第5話 使者
ミデガライト国の使者レックスは無事に予定通り到着した。
重要な条約を結ぶ為の事務方での打ち合わせの為の訪問であるがレックスは平民である。ミデガライトでは優秀な人物は身分に関係なく登用しているようで今回の訪問に貴族はいないと聞いている。
我が国の事務方トップは父である。本来なら父が出迎える所であるが今回はナンバー2のウォーレン・プライスが城の正面玄関である大階段前に出ていた。ルーベンの父だ。
私は王の執務室への案内をする為にその場に控えていた。
馬車は到着し、レックスが疲れた様子も見せずに爽やかな笑顔で降りてきた。三十代前半位の思っていたより若い男だった。
「ようこそ、ラッテンリットへ。お待ちしておりました。」
ウォーレンはニコリともせずに淡々と挨拶をした。平民に笑いかけるのが嫌なのだろう。
レックスは気にもかけず笑顔のままで挨拶をかえす。
「わざわざお出迎えありがとうございます。ゾルガー様。」
レックスは事務方トップの父が出迎えると思っていたようだ。
「いえ、私はプライスです。ゾルガーは少し外せない用がございまして。申し訳ございませんが、晩餐会でお会いできる事を楽しみにしていると申しておりました。」
「そうですか、ではその時お会いするのを楽しみにする事としましょう。」
レックスはサラッと流したがプライスが背を向けた瞬間黒く笑った。
「では王がお待ちです。こちらへ。」
王の執務室へ案内する為に私はレックスとウォーレンの前を歩いて行く。
レックスは人懐っこい感じで城の歴史ある建物を褒め是非城内を案内して欲しいと言った。
ウォーレンは興味が無い感じのまま軽く返事をする。
「それでは王との謁見の後に手配しておきましょう。」
ちょっと待って勝手に予定を入れないで!
「あの、失礼ですが食後に街をご覧になる予定だと伺っておりますが?」
謁見の後は軽く食事して出かけるはずだ。
私はせっかく打ち合わせた予定を崩したくなかったせいで咄嗟に口に出してしまった。ウォーレンは疎ましそうに私を見た。
「余計な口を挟むな。予定などいくらでも変更が聞くであろ。セバスチャンに言っておけばいい。」
そのセバスチャンがいないから言ってるのよ!彼がいれば上手く切り抜けてくれたかもしれないけど私には無理!
「申し訳ございません。」
私はすぐに謝罪し案内を続けようと歩きだした。
予定が狂う、どうしよう。
「あぁ、無理を言って申しわけ無い。予定通りで構わない、もし今回の仕事が上手く運べば時間が出来るだろう。その時にまたお願いしよう、それで良いかな?」
レックスは爽やかな笑顔で私にそう言った。
確か滞在予定は四日間、一日は予備で取っているはずだからこじれない限り大丈夫なはず。
「はい、かしこまりました。準備をしておきます。」
「よろしく頼むよ。」
ホッとした所で執務室へ到着した。
ドアを開け中へ通すと王が椅子から立ち上がりレックスを迎えた。
「お初にお目にかかります。アイザック国王。ミデガライト国のレックスと申します。」
「ようこそレックス殿、長旅はいかがでしたか?」
定形の挨拶をし、ソファに座ると歓談が始まった。
私はルーベンの側によるとさっきの城の案内を準備しなければいけない事を告げた。
「では準備は任せた。私は晩餐会に出席しなければいけないし、王の今後の予定も組まなければいけない。」
「え!?そんな、私一人で準備するのですか?」
「少しはセバスチャンのやり方を見ていたであろ。大体その様な要求を受け入れた其方が悪いのだ。」
受け入れたのはお前の父親だよ!と言いたかったがそうもいかず。これ以上この場で何か言う事も出来ない。
私は引き下がると次の予定の昼食が準備されているか確認する為に部屋を出た。
「あいつムカつく。」
廊下を歩きながらつい口に出してしまう。
「ポッポ」(殺るか?)
廊下の窓の向こうから小さく声が聞こえる。
「駄目よ、大丈夫だから出て来ないで。」
「ポッポ」(つまらんの。)
一人で廊下を進みながら口元を押え、辺りを気にしながら足を速めた。
「ポッポ」(大丈夫だ、近くに誰もおらぬ。)
「それでも勝手に出て来ちゃ駄目よ。」
側にはいないが私の声は聞こえる。用心しなければ。
「ポッポ」(無用の心配だな。)
昼食を用意している部屋へつき、なかへ入ると女中達が準備を進めていた。
「大丈夫かしら?エリー。」
「はい、準備出来ております。ローズマリー様。」
セバスチャンの指示通りサンドイッチが用意され、飲み物もいくつか準備されていた。
確認が済みまた執務室へ戻りレックスが出てくるのを廊下で待つことにした。
そこには彼の側仕えらしき男が待機していた。
「どうも、私はトーマスと申します。」
二十代後半の男は微笑み自己紹介した。
「ローズマリーと申します。よろしくお願い致します。」
「こちらこそよろしく、さっきはすまなかったね。レックス様が勝手な事を言ってしまって。」
トーマスは申し訳無さそうな顔をして言った。
「いえ、こちらこそ。すぐに対応出来ずに申し訳ございません。」
「いや、急な予定変更は困るよね、まったく。後でよく言っておくから。」
まるで友人の事でも話すようにトーマスが言った。
「あの、大丈夫です…」
ちょうどそこでウォーレンとレックスが部屋から出て来た。
「では私はこれで。後はこの者が案内します。」
ウォーレンはさっさと背を向け立ち去り、私はレックス達を昼食が用意してある部屋へと案内した。
「いやぁ、流石に大国の王だな。思っていたより聞く耳をお持ちだったよ、王はな。」
レックスは歩きながらグッと伸びをした。
「まだ来たばかりなのにもう疲れたか?」
「ちょっと緊張しただけだ。ここはうちと違って貴族が多い。」
ミデガライトではやはり重要な席でも平民が活躍しているようだ。いずれラッテンリットもそうなって行くのだろうか?
「こちらでございます。」
昼食を用意している部屋に到着しドアを開けた。
中では給仕が数人とさっきいた女中のエリーもいた。
「ここで軽くお食事して頂いた後は少しご休憩後、街をご案内させて頂く予定です。」
私が予定を話している間に二人共さっさと席に付いた。エリーがギョッとした顔をしている。私も少し驚いたが彼女程ではない。
「ではお二人のお食事をご用意をして、エリー。お飲み物を伺って下さい。」
側仕えだと思っていたトーマスが同じテーブルの席に一緒に付き食事を取ろうとしている事に給仕たちが動揺している。貴族の間ではありえない事だが辺境で貴族然として育っていない私にはそれほど驚くことでもない。
私も辺境では仲の良い女中達と一緒にお茶を飲んだりしていた。エルロイには内緒だったが…
「君も一緒にどうだい?ローズマリーさん。」
レックスは自然な感じで私も同席するよう勧めてきた。
カップにお茶を注いでいたラスティが動揺しガチャリと音を立てた。
「し、失礼いたしました。」
その様子を見てトーマスが変な顔をした。
「申し訳ございませんが、わたくしはこの後の予定を確認する仕事がございますので。
何か御用がございましたらこのエリーかラスティにお申し付け下さい。では後ほど、失礼いたします。」
冷静に断ると部屋を出た。
廊下を進み王の執務室へ向かう。
「ポッポ」(あいつら礼儀を知らんのか?)
開いていた窓から部屋の様子を伺っていたのかちょっと怒っている。
「シッ、私が貴族だと思わなかったんでしょ。」
廊下の窓の外をパタパタと羽ばたきながら白い鳩が飛んでいく。
この国では平民から貴族を同じテーブルに誘うことは無い。
大変無礼で礼儀知らずだとされるし、そもそも同じテーブルで食べる場面にはあまりならない。
今夜の晩餐会は貴族である王が平民のレックスを招待したという形で実現している。
私は辺境育ちであるし、貴族的な生活もあまりして来なかった為忌避感は無いが給仕のラスティや女中のエリーには彼の行動は驚きだっただろう。
王の執務室へつくと中では午後から街へ向かい警護に当たる騎士との行動の確認がされていた。
「では、馬車の中からバザールを見たあと高級店が並ぶ大通りへ向えば良いですね。」
二人の騎士がついていくようだ。
もちろん私も、いよいよ街へ行けるのだ。
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