第2話 城へ

 パっと目覚めた。

 

 時計を見るといつも通り四時だ。

 

 ベットに起き上がると髪を手ぐしで整え、天蓋のカーテンを開き滑るようにベットから降りると薄暗い中を窓までいき分厚いカーテンを開いた。

 大きな硝子戸を押し開きベランダに出る。まだ少し肌寒いがすぐに日が昇りいい天気になりそう。

 

「まぁ、お嬢様。またご自分でカーテンをお開けになったのですか?」

 

 側仕えのルーが呆れた声を出しながら部屋へ入って来た。

 

「起きたらすぐに部屋の空気を入れ替えたいのよ。その方が気持ちいいでしょ?」

 

 毎日同じやり取りから始まる。

 

 ルーは幼い時から仕えてくれているが最近は心配ばかりしている。

 

「今日もお出でになるのですか?」

「もちろんよ、それが与えられた仕事ですもの。」

 

 早速手伝ってもらい用意されたシンプルで地味な紺色のワンピースに着替えると赤すぎると言われる髪をピッチリと結上げた。後ろにひと結びにしくるりと丸めるとおくれ毛が出ていない事を鏡でチェックする。

 

「もう少し華やかになさっては如何ですか?お年頃ですのに。」

 

 地味な仕上がりを見るといつものセリフだ。

 

「お父様からの指示だし、仕事中に華やかさはいらないのよ。」

 

「ですけどこれではあんまりです。」

 

「これでいいのよ、結構気に入ってるの。早く行きましょう、遅くなるといけないわ。」

 

 ルーを急かすと朝食が用意されているダイニングへ向かった。

 深呼吸してドアを開け既にテーブルについている父エドワードへ挨拶をした。

 

「お早う御座います、お父様。」

 

 チラリと私を見て食事を続けた。

 

「お早う、フェルナンド。」

 

 向かいの席の弟フェルナンドにも挨拶をした。

 

「お早う、ローズマリー姉さん。」

 

 優しい笑顔で答えてくれた。

 

 朝食はいつも三人だ。妹のアイダはまだ学生で起きるには早すぎる。

 

 私達三人はこれから国王アイザック・ティスデイルがいらっしゃる城へお勤めに向かう。

 

 ラッテンリット国は周辺諸国の中では国土も広く優秀な騎士団や強力な魔術師がいる事で恐れられている。

 その中でも我がゾルガー家は由緒正しい名家で幾代か王の側近として国と王をお支えして来た歴史がある。先祖には王家へ嫁いだ者もあり、繋がりが深かった。

 父は王の側近であらゆる事柄が父を通して王へと送られる。王の為、一族の為、時には冷酷非道と言われる父の手腕によって王は支えられていると言っても過言ではないそうだ。

 

 気づかれないようにこっそりとため息をつき、音を立てないように上品に食事をとる。

 

「行くぞ。」

 

 父が立ち上がりフェルナンドも慌ててそれに合わせ食事は途中であったようだが席を立った。

 

「行ってらっしゃいませ。」

 

 父は聞こえなかった振りをしてフェルナンドを従えダイニングを出た。

 

 ドアが閉まり足音が遠ざかった事を確認すると盛大にため息をついた。

 

「はぁ~~~。やっと行ったぁ。」

 

 テーブルに肘を付き、フォークで卵をグチャグチャに混ぜすくって食べた。

 

「ルー、パン取ってくれない?」

 

「はい、ただいま。お嬢様、もう少しお淑やかに召し上がって下さい。」

 

「ふぁ〜い。」

 

「お返事は短く。」

 

「ふぁい。」

 

「お嬢様!」

 

 毎日同じやり取りから始まる。

 

 今日もいい天気になりそうだ。

 

 窓の外で白い鳩が木の枝に止まりこちらを見ていた。

 

 

 

 私が城へ勤めに出たのは半年前。

 それまでは辺境の領地で屋敷から出ることは殆ど無く過ごしていた。父エドワードは一切領地には戻らず管理を部下に任せ私の生活もそこにあった。

 

 我が家には代々続く稀な血統があり、時折現れるそれによってさらに王家と繋がり、貴族達との派閥争いも優位に立ってきた。

 

 それは魔力だった。

 

 何百年も前の時代、魔力を持つ者がこの国を繁栄させるのに力を振るったがやがてそれは衰退していった。

 

 魔力を持つ者は減少し、持って生まれたとしても力は弱まっていった。

 今ではそれは大変貴重な能力であり、その能力を発揮できた者は派閥の中で優位な立場を得てより大きな派閥となるのに利用されて来た。

 

 数代に一人、生まれるかどうか。魔力を持っていても弱ければ使い物にならない。よって子が生まれるとすぐに鑑定に出された。

 魔術を操る事ができる者の力でその個体がどれほどの魔力を秘めているかがわかる。

 

 

 私が産まれた時もすぐに鑑定にだされた。ここ長らく一族には魔力を持つ者が生まれていなかった。

 私は我が家には珍しい赤毛で巻毛、父はひと目見て顔をしかめたそうだ。私以外は皆美しいサラサラの金髪だ。

 

 だが魔力があった。

 生まれたばかりの子にしてはそれは膨大で、一族の期待を一身に受け私は育てられた。

 

 魔力を発揮し、操作出来るようになるには十五歳まで待たなくてはいけなかった。ごく稀に魔力はあるものの大した能力を持たない者が生まれる事がある。

 それは『無能者むのうしゃ』と呼ばれ、最初から存在しない者として扱われる。屋敷深くに閉じ込められるか、辺境の領地へ追いやられるか。

 もし十五歳になっても大した能力が無かった時のことを考え父は私をひっそりと辺境の領地で育てた。

 

 それは英断であった。

 十五歳の誕生日、私は一族にとって有益な能力があるか調べる『魔術開花の儀式』の為にそれ専用の魔法陣が施された絨毯に乗せられ初めて魔力を使う方法を教えられた。

 

 父や一族の者が見守る中、年老いた魔術師が私が乗った魔法陣に魔力を流す。それは薄っすらと光り私は不思議な感覚に包まれた。

 

「ローズマリーお嬢様、では魔術をお使い下さい。」

 

「どうやるの?」

 

「ご自分でおわかりになるはずですよ。目を閉じご自分に問いかけてみてください。」

 

 全く意味がわからなかったが言われるままに従った。

 

 目を閉じ…自分に問う?

 

 それはゆらゆらと揺れ私の中に広がった。

 

 これが魔力?これを使って何が出来るの?

 

「あぁ、わかった。こうね。」

 

 突然閃き手を組むと集中した。

 

 体を巡る不思議な感覚に引きずられ皆が見守る中は、私の中で何かが弾けると竜巻が起こったように強い風が吹き荒れた。

 

「お嬢様!魔力を静めてください!」

 

 年老いた魔術師が叫ぶ中、父はゾッとするような笑顔で私を見つめ歓喜の声をあげた。

 

「凄いぞローズマリー!これがお前の魔力なのか!」

 

「エドワード様、落ち着かせて下さい。このままでは危険なうえどのような魔術が使えるのかもわかりません。」

 

 私は自分を上手くコントロール出来ずただ恐ろしさがこみ上げる。

 

「ローズマリー、力をしずめろ!魔力を操り魔術を発揮しろ!」

 

「は、はい!!」

 

 やり方はわからないが返事だけはして、年老いた魔術師に目で助けを求めた。

 

「集中するのです。さすれば自ずとわかります。」

 

 私はコクリと頷き集中して魔力を自分の中に押し込むように沈めた。このままではお父様に叱られてしまう。

 私という小さなうつわに無理やり魔力を押さえつけ押し込むと息苦しくなってきた。一度開放された魔力の行き場が無くなりそれは私自身を苦しめだした。

 

「く…い、息が…」

 

 目の前の魔術師に訴えると彼は慌てた。

 

「お嬢様、早く魔力を使わなければ命に関わりますお力を魔術に転嫁してください!」

 

 魔術に転嫁って一体どうすれば…苦しい…誰か…助けて!

 

 必死の祈りが通じたのかフッと気配を感じそれを・・・呼び寄せようと思った。

 

「出ておいで、いるんでしょ?」 

 

 思うままに口にした言葉を聞いて年老いた魔術師は驚愕し目を見開いた。

 

「おぉ!ゾルガー様。おめでとうございます。これは召喚の術です。素晴らしい…」

 

 見ていた一族関係者と父は色めきだった。

 

「なんと!良くやったローズマリー。早く召喚してみせなさい。」

 

 身につけられる能力は一つ。私が召喚出来る物も一種だけだ。

 皆が息をのむ中、一際眩しく光りを放ちそれは私の手のひらに現れた。

 

「初めまして、私はロージーよ。」

 

 やっと呼吸ができる。

 

「ポッポ…」

 

 私は嬉しくて父親を振り返った。

 

「見てお父様。とってもカワイイと思いませんか?」

 

 皆が凍りついていた。

 

「何だそれは?」

 

 父が顔をしかめると年老いた魔術師はすぐに魔法陣が施された絨毯を片付け深々と頭を下げ静かに出ていった。

 

「白い鳩です。とても美しいですね。」

 

「ポッポゥ。」

 

 首を傾げて私を見つめるその子の白い羽根を指でそっと撫でると触れている事がわからないくらい柔らかでうっとりとした。

 

「それは何か出来るのか?」

 

「鳩ですから空を飛べますね。何だか私の言葉がわかるみたいです。」

 

「二度とそれを私の目の前に連れてくるな。」

 

 それだけ言うと父は領地から引き上げた。

 

 

 

 あの時父が二度と目の前に連れてくるなと言ったのは白い鳩の事だったのか、それとも私の事だったのか。

 それ以来三年間父とは顔を会わすことはなく、私はいない者とされたのだと側仕え達が噂しているのを聞いた。

 

 別に悲しくはなかった。そもそも父とは数え切れるほどしか面会した事は無かった。それに私は辺境での生活が楽しかったし、母親代わりの伯母エルロイとの生活も充実していた。彼女が亡くなるまでは。

 

 伯母が亡くなり、私の面倒を任せられる者が辺境にいなくなった。

 元々ほとんどの一族の者が城がある王都へと移り住んでいた。辺境はゾルガー家の分家や、部下が交代で領地を治めていたので本家の人間は私と伯母以外いなかった。母は妹を産んだあと亡くなっている。

 

 仕方なく父は私を王都へ呼び寄せたのだ。

 

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