第3話 お仕事

 父が家を出てから数分後。

 

 馬車の中にクッキーを持ち込みポリポリと嚙じりながら仕事へ向かった。ここでしっかり食べて置かないと仕事中は帰るまであまり時間が取れない事が多い。

 

 門を出てしばらくは貴族の屋敷が整然と並ぶ道を通る。派閥の大きな所は城近くに住まい、小さな派閥の者や派閥に属さない者は平民が住む街に近い所で住んでいる。

 私はどちらかと言えばそこの方が便利で楽しそうだと思うがそうも行かないらしい。

 

 残念ながら馬車はすぐに城につく。

 正面の大きな門の前を通り過ぎ頑丈な鉄柵が続く城の前庭の横を通り出入りの業者が利用している裏門へと馬車は行く。

 優雅に堂々と正面の門から出勤する父や弟と違い私は馬車が停まるとすぐに自らドアを開け静かに下りた。皆が忙しく働く屋敷の方へ向かって歩いて行く。

 

 すれ違う使用人たちが挨拶を口にしながら軽く礼を取っていく。

 

「お早う御座います、ローズマリー様。」

 

「お早うエリー、まだ冷えるわね。」

 

「お早う御座います、ローズマリー様。」

 

「お早う、ラスティ。今日もよろしく。」

 

 立ち止まることも無くお互い仕事を優先させる。

 城の中に入り歩き慣れた廊下を進みバタバタと忙しい厨房を抜け凝った装飾が施されたドアの前に来た。

 すぐ横の壁には身だしなみをチェックする為の全身を映す鏡がありそれで上から下まで眺めると最後に一本乱れた前髪を整えた。

 

「良し。」

 

 呼吸を整え静かにドアを開け足を踏み出した。

 

 初日は足首まで沈むんじゃないかと思ったふかふかの絨毯が敷き詰められた廊下を音もなく進む。

 広い廊下の壁は古いながらも豪華な造りで長い歴史が感じられる。歩きながらポケットの中の懐中時計を取り出し確認した。

 

 時間ピッタリだ。

 

 両開きのドアの前に立つと息を吸い込み気合を入れる。

 

「失礼いたします。」

 

 静かにドアを開け静かに入室すると完璧な出で立ちで国王アイザック・ティスデイルに本日の予定を告げている秘書セバスチャンがいる…はずだった。

 

「へ、陛下、お早う御座います。」

 

 いつもならセバスチャンの話を聞きながら軽く目で挨拶を返すだけの国王がオロオロとしながら歩き回っている。

 

「おぉ、ローレライ…であったか?」

「ローズマリーでございます。」

 

 まだ名前覚えてなかったの?

 

「セバスチャンを見かけなかったか?」

 

「…いいえ。セバスチャンならいつも通りここで陛下にご予定をお伝えしているのだと思っておりました。ここに来るまでも見かけませんでした。」

 

 五十代前半、いつも快活な国王アイザックが落ち着かない様子で執務室にある呼び出しボタンを押した。

 いつもならセバスチャンがすぐにやって来て王の要求に完璧に答えるはずだった。

 

「朝から一度も見かけんのだ。私はどうすればいい?」

 

 セバスチャンが国王アイザックの予定を全て管理していた。

 王の行動を必要以上に他へもらす訳にはいかないので当日の朝に一日の予定が報告がされていた。

 それは王も同じでセバスチャンがいなければ一歩もここから出られない。どこへ行けばいいのか、何をすればいいのかわからないからだ。 

 

「ルーベンは何処ですか?」

 

 セバスチャンがどうしても外せない用がある時は第二秘書のルーベンが代わりを努めていた。

 

「さっきセバスチャンを探すように言ったのだが戻ってこない。」

 

 王はまた呼び出しボタンを押した。だがドアが開く事はなく秘書控室に誰もいない事がわかるだけだ。

 

「今日は大事な予定があるはずだ。セバスチャンに全ての用意を任せておったのだ。」

 

 王はいつもセバスチャンが用意した書類にサインしたり、セバスチャンが準備を進めた場所へ向かったり、セバスチャンが立てた予定をただただこなす毎日だった。

 

「そうですね、確か今日は隣国からの使者がいらっしゃるはずです。わたくしも勉強の為同行するようにと言われておりました。」

 

「そうであったか。して使者の名はなんであったか?」

 

 えぇー、まだ名前まで聞いてないよ。黙って横にいれば良いって言われてただけだもん。

 

「存じ上げません。確か警護の関係でギリギリまで秘匿され、昨日にわかるはずだとセバスチャンが申しておりました。自分が調べておくからと言われておりましたので。ですが調べればわかるはずです。」

 

 お迎えする使者に失礼があってはいけないので食事の好みやベットの硬さまで、情報が下働きや女中に伝わっているはずだ。そこで名前もここに到着する時間もわかるだろう。

 

「すぐに調べろ。そしてルーベンを呼べ。」

 

 私は執務室から出るとさっき通ったばかりの厨房へ行った。料理長ビルを探し今日到着する隣国ミデガライトの使者の名と到着時刻を確認した。

 

「はぁ…セバスチャン様から使者のレックス様は午前十一時に到着予定ですので軽く食事が取れるようにして置くよう言われております。昼食はあまり沢山召し上がらないそうなのでサンドイッチで良いと言われておりましたが、何か変更があるのでしょうか?」

 

「いいえ、それで構いません。確認しただけです、ありがとうございます。それと、今朝セバスチャンを見かけませんでしたか?」

 

 まさか王の今日の予定がわからないなんて言えるわけがない。ついでにさり気なくセバスチャンの居所を訪ねてみた。

 

「いいえ、セバスチャン様はお見かけしておりません。私はさっき仕入れから戻ったばかりですので、誰か他の者が見ていないか聞いて参りましょうか?」

 

「いえ、大丈夫です。ちょっと聞きたい事があっただけですから。」

 

 私は急いでその場を離れた。再び廊下を音もなく歩きながら控室に向かった。

 

 秘書控室に着くとノックしてドアを開けた。

 

「あぁ、ローズマリーか。セバスチャンかと思ったのに。」

 

 そこには困り果てたルーベン・プライスがいた。

 

「どうなってるんですか?セバスチャンはいないんですか?」

 

「ずっと探しているがいない。だけど今日の王の予定も始めなければいけないから確認したくてここに来たんだ。」

 

 部屋の中は散らかり放題でいつもの整然とした様子とは違う。

 

「予定がわからないのですか?」

 

「いつも一日の最初の予定は聞いているが後の事はその都度聞いていたんだ。

 準備が必要でも大概はセバスチャンが一人でしてしまっていたから。クソッ、ワケがわからんよ。」

 

 何か予定のメモでもないかと探していたようだが、私が知っている限りセバスチャンはメモを取らない。一度聞けば記憶し、予定も彼の頭の中に全て入っていたはずだ。

 

「十一時にはミデガライト国のレックス様が到着予定です、確かその前に騎士団長と警護の者と失礼の無いようレックス様の予定を確認するはずでした。レックス様が街を視察したいと仰ってましたので。」

 

「街を?」

 

 ルーベンは顔をしかめた。彼は貴族で派閥の中でも良いとこのお坊ちゃまだ。まぁ、お坊ちゃまと言うには少し歳を取り過ぎているが。確か三十代前半、未だ独身、結構お盛んだと聞いているが、お盛んって何?

 

「街など見て回って何が面白いと言うのだ。これだから平民出の成り上がりは…」

 

 彼にとって街は出向く所では無く平民が暮らす汚い煩雑な所で見る価値など無いと思っている。使者のレックスは最近増えて来ている平民出の者だろう。平民には家名が無いから名を聞けばすぐに貴族かそうでないかわかる。

 

 私にとってのゾルガーという家名は重すぎるモノなので出来ればいらないのだが…

 

「個人的な意見はともかくお望みを叶えて条約締結に向けて滞りなく進むよう事を運ぶお手伝いをするのが私達のお役目だとセバスチャンが言ってました。」

 

 グチグチといつまでも不満ばかりで何も進めようとしないルーベンを遮り王がお呼びだと告げた。

 

「行ったところでどうすればいいのだ。」

 

 その時また王からの呼び出し音がした。きっと落ち着かず何度も押しているのだろう。

 

「最初の仕事はわかりますよね?」

 

「えっと、確か昨日のうちに入って来た報告書を王に確認してもらう事だ。」

 

 そうだよ、ほとんど毎日そこから始まる。全く覚えてないなコイツ。

 

「私はここで次の予定が分かるか探ってみます。早く王の元へ行って下さい。」

 

「あぁ、わかった。セバスチャンを探してくれよ。全く…だから平民出のやつは…」

 

 またグチグチと言いながら控室をやっと出て行った。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る