第258話 商人と、モヤモヤと、戦争の足音

 元締めの所に顔を出した。


「良い所に来た。紹介しておく。ロータリの商人のアルニコだ」

「タイト王子におかれましてはご機嫌うるわしく」

「堅苦しい挨拶は良いよ。王子といっても無いような継承権の順位だから」


「ではそのように」

「ロータリには言いたい事があるんだ。貿易摩擦を解消したいなら、特産品を作れと。一介の商人にいうべき話じゃないとは思っているけど」

「そうですな。ですが、食料品は難しいのですよ。輸送に費用が掛かると現地の物の方が品質が良くて安い。工芸品も難しいですな。魔道具は美味しい商売だったんですが、輸出国から輸入国に転落です。何かいい知恵があれば聞きたいですな」

「嗜好品の類は高くても買い手がつくんじゃないかな」

「お茶、酒、たばこ、色々と運んではおりますが。いやはやどうにも」


 だよね。

 嗜好品で高く売れるなら既にやっているだろう。


「化粧品が良いと思うな。ただし水銀とか鉛を使っている奴は駄目だ。見つけたら取り締まらないといけない。もっとも貴族では毒探知の魔道具が普及しているから、すぐにばれるけど」

「水銀、鉛を使わない化粧品ですか」

「軽石だって、踵をこするのに使える。探せば何かあるはずだ。民間療法を探すといいよ」

「ふむ、密かに伝えられているのがあるかも知れませんな」


「乱獲には気をつけないと。たぶん細々と伝えられているはずだから。植物なんかなら人工栽培を考えてみると良い」

「気の長い話ですな。ですが、人のやらない事が利益に結び付くのはよくある事です」


 お茶が淹れられたので喉を湿らした。

 オルタネイト伯辺りが魔法陣製品のノウハウとか輸出すれば、問題が少しは解決するけど、利権関係は難しい。

 オルタネイト伯だって領民を食わせないといけないからな。


 技術移転は、国を衰退させる原因になる。

 現地生産だって解決する方法としては怪しいものだ。


「魔道具はいつもの受け渡しでいいか」


 元締めがアルニコと取引をしている。


「ええ」


 魔道具を買って帰るのだろう。

 アルニコ達商人も国を貧しくする行為だとは知っている。

 だが、商人は売らない事にはどうしようもない。

 ジレンマだよな。


 よその国の産業育成までは責任が持てない。


「難しい話は終わった?」


 一緒にきたマイラが展示されている物を見るのに飽きたのだろう。

 俺に話し掛けて来た。


「終わったけど、ちょっと歯切れが悪かったかな」

「どういう事」

「物を売れば売る程貧乏になるって話さ。うちの国からは良い商品を売る。買って帰ると代わりに売る商品がない。貧乏になるってわけさ」

「人を売れば?」


 人身売買じゃないよな。

 出稼ぎしろと言うんだな。

 それは悪手だろう。

 治安悪化待った無しだ。

 出稼ぎにきて居つく人間が多数でる。

 そうすると別の摩擦が生じる。


「もう既にやってますよ」


 アルニコが話に入って来た。

 事態が複雑化していくな。

 移民と人種差別問題が発生するのか。


「それは色々と不味いな」

「何が不味いの。ロータリ人の配下が出来るって事よね」

「まずこの国の人の仕事が奪われる」

「それの何が不味いの。弱い奴は淘汰されるのよ。スラムの掟」

「争いが起きる」

「スラムでは権力争いは常に起きていたわ。普通よ、普通」


「ふむ、戦争の口実が色々と出来ますな」


 ランシェに警告しておかないと。

 安い労働力を輸入するのは避けないと。


「ファミリーにしちゃえばいいのよ。みんな家族になれば喧嘩しないわ」


 帰化させるのか。

 それもそれで色々と問題がある。


 事態を重く見たおれはランシェの所にも顔を出した。


「ロータリ人の出稼ぎが問題を起こすぞ」

「分かっておる。頭の悪い貴族の領地では、奴隷の如く使っておるが、破綻は必至よな」

「マイラの案ではうちの国の国民にすれば良いという感じだけど、そう単純にいかないよね」

「であるな。名簿を作るのと並行して、うちの国民と同じ権利を与えるのを保証する。落としどころはこんな所であるか」

「仕事を奪われた国民との間に摩擦が起きるのは時間の問題だね」

「それよな。もう起きておる。暴力事件として何件も報告が上がっておる」


 不味いな。

 出稼ぎを制限するしかないのか。


 貿易黒字の金はロータリに投資するのが良いだろうな。

 国債でも買えば、切り札が一つできる。

 もっとも、ない事にされる可能性もあるが。


 戦争になるのかな。

 嫌だね。

 でも世界は動いてる。

 動きは誰にも止められない。

 魔法でもこれは無理だ。

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