第360話 ぬいぐるみと、遠隔操作と、星に帰ったぬいぐるみ

Side:ラム

 わたしラム、6歳。

 九つ年の離れたロムお兄ちゃんがいる。

 ロムお兄ちゃん元気かなぁ。


 この間、そのロムお兄ちゃんが、クラッド商会の魔道具引換券を送ってきた。


「お母さん、この引換券、わたしにちょうだい」

「家の手伝いをこれから毎日するのよ」

「するする」


 引換券を握り締め、クラッド商会にやってきた。

 お目当ての『お世話します』はクラッド商会に売っている。

 『お世話します』は幻で出来たペットを、星に帰るまでお世話するの。


 魔道具に住み着くペットがどれも可愛くて好き。

 『お世話します』は本当に欲しかったんだぁ。


 『お世話します』のコーナーにいくと玉子型の魔道具が山と積まれている。

 どれにしようかなぁ。


 ふと、『お世話します』のグッズコーナーという物があるのに気づいた。

 色々な雑貨を売っている。

 心が引かれたけど、魔道具の引換券だから、これは買えない。

 待ってて、後で必ずうちの子にするから。


 いけない、いけない。

 『お世話します』だけに集中しないと。


 魔道具のコーナーに戻る途中、ぬいぐるみに目が留まった。

 動く魔導ぬいぐるみとある。


 これも魔道具なのかな。

 積まれたぬいぐるみの一部がもぞもぞと動く。

 現れたのは子犬のぬいぐるみ。

 匂いを嗅ぐ仕草をして、鼻をすんすんしている。


 わたしのハートは撃ち抜かれた。

 これほしい、うちの子にする。

 動くぬいぐるみを脇に抱え、清算カウンターに早足で歩いた。

 脇に抱えたぬいぐるみはジタバタしていて凄く可愛い。


 カウンターに行ってぬいぐるみと引換券を置く。


「お客さん困ります。購入前の商品を勝手に起動して頂いては」

「手を触れる前に動いていたもん」

「きっと前の客が起動したのね。お試しコーナーもあるのに。今度から徹底させないと。ごめんね。あなたは悪くないわ。不快な思いをさせたお詫びに。キャリーバッグをサービスしますね」


「お姉さんありがと」


 バッグに子犬のぬいぐるみを入れる。

 バッグの中が気に入ってくれたみたい。

 ぬいぐるみは頭だけちょこんと顔をだして、キョロキョロしていた。


「へんね。あんな動作はあったかしら」

「お腹すいてるよね」


 わたしはポケットのクッキーを子犬のぬいぐるみに差し出した。

 ぬいぐるみは匂いを嗅いで、クッキーをわたしの手ごと食べた。

 歯が布なので全然痛くない。

 クッキーを食べてぬいぐるみは嬉しそうだった。


 そうだ名前を付けてあげないと。

 早そうだから『フラッシュ』にしよう。


「あなたは今から、フラッシュよ」

「わふっ」


 わたしはフラッシュの頭を撫でた。


「わふっわふっ」


 フラッシュは歯をむき出しにして、喜んだ。

 この仕草も可愛い。


「お客様、その商品は不具合があるようです。動くぬいぐるみは物を食べたりしません。たぶん不具合でしょう。いまのままだと悪戯したり酷い事になるかも知れません。交換をお薦めします」

「いやだ。フラッシュが良い」


「そうですか。不良品の交換はいつでも受け付けております」

「じゃあ、行くね」


 フラッシュを取られてたまるものですか。

 家に帰るとフラッシュを部屋に放した。


 フラッシュは凄い勢いで家具の陰に入った。

 隅の方が好きなのね。

 フラッシュはせわしなく動いた。

 見ていて飽きない。


 お母さんに貰った説明書を読んでもらう。

 定期的に、魔石へ魔力を注がないといけないらしい。

 『お世話します』で予習しているから、それぐらい楽勝よ。


 『汚れたら当店へお持ちください』と書いてあるとお母さんがいう。

 いやよ。

 そうなったら、フラッシュは連れて行かれてしまう。

 なんとなくそう思った。


 フラッシュは壁を齧る様子を見せたり、近寄ると歯をむき出しにして声を立てた。

 どの仕草も可愛い。


 一番可愛いのはクッキーを食べるところかな。

 この時だけは一心不乱だ。

 撫でても暴れないようになった。

 クッキーを食べさせると、フラッシュを洗うのと、床を掃除するのが大変。

 でも、これがお世話する楽しみなのね。

 『お世話します』が大人気なのが分かった。


 そして、ある日。

 パタリとフラッシュが倒れた。

 魔石の魔力を注いだのに反応がない。


「嫌だ。フラッシュ、お星さまに帰らないで」

「故障したのかもね。お店にもっていきましょう」


 お母さんに言われて仕方なくクラッド商会にフラッシュを連れて行った。


「フラッシュが星に帰っちゃった」


 サービスカウンターに動かなくなったフラッシュを置く。


「ええと、みてみるわね。これは」


 お姉さんは、何かを確認すると人を呼んだ。

 1時間ほど待たされて、お兄ちゃんと同じぐらいの人がやってきた。


「助かったよ。商品に紛れて分からなくなっちゃったんだ」

「フラッシュはお星さまからもう帰って来ないの」

「うーん」


「タイト、この子が可哀想。元に戻してあげようよ」


 タイトと呼ばれた人と一緒に来たお姉さんがそう言ってくれた。


「でも、このぬいぐるみを遠隔操作しているネズミのモンスターもいずれは死ぬよ」

「それは仕方ないんじゃない」

「分かったよ。元にもどそう」


「フラッシュはお星さまから、帰ってくるのね」

「まあね。今回は遠隔操作の魔道具を再接続すれば良いだけだけど、いつかは星に帰るんだ」

「分かった。それまで一杯お世話する」


 年月が経ち、フラッシュは何度も毛皮を張り替えたりした。

 さらに年月が経ち、フラッシュはだんだんと動きが鈍くなった。

 結局、フラッシュは8年も生きた。


 ぐすん。

 私にもこれがどういうぬいぐるみか分かった。

 モンスターが魔道具で操っていたのね。


 私はタイトさんに会いに行って、本物のフラッシュと最後のお別れをした。

 本物のフラッシュの亡骸の横にぬいぐるみを供える。


「【火炎】」


 タイトさんの魔法で、亡骸が灰になる。


「うわー。フラッシュ」


 子供みたいに泣いてしまった。


「フラッシュは帰って来ないけど。フラッシュの子孫ならいるよ。どうする?」


 泣き止んだ私にタイトさんがそう言った。


「いえ、いいです。フラッシュはもうお星さまにかえりました。代わりなどいません」

「モンスターにぬいぐるみを遠隔操作させるのはもう辞める事にするよ。もともと乗り気じゃなかったんだ。人間がゴーレムみたいなのを遠隔操作するための実験で、安全性が確認出来たらすぐに辞めるつもりだった。傷つけるつもりはなかった」

「フラッシュは良い家族でした。今までありがとうございます。モンスターのフラッシュがこんなに長生き出来たのはタイトさんのおかげだと思います。あれを貰って良いですか」


 わたしが指差した先には燃え残った魔石がある。


「あれ? ああ、魔石か。持っていっていいよ」

「この魔石で、動くぬいぐるみを作ろうと思います」


 クラッド商会に行って特注の動くぬいぐるみを作ってもらった。

 動くぬいぐるみを見ているとたまに変な動作をする事がある。

 壁を引っかいたり、クッキーを食べたり、歯をむき出しにして威嚇したり。

 きっと、フラッシュがお星さまから遠隔操作して、語り掛けてきているのね。

 そう思う事にした。

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