第4話 秘書
セバスチャンはある日突然現れた。
と、使用人達の間では噂されている。
私が半年前に来た時は既に王の第一秘書として完璧に仕事をこなしていた。
それまでは今の第二秘書のルーベンが王の秘書をしていたが抜けが多く、予定の重複や手配ミスなど毎日が大騒ぎだったと聞いている。
出来は悪いが派閥のせいで首を切ることも出来ず、皆が迷惑しているのに本人に自覚は無いという地獄の日々だったそうだ。
ラッテンリット国内は約一年間続き、一ヶ月前にやっと終わった侵略戦争の為、慢性的な人手不足である。私がここに来た時は最悪の時期であまりにひどい有様に仕方なく、全く以て不本意ながら父は私をここに派遣した。
「フェルナンドは私の側に必要であるし、アイダはまだ学生だ。長子であるお前も少しは役に立つことをしろ。」
辺境の領地から呼び戻されて以来、ほとんど顔を合わす事なく屋敷の隅でひっそりと暮してきた私に初めて発した言葉がそれだった。
伯母のエルロイによって最低限の貴族としての礼儀や所作などは仕込まれていたがあくまで万が一、万、万が一の事を考えての事だった。
私が辺境を出ることは無いと思っていたし、まさか貴族に嫁ぐ事も無い。
最近では平民出の成り上がり者が家名欲しさに落ちぶれた貴族のお嬢様や末端の貴族の家名を金で買うように婚姻を結ぶ者もいると言われているが、ゾルガー家は豊かであるしまして平民を受け入れるなどありえない。いくら無用の『
という事でずっとひっそりと生きていくはずだったのだが、まさかの王の秘書。世の中何が起こるかわからない。ま、ほぼ雑用ですけど。
ルーベンでは王の執務が滞って仕方が無いという事でやって来たのがセバスチャンだった。彼はそもそも騎士団副長ラウリスの秘書だったが、その完璧な仕事ぶりに騎士団長ギデオンが王へ推薦した人物だった。
側近である父は反対した。騎士団長とは意見の相違があるらしくしばしば対立していたようだし、セバスチャンは平民の出だった。
しかし自分が送り込んだルーベンが使い物にならないのに遠ざける事も出来ない父をギデオンが押し切った形でセバスチャンは王の秘書になった。
最初はルーベンの下という形をなんとか保っていたがその有能さに王が全面的にセバスチャンを頼るようになるのに時間はかからなかった。
起床時間から一日の予定、執務内容、戦場へ指示を出す為の資料、どの国と友好関係を結べば事がうまく運ぶかの提案まで、日に日にセバスチャンへの信頼度は増していきとうとう全ての王への要求、知らせはセバスチャンを通すようになって行った。
もちろんそれを快く思わない父はなんとかセバスチャンを懐柔しようと働きかけたが礼節を保ちつつ慇懃無礼にはねつけられたらしい。
その噂は密かに広がり王は更にセバスチャンへの信頼を高め、父は派閥から更に秘書を派遣しようとしたが人員がおらず、諦め切った最後に誰かが私の事を持ち出したらしい。
一般的には出来が悪く表に出せない、いない者として長年扱われてきた私が王都でひっそりと暮らしている事がどこかから漏れたのだ。
私が『無能者』である事は一部の派閥の者には知られていたからそこからの漏洩かもしれない。身内であるから裏切る事は無いだろうし、もしかしたら恩を感じて良く働くかも、と言われていたかどうかは定かでは無いがそれほど人手不足だということだろう。
「ふぅ…まずは片付けないとね。」
ルーベンに使者の情報を渡し、王のもとへ向かわせると部屋を片付けながら何か本日の予定がわかる物がないか探し始めた。
散らかった書類を集め中身をチェックしていく。メモを取らないセバスチャンがそんなにわかりやすい何かを残してるとも思えないが。
彼は王の全ての行動を把握していたがどこの派閥にも属さず孤高の存在だったから誰かが全てを知っているという事は無いだろうが、きっとどこかにヒントがあるだろう。
粗方の片付けが済み控室を後にし、音もなく王の執務室へ向かいながらセバスチャンの言葉を思い出していた。
「東の隣国ミデガライトはこの国と友好関係を結びたがってはいるが最近の王のやりように疑問があるようだ。出来るだけこの国の事情を理解して頂き手を結べれば王も少しは負担が減るだろう。」
低めの声の柔らかい物言いのセバスチャンは私にとても親切に接してくれていた。きっと私が『無能者』だと誰かから聞いていたのだろう。
同情か物珍しさか、それはわからないがあらゆる事を教えてくれた。身分的には私は貴族の端くれでセバスチャンは平民だったが仕事では彼が先輩だ。
右も左も分からない私が必死で仕事を覚えようとしているといつもさり気なく助けてくれた。
側に置いてくれ自ら指導してくれ少しずつではあるが秘書の仕事を覚え始めた矢先の今日だ。
一体彼に何が起こっているのだろう。
私は王の執務室へノックして入って行った。
「セバスチャンではないのか、どこに行っておったのだ…ローズマリー。」
落胆しながらも、なんとか名前を絞りだしたようだ。
「ローズマリー、何かわかったのか?」
ルーベンが偉そうに聞いてくる。
「いえ、もしかしたら今日の予定の何かが陛下の机にないかと思いまして。セバスチャンは資料を前もって置いている事があったので。」
私の言葉に王は自分で引き出しを全て開いていった。
「なんだこれは?」
二番目の引き出しに二つの束ねられた資料がありそれぞれ表紙がつけられ内容がわかるようにしてあった。セバスチャンがいつもしている事だ。
そこには『下町に関する資料』と『ミデガライト国とラッテンリット国の友好条約によってもたらされる周辺地域の利益』と書かれた物だった。
「おぉ、これを読んでおけば使者と話す時に役に立ち進めやすくなるのだな。そうだ、いつもこんな資料を渡されておった。よく気が付いたな、ローズマリー。
ルーベンも使者の名と予定を探り出して来たし、其方ら二人がいれば今日はなんとか乗り越える事が出来る気がして来た。」
ちょっと待て、使者の情報を探ってきたのは私だよ!っと言いたいところだがこんな事はいつもの事だ。笑顔で聞き流し私は頷いた。
「陛下、使者のレックス様がご覧になりたいと仰っていた下町へは誰が同行すると書いてありますか?」
きっと資料には誰がどこへどれ位の時間、案内するか記してあるはずだ。それによってその者と打ち合わせなければいけない。
「そうです、王よ。打ち合わせなければいけませんから誰か確認してください。」
ルーベンは自分が気づいたと言わんばかりに発言してきた。
「うむ、そうであるな。え〜、おぉ、ここに書いてあるぞ。下町へは護衛として騎士団の者と打ち合わせ、そして同行者セバスチャン、ローズマリー、其方だな。」
私はコックリ頷いた。
良かった、ちゃんと行けるようだ。私がほとんど屋敷を出た事が無いと知ったセバスチャンが、勉強という形で同行させてくれる事になっていたのだ。
ただ見て回るだけだろうが楽しみで仕方がない。
「下町か、ローズマリーは何も知らないから丁度良いではないか。平民の暮らしも知っておくべき事だぞ。」
自分こそ何も知らないくせにルーベンが偉そうに鼻で笑う。
「ではわたくしが下町に出向いている間にそちらの資料に目を通しておいて下さい。会談は明日ですが晩餐会の折に話が出るかもしれません。」
私の言葉を聞き王は頷いた。
街の視察はセバスチャンはいないが馬車で回る位ならなんとかなるだろう。
「晩餐会には私も出席致しますのでご安心を。」
ルーベンが自信満々に胸をはった。
お前がいてなんの役に立つんだよ。
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