第6話 街

 食事が終わりレックス達が寛いでいると給仕のラスティから知らされ出発の時間だと知らせに向かった。

 

「失礼いたします。そろそろお出かけになりませんか?」

 

 私は二人に告げると一緒に街を回る警護担当の者を紹介した。

 

「街へはわたくしも同行させて頂きます。こちらは警護の者です、馬車でお連れ致しますのでこちらへどうぞ。」

 

 レックスはちょっと驚いた顔をした。

 

「警護がつくのかい?」

 

「はい、もちろんです。大切なお客様に何かあっては大変ですから。」

 

「だが我々は街を歩く事には慣れているし、警護がつくほうが人目を引いて危険な気がするが。」

 

「はぁ、ですが警護をつけるよう申しつかっておりますので。」

 

 困ったなぁ、こんな時どうすればいいんだろう。セバスチャンがいればきっとすぐに解決してくれるのに。

 

 私が迷っていると警護に来ていた騎士が口を開いた。

 

「では我々はこの騎士服ではなく、街で浮かない平服に着替えて参りましょう。警護は外せませんがそれなら目立たないでしょう。」

 

「すまないがそうしてもらえると助かる。レックス様、ワガママは駄目ですよ。」

 

 トーマスがその案に承知してくれすぐに騎士達が着替える為に席を外した。

 

 良かった、なんとかなりそうだ。

 

 私がホッとしているとレックスが謝罪してきた。

 

「申し訳ない。気軽な街歩きが出来ると思っていたものだからつい。」

 

「いえ、大丈夫です。ご要望に添えなくて申し訳ございません。」

 

 騎士達が平服にマントと冒険者の様な服で剣を差していても不審に思われない格好でやって来た。

 

「では参りましょう。」

 

 私とレックス、トーマスが馬車へ乗り込み城を出発した。私は二人の向かいに座り、騎士たちはそれぞれ騎乗し前後についてくる。

 

 馬車は順調に予定していたバザールへ向かう。

 貴族街を通り抜けるとすぐに窓から見える街は大勢の人々が行き交い騒がしい様相となった。

 

 荷馬車に乗り切れないほど荷物を積み込み運ぶ者や、楽しげにお喋りしながら友人と歩道を歩く女性。辺境では見られなかった沢山のカラフルな店や見慣れぬ外国の衣装を身に着けた旅人も多く、その圧倒的な賑わいに私は呆気にとられていた。

 

「クックックッ。何か珍しい物がありましたか?」

 

 気がつくと私は窓から顔を出してキョロキョロと見回していた。

 

「ハッ!も、申し訳ございません。わ、わたし、あの、わたくし…」

 

 レックスに声をかけられ驚いて振り返り自分の失態を恥じると慌てて席に座り直し謝罪した。

 

「レックス様、からかっては可哀想ではないですか。」

 

 トーマスが微笑みながらレックスをたしなめる。

 

「申し訳ございません。あの、つい…わたくし街は初めてで。」

 

 顔が燃え上がるように熱くなり下を向いた。

 

「初めてって、この街がかい?」

 

「はい、わたくしは辺境育ちで、王都に来たのは1年前で…」

 

 駄目だ…恥ずかしくて死にそう。

 

「1年前に来てまだ一度も街へ出ていないのかい?」

 

 レックスが驚いた。

 

「はい、仕事がありますから。」

 

「だが休日があるだろう?」

 

 トーマスが不思議そうな顔をする。

 

「休日は慣れない仕事を覚えなければいけませんし、その、部屋にいなくてはいけませんから。」

 

 実際には働き始めたのは半年前だが父は私を屋敷から仕事以外で出る事は許さなかった。必要以上に人目にさらされないよう暮らしていた為、一人で出歩くなどもってのほかだ。

 

「随分厳しい家庭なのだね。」

 

 レックスがそう言った時、警護の騎士が馬車と並走するとバザールが見えて来たと教えてくれた。

 

「おぉ、そうかい。では行ってみようか?」

 

 馬車を止めるように御者へ告げると二人は外へ出ようとした。

 

「お待ち下さい。バザールは人が多いので危険です。ここからご覧頂けませんか?」

 

 私が慌てて言うとトーマスが呆れた顔をした。

 

「ここから見るだけとかあり得ないだろう。」

 

 二人共さっさと馬車から降りるとバザールへ向かって歩きだした。

 

「お、お待ち下さい!」

 

 私も慌てて追いかけると二人について歩道を歩きだした。騎士達は馬から降り追いかけてこようとしたが人混みの中で馬を繋ぐ所もなく、手間取っていた。

 

「今のうちだ!急ぐぞ!」

 

 レックスは私の手を取りトーマスと共に走り出した。

 

「えぇ!?ま、待って!じゃなくって、お待ち下さい!」

 

 人混みを縫う様に駆け抜け追いかけて来る騎士を振り切り、曲がりくねった路地に入り人でごった返した小さな商店が並ぶ通りに出た。

 

「はぁ、はぁ、ここまで来れば良いだろう。大丈夫かいローズマリーさん?」

 

 私は口も聞けないくらい息を切らしフラつくとレックスが腰に手を添え支えてくれた。

 その瞬間、羽ばたく音が聞こえ、私は慌ててレックスの手から逃れると離れた。

 

「だ、大丈夫だから!」

 

 その言葉にレックスは驚き、私達の上を白い鳥がツイっと飛んで行った。

 

「あぁ…これは失礼。倒れそうだと思って、他意は無い。」

 

 彼は少し驚き私から距離をとった。

 

 危なかったぁ…

 

「レックス、何故彼女を連れて来た。巻き込んでは可哀想ではないか。」

 

 トーマスが店と店の間の隙間へ移動すると私にすぐ近くの商店から買ってきた飲み物をくれた。

 

「だがな、一度も街へ出た事が無いのだぞ。それこそ可哀想ではないか。」

 

「まぁ、そうだがな。」

 

 レックスの言葉にトーマスが同意し、私は飲み物を飲んで少し落ち着いた。

 

「あの、戻っては頂けませんか?」

 

 二人は私が落ち着くと商店を見て回りだした。

 

「まぁまぁ、そう慌てなくても。二、三時間で戻るさ。あなたも楽しむといい、街は初めてなんだろう?」

 

 レックスとトーマスは人混みから私を庇うように歩きながら様々な物を見せてくれた。

 

 色とりどりの服や生地を売っている店や、革製品を扱っている店、雑貨屋、肉屋、果物屋。ありとあらゆる物がバザールには溢れていた。

 私は二人に帰るよう話していたものの、ついそれらに見惚れ、驚き、楽しんでしまっていた。

 

 レックスはどの店でも店主に話しかけ色々な事を聞き出しているようだった。

 街へ来る外国人へ地元の人の対応や、入って来る品物の種類、数、値段。侵略戦争が終わったばかりで何か変化があったかなど、世間話に絡めて上手く聞き出していた。

 

「で、ここの貴族様はどんなだい?」

 

 串物を売っている店主にレックスが肉を物を注文して焼けるのを待つ間に尋ねた。

 

「ここの貴族様は相変わらずさ、昔から変わっちゃいないね。どっかの国じゃ平民も城で貴族と混じって対等に働いてるそうだけど、まぁ無理だね。」

 

「この国には優秀な平民の戦士がいただろう?」

 

「あぁ、タイラーだろ?俺たち平民の間じゃ一番の出世頭だろうけど、どうかな、このままじゃ他へ移るんじゃないか。

 魔王と呼ばれた男を倒したがその後すぐに魔物討伐の責任者にされて、それが落ち着いたら侵略戦争に駆り出されていた。戦争は一ヶ月前に終わったのにまだ戻れて無いのはおかしいよ。扱いが悪い、さぁ焼けたよ。」

 

 串を受け取りながらトーマスが支払いを済ませると私に一本渡してきた。

 

「ありがとう…ございます。」

 

 店の脇にある小さなテーブルとイスを使わせてもらえるようで、私を座らせると後から二人も座った。

 ちょうど木陰になっており歩き疲れていた私はホッとひと息ついた。そこへ羽音がして一羽の白い鳩が近くの木箱の上に止まってこっちを見ている。

 

「王都の街は初めてでも串焼きは辺境でもあったろ?熱いうちに食べよう。」

 

 トーマスはそう言うと串にかぶりついた。もちろんレックスもとっくに同じ様に食べていて美味しそうな肉汁を滴らせている。

 私は少し躊躇したが二人が美味しそうに食べる姿や肉から漂ういい匂いにつられ、二人にちょっと背を向けると串にかぶりついた。

 

「美味しい…」

 

 出来たて熱々の肉は甘辛くふわりと香草の香りもして柔らかく肉汁が口の中に広がった。三切れ刺してあった肉のうちの二切れ目にすぐに食いついた。

 

「ポッポ」(美味そうだな。)

 

「美味しいよ、ハイ。」

 

 私は目の前にいた白い鳩に残りの肉を差し出すと、それはふわりと私の腕に飛び乗り串から肉を突き始めた。

 

「えらく気前がいいんだな。こんなに旨い肉を鳩なんかにやるなんて。」

 

 レックスに後ろから声をかけられ驚いて立ち上がった。

 

 しまった、美味しすぎて油断しちゃった。

 

「ワッ!も、申し訳ございません。あ、あの…」

 

「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。もらった肉をどうするかは君の自由だろ。」

 

 どうやら咎められた訳ではないようだ。

 

 ホッとしてまたイスに座ると白い鳩は食事を続けた。

 

「随分厚かましい鳩だな。」

 

 トーマスが楽しそうに言った。

 

 

 

 

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