屋へ急いだ。

 

 今夜はレックスが婦人を伴わない為、男性だけの晩餐である。

 

 晩餐会場の前室に着くと既に他の者達は来ており王を迎え挨拶を交わした。

 

 父エドワード、弟フェルナンド、プライス親子、騎士団長ギデオン、騎士団副長ラウリス。

 レックスとトーマスもいて、王に挨拶をした後、私を見て少し驚いていた。

 

「ローズマリーさんも参加なさるのですか?」

 

 レックスが私に話しかける。

 

「勿論、控えているだけです。」

 

「では私と同じですな。」

 

 トーマスがニッコリした。

 

「失礼ですけどトーマス様は側仕えなのですか?」

 

 どうも普通の感じではない。

 

「時には側仕えにもなりますよ。貴族ではないのでね、常時仕える必要はない。平常は部下、付き添い、話し相手、遊び仲間、まぁ、雑用係りみたいなものだな。」

 

「大変ですね色々と。私は雑用だけですので。」

 

 感心しながら言うと二人共ふっと笑った。

 

「ローズマリーさんは立派な秘書だと思いますよ。ほら行きましょう。」

 

 皆が歓談しながらテーブルに付き始めた。

 

 それぞれ順調に席についていったがウォーレン・プライスの所で止まった。彼はムッとした表情で咳払いをし席につこうとしない。

 

「どうしたのだウォーレン。早く席につけ。」

 

 王はウォーレンに座るよう促すが彼は眉間にシワを寄せるだけで動かない。その様子を見てレックスが静かにため息をついた。

 

「アイザック王よ、許されるのならば私の隣はローズマリー様にしていただけませんか?彼女とは昼間親しくなりましたので気安い。」

 

 会場内はしんと静まり返った。

 

 ここで隣に座る事を指名されたローズマリーさんは大変だ。

 気を使いすぎて私なら気絶しそう…ローズマリーさん…?

 

「私ですか!?」

 

 思わず大声を出して叫んでしまった。

 

 王の傍に控えていただけのはずが、レックスによって私は手を引かれ席へと誘導されていく。

 

「陛下、止めてください。わたくしには無理です。」

 

 自分から拒否する事が出来ず王を振り返った。

 

「フム、良い考えだ。ローズマリーはゾルガーの娘なのだからプライスより上でも構わんであろ?」

 

 席次を考えればレックスの隣が私ならプライスは王の隣になり騎士団長ギデオン・フィッグがレックスの反対隣だ。ギデオンは平民に忌避感はないと聞くが…

 

「私は構いませんよ。」

 

 気持ちよく彼は承諾しレックスの左隣に座った。

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