第313話 トレンと、考えと、別の力

 首都の外縁に位置する森に分け入った。

 森は深くジャングルの様相だ。

 極彩色の鳥が飛び交い、蔦が垂れ下がっている。


 それほど暑くはないが、景色は熱帯だな。


「試合で使った重力球を出してみてくれ」


 途中の休憩の時にトレンにそう言われた。


「いいよ。【重力球】」

「はああ、カクイスィ!」


 トレンのパンチが空中を貫く。

 魔法の核が壊されたようだ。


「魔法とて万能じゃないさ。こんなのは遊びにしか過ぎない」

「勝てたことが嬉しい。あの戦士より私の方が上だ」


「それは分からない。相性があるからな」

「分かっている。でも成長していると知りたかった」


「トレンは成長しているよ。はたで見てる俺が良く知っている」


 リッツがトレンに声を掛けた。


「焦りがあるな。俺が思うに、そのリミットは俺達が首都に着いたらオーバーしてしまうものなのだろう」


 俺は推測を述べてみた。


「それをどうして知っている」


 図星か。


「どんな悩みなんだ?」

「好きに生きている貴殿には分からない。束縛されるつらさがな。学園の毎日は天国にいるようだった」

「だいたい分かったぞ。婚姻だな」


「分かってしまうのか」

「えっ、そんな。トレンはお嫁に行って学園には戻れないの」

「リッツ、家柄が上だとよくある事だ。トレンはディッブをどうしたいんだ?」


「自由に意見を通すには戦闘力が足らないのだ。たが、力こそ全ての考えを否定できない。どうしたらいいか分からない」

「力で説得させることを考えたんだな。でもそれは叶わないか」


「トレン、俺は男を示す。そして、トレンを今まで通り学園に通わせるようにする」

「リッツ、カクチミノト」


 リッツは燃えているが、どうにかなるのかこれ。

 トレンを大使として、我が国に呼ぶことはできる。

 俺なら少し頑張れば、それぐらい達成できる。


「二人に言っておく。力なんか下らない。俺はたぶんマイラに勝てないだろう。下手したらレクティにも負ける。セレンとリニアにもな。相打ち覚悟で何億魔力と使えば、なんとかなるだろうが。そんなのは負けと変わりがない」


 核兵器を使うような物だからな。

 そんなのを使ったら非難轟々だろう。


 魔導師を大量虐殺したあれだって余波が凄いのに。

 とにかく力の行く先は下らない。


「貴殿のことは少し尊敬してたのだが、そんな事を言うのだな。障害は力で打ち破ってこそ」


 トレンの価値観はディッブ人に染まっている。

 トレンが自由を勝ち取れるとしたら武力ではないと思う。

 もちろん武力でそれを達成することはできる。


 しかし、違う気がする。


「トレンは力ではない違う価値観を考えるべきだ」

「そんなのは戯言だ。貴殿とて力で魔導師を下したのであろう」


「分かった。トレンに違う力を認めさせるのが俺の役目だな」

「俺も武力は心許ないから、それで男を示すよ」


 トレンは分かったのか分からないのか、休憩時間も終わったので、少し離れて歩き出した。

 リッツが俺のそばで何やら言いたそうだ。


「言えよ」

「手っ取り早い力がないかな。もちろん武力でなくっても。それが可能なら寿命を削ったっていい」

「子供じゃないんだから、無理だってわかるだろう」

「それがないとトレンがお嫁に行ってしまう」


 こいつなりに思うところがあるんだな。

 懇願する様子に真剣みが感じられる。

 だが俺は神様じゃない。

 リッツにチートなんか与えられない。


「自分で考えろ。死ぬ気で考えろよ。そうすれば妙案のひとつぐらい浮かぶさ」


 リッツは黙り込んで考え始めた。

 どんな答えを出すことやら。

 たぶん駄目なんだろうな。


 それよりもトレンにというかディッブ人に違う価値観を示したい。

 とりあえず、魔道具を普及させてみようか。

 トレンの問題には間に合わないが、何らかの反応があるかもしれない。


 俺は歩きながら魔道具を量産した。

 魔道具を作る魔道具を起動させるだけだから、問題はない。


 とりあえず、水生成とコンロと灯りの魔道具を作った。

 ディッブ人の感想は聞かなくても分かる。

 たぶん下らないだろう。


 事実、水は蔦を切って、滴るのを飲んでいたし。

 火は棒と板で簡単に熾していた。

 家事も訓練のひとつになっているらしい。


 灯りは夜目が利くと思われる。

 薄暗い場所でも、歩みに陰りはない。


 万事こんな感じだ。

 民衆に色々と意見を聞いてみたいところだ。

 必要は発明の母とも言うし。

 この地域でのみ重宝される物があるはずだ。

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