第279話 狩りと、生存競争と、不殺

 朝早く野営地を出発。

 今日の予定は狩りで、ゴブリンなどの弱いモンスターを狩る手筈になっている。


 今日の主役はラチェッタだ。

 他のメンバーは手助けする事にした。


「ラチェッタ、肩の力を抜いて」


 ベークが甲斐甲斐しく世話をする。


「はい、ですわ」


 頬を染めるラチェッタ。

 二人の空間が出来上がっていくようだ。


 ガサガサと藪をかき分ける音がする。

 現れたのはラッシュボア。


「豚さんですわ」


 いや、どっちかと言うと猪だけれども。


「【太陽火球】。食らいなさい」

「ぶひぃ」


 ラチェッタの魔法で、ラッシュボアは黒焦げになった。

 オーバーキルだな。


「ええと、魔石を採るんだ」


 ベークが死骸にナイフを突き立てる。


「お肉が勿体ないですわね。水魔法でやったほうが良かったのかしら」

「仕方ないよ。初めてだろ。僕なんて石弾の魔法で、魔石まで砕いてしまった」

「ベーク様も怖かったのですか」

「うん、対峙した時に、逃げようかと思ったぐらい」


「殺し合いに情けは無用。躊躇するとこっちがやられる。スラムの鉄則」

「オーバーキルぐらいがちょうどいいかも」


 と俺。


「計算された手管で詰みまで持っていくのは上級者ですわ」

「心臓に一撃じゃだめですか。苦しませるのは好きじゃないですね」

「そんなの、殴っちまえば良いんだよ」


 みんなが思い思いの事を言う。


「ほら、みんなもオーバーキルで良いと言っているし、しょげることはないよ」

「そうですわね。次はもっと上手くやります」


 肉が焼ける匂いに釣られたのかゴブリンが現れた。


「【水球】」


 ラチェッタが魔法を発動する。

 20センチぐらいの水球がゴブリンに飛んでいき顔面を覆った。

 苦しくなったのかゴブリンが顔面をかきむしる。


 窒息死は苦しいんだよな。


「出来ません」


 魔法がキャンセルされた。

 ゴブリンは息を吸い込むと、咳き込みながら逃げ出した。

 マイラが短剣を抜いて素早く動き止めを刺す。


「チンピラはやられると、優しくなる奴と、残虐性が増す奴がいる。スラムの鉄則」

「手負いの獣は厄介ですわね」

「だな。優しさは時によっては罪だ」


「僕はラチェッタのそういう所が好きだ」

「ベーク様。今回はわたくしが悪かったですわ。始めたなら終わりまでやらないと」


「俺が考えるに、モンスターとの戦いは生存競争だ。生活圏を守るためだ。魔石を採るという生活のための側面もあるがな」

「生きるための戦いなのですね」

「だからエゴなんだよ。人間が平和にくらすためにモンスターを虐げているとも言える。野菜から始まって家畜やらを人間は殺して生きている。これが悪だと言うのなら、人間の存在が悪なんだろうな」

「人間は罪深いのですか?」

「いいや、在り様がそうなのだから、これは必然だろう」

「悲しいですね」


「モンスターを寄せ付けない道具は作れるだろうな。不殺で行くのなら、そういう道具を使えば良い」

「追い払えればそれでも良いんですね。わたくしはこれから追い払う事と致します」

「信念があるならそうすれば良い」


「魔戦士との戦いで心を痛めておりました。なぜ魔導師同士が戦わなくてはならないのかと。答えが見えた気がします。魔戦士は新天地を探すべきなのですね」

「僕も手伝うよ。死人をなるべく出さないで追い払おう」


「忘れたの。手負いの獣は気が荒くなる」

「マイラ、簡単な道ではないのはラチェッタも知っている」


 ラチェッタの理想は通らないだろう。

 だけど、そういう人間がいても良い気がする。


「タイト様、魔戦士だけに警告を与える魔道具は作れますよね」

「ラチェッタにも作れるぞ。ただな、魔戦士と指定すると別の名前に変えるだろう。鼬ごっこになる」

「モンスターも同じですよね。警告に慣れてそのうち効かなくなる。どうするべきかは、わたくしが考えないといけないのですね」


 まあな、たぶん答えは出ない。

 人間は法で縛られている。

 魔戦士も法で縛るのが正解かな。

 それでも違反者は出る。

 どうしようもないことだ。


「ラチェッタ、話し合いだよ。僕はそう思う。会話するのが唯一の解決策のように思う」


 ベークのいうことは一理あるが、これも理想論だな。

 話し合いでなんとかなるなら、前世の国際情勢はもっとましだった。

 でもそういう方向に努力するのは嫌いじゃない。

 俺は武力で会話のテーブルに着かせるのが役目かな。


「ベーク様、諦めずに会話してみようと思います」


 ラチェッタもちょっとずつ成長している気がする。

 後見人として嬉しい。

 魔戦士と講和できれば良いな。

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