第312話 試合と、強さと、迷い

「特使どのにも一手ご教授願いたい」


 ディッブの戦士のうちの一人がそう言って来た。


「いいだろう。相手してやる」


 俺は進み出て、戦士と対峙した。


「始め」


 さっき開発した思考加速と、魔力循環による筋力強化を試す。

 それを魔道具化しておいたので、慌てないで起動した。

 俺って近接戦闘の経験がないから、腰の入ってないジャブを連打することにした。


 衝撃波が出ているような気がする。

 相手は俺のパンチを冷静に捌いた。


「おおっ」


 観客からどよめきが上がる。

 そして、俺と相手はいったん距離を取った。


「おぉぉぉぉぉりゃゃゃあ」


 何やら相手が気合を入れると、拳が炎に包まれた。

 魔力を流動させて魔法を再現しているのか。

 思考加速しているので相手の状況を素早く見定めることができた。


 俺は腰に着けた、スペルブックを外し、開いた。


「【誘導電撃】」


 俺は電撃魔法を放った。

 相手は炎の拳で迎え撃つ。

 電撃は炎じゃ防げないぞ。


 そう思っていたら、電撃と拳がぶつかって相殺した。

 どういう物理現象だ。

 ああ、魔力同士は反発するんだったな。

 魔力の流れが見えるわけではないが、おそらく拳には高魔力の流れが渦巻いているのだろう。

 それで魔法を破った。


 余波はむいくらか食らってダメージにはなっただろうが、たかが知れている。


「【誘導電撃100連発】」


 100発ほど放ってみたが、全部撃ち落された。

 ならば。


「【重力球】」

「くっ、動けない」


 魔力は反発して防げても、生じた重力は防げないものな。


「どうかな」

「勝負あり」


 魔闘術と俺との相性はあまり良くないようだ。

 圧倒的な魔力で押しつぶすように勝つことは簡単にできるが、試合にはそういう戦法は向かない。


 魔闘術を再現した魔闘術魔法はけっこう使えることがわかった。

 近接戦闘ではそれなりに威力を発揮する。

 マイラとリニアには勝てそうにないが。


「さすが特使殿、なかなかやりますな」

「まあね。だが、試合は苦手だ。殺さないように手加減するのが難しい」

「さすが魔王ですな。実際に会うまでは噂は嘘だと思っておりました」

「噂なんて下らないよ」


 家に帰ってひとっ風呂浴びて、久しぶりに良い運動したなといい気分になった。

 風呂から出てジュースを飲んでいるとトレンがやってきた。


「魔闘術を完全に盗んだな」

「使える技術は使わないと」

「それがお前の強さの秘密か」


「応用力の高さが強みなのはそうだが、そんなものは本当の強さとは違うと思う。俺は心の強さこそが大事でありたいと思っている」

「ふん、根性論か。悪くない」

「いいや、そういうことじゃない。まあいいや、トレンには迷いが見える」

「くっ見抜くか」

「強さを求めるのは現状を打破したいんだろ。筋トレしたら、強くなるとは限らないが、それにすがっているよな。迷いがあって、訓練してればそれを振り切れる。そう思っているんだろ」

「知ったようなことを」

「知ってるさ。悩みを解消するために、仕事に打ち込んで誤魔化したことがある。結局、集中できるのは一時。仕事している最中でも悩みが頭をかすめてた。お前も訓練に集中できるのは一時で、悩みが常に頭をかすめてる。違うか?」

「違わない。お前に私の悩みがどうにかなるとでも言うのか。いや甘えだな。こんなことを言うようでは、解決などおぼつかない」


「ディッブの問題点は分かる。強さが正義、それがネックだ。だが、お題目の強さが上っ面なんだよ。だからだめだ」

「ではどうすればいい」

「腕力以外の強さを求めることだな。多様性は分化を生む。文化は強い。何世代にも語り継がれる」

「それは世界を作り変えるほどの力を持ったお前だからこそ言える」

「とりあえず考えてみろ」


 トレンは分かったのか分からなかったのか、無表情で去って行った。


「トレンは馬鹿だから分からないのね」


 マイラが部屋に入って来て言った。


「マイラはどう思ったんだ」

「蜂の一刺しで死ぬ事もあるのよ。最強だと自惚れていたら、結局足をすくわれる。自分より弱い仲間に助けられたりもするわ。力を誇示しても意味なんかないのにね」

「ええと結論は」

「愛が最強なの。愛の力が全てを動かすわ」


 それも極論だと思うけど、愛が歴史を動かしたりはままある。

 思ったのは一極集中は脆いということだ。

 ディッブの問題点はそこにあると思う。


 畑を作って人口を増やすような取り組みをしないと国の発展は望めない。

 その他にも問題はあるんだろうな。

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