第253話 インク開発と、記憶と、催眠暗示

 試験期間はまだ続いている。

 マーカー魔道具は抜群の売れ行きだ。

 ただ問題が幾つかある。

 魔法は召喚魔法なので、握り部分のインクが無くなっても、どこかから拝借してしまう。

 そうなると魔力を沢山消費する訳だが、気づきづらい。

 拝借された側も困るが、拝借する側も困る。


 もちろん長時間放置したようなインクでないと、召喚できない。

 この長時間放置が曲者だ。

 腐ったインクでも召喚してしまう。


 インク残量が少なくなったら、警告の光を発するようなプログラムを組む事にした。

 インクは握り部分に入れるのではなく、ガラスの瓶に入れて机の上に置くのが良いだろう。


 便利なんだか、不便なんだか、分からない物になってしまった。

 切り換えスイッチを付けて、3色ペンも出来上がった。


「タイトさん、マーカー魔道具でかなり儲けましたよね?」


 ベスは何かを期待しているような感じだ。

 奢ってほしいんだよな。


「マーカー魔道具をただで提供する」

「ケチ」

「妹よ。それでも破格だぞ。マーカー魔道具は1つ銀貨1枚はするんだからな」

「兄さん。文房具貰って嬉しいですか?」

「嬉しくはないが家計に優しいぞ」

「でもインク代は変わらないのよ。ペン代が浮いただけじゃない」

「そうだな」


「便利になってインクの消費も増えて、却って赤字かも」


 安価なインクの開発が求められるか。

 そんなの魔法の領分じゃないな。


 墨がすすにかわから作られるのは知っている。

 油性ペンキなんかだとシンナーが入っている。

 化学製品を作るのは俺の知識じゃどうにもならない。


 油絵がアマニ油と顔料で描くのも知っているが、画材屋で高かった記憶がある。

 顔料が高いんだよな。

 科学技術が発展してないこの世界では、顔料を安く手に入れるのは難しいか。

 モンスター素材も安くないし。


「オルタネイト伯に期待だな。魔法陣を描くのにインクを沢山作っている。安価なインクもそのうち出来るだろう」


「ふはぁ、僕は駄目だ」


 ベークがため息をつきながら現れた。


「ノート作戦はやったが、一夜漬けじゃどうにもならないか」

「その通りだ。何か良い方法を、哀れな僕に」


「自分で考えろ」

「そんな」


「ヒントを与えてやる。攻略ノートはあるんだから、魔法で記憶する」

「どうやって?」


 魔導師なら魂に記録するところなんだろうがな。

 ベークに神秘魔法名の秘密は話していない。

 魔導師の資格が取れたら教えてもらえるだろう。


 ベークが魂の存在に気づくか見物だ。


「考えろ」

「うーん、催眠術で暗示を掛けて覚える?」


 また、意味不明な事を言い始めたな。

 でも実現は不可能じゃないかも。


「面白い。やってみろ」

「コネクタ頼む」


「よし、【催眠暗示12+34×56-78=1838覚えろ】」

「掛かったのか」


「12+34×56-78は?」

「1838。コネクタ、正解か?」


「うん、ばっちり」

「やった。暗記に苦労せずに済むぞ」

「魔力が足りればな」

「タイトさん、良い突っ込みです」


「僕には新魔法がある」

「俺の魔法を翻訳した奴ね。魔法を自分で構築するんだな。俺は手を貸さないぞ」


 ベークは悩み始めた。


「ええと最初は『外部にありて、』でいいとして、ここからどうするんだ」

「催眠暗示の魔法に返答が必要なら作る。でなければ返答はなしで良い」

「続きは『返答はなしの催眠暗示、贄は』。ええと」

「催眠暗示に何を覚えさせるのかだ」

「となると続きは『贄は文章。応えを魔法に求めず、何も渡されず。疾く魔法開始せよ。催眠暗示、』でどう続けたら良い?」

「何を催眠暗示させるかだな」

「仮に『「覚える文章」を渡せ。』としておいて、最後に『われ魔法終了せし』で良いのか」

「よし最初からやってみろ」


「【外部にありて、返答はなしの催眠暗示、贄は文章。応えを魔法に求めず、何も渡されず。疾く魔法開始せよ。催眠暗示、「覚える文章」を渡せ。われ魔法終了せし】これでどうだ」


「良いんじゃないか。上出来だよ」

「兄さん。これはかなり秘術なのでは」

「妹よ、そうだな。ベークに感謝だ」


「よし、みんなで暗示を掛けまくろう」


 脳みそがパンクしなきゃ良いけどな。

 しかし、ベークが新しい秘術を作り出す存在になるとはな。

 まだ俺の助けがないと呪文は作れないが、そのうち自分で作れるようになるだろう。


 暗記問題はそれで良いとして、応用問題が解けないな。

 応用問題は配点が多いんだぞ。

 良い気分のところ水を差すのも悪いから言わないけどな。


 リッツは今日、ソレノとデートだと聞いている。

 出遅れているぞ。

 まあ、ベークと仲がいいから、あとでこの呪文を教えてもらえるのだろうけど。

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