第241話 スパイと、無能と、ベークのスキル

「何だか俺、申し訳なくて」


 リッツがベークにそう言っている。

 ゴブリン農場の一角で何の気なしに二人の会話を聞いてしまった。


「気にするなよ」

「だけど、色々と貰っちゃってもらい過ぎだよ。返せないとモヤモヤするんだ。ベークから貰ったのに皆にあげて感謝されるのは俺だろう」

「良いんだよ」


 盗聴器の出元はベークだったのか。

 そうかこいつか。

 魔導師に取り込まれていたんだな。

 ある意味素直だから騙されて洗脳されたのかも知れない。


「レクティ、スパイはベークだった。リッツは利用されてただけだ」

「そんな事だと思っていましたわ。では、ベークに密偵を張り付けてみます」


 その日の夕方。


「ベークが姿を消しました」


 ベークの神秘魔法名は分かっている。

 俺はベークの居場所を突き止めた。


 その場所はスラムの一角だった。

 ベークは路地で飲んだくれて、地べたで寝ている。


 こいつは何をしたいんだ。


「俺の無能さを責めるなぁ」


 ベークがそう口にする。

 こいつ、重圧と戦っていたんだな。

 領地を継がないといけないものな。


 ここは、立ち直りの機会を与えてやらないとな。

 身体強化の魔法を使い、俺はベークを担いで宿の一室に寝かせた。


 朝になったので宿に行く。

 ベークはいびきをかいて寝ていた。


「おい、起きろ」


 俺はベークを起こした。


「くっ、頭が痛い」

「ほら、水を飲め」


 ベークは水を一気に飲んだ。

 まだ気持ち悪いようだ。

 顔をしかめている。


「ちゃきちゃきと吐け」

「おえっ」

「お前、そう言う意味じゃない」


 タライを用意はしてたけど。


「ぐぇー」


 ベークは吐いてすっきりしたようだ。


「すっきりしたか。心もすっきりしちまえよ」

「無能は罪なのか」

「誰かに言われたのか?」

「星崇拝教団の奴らに。仲間だと思っていたのに。言う通りにしたのに」

「無能は別に良い。能力なんてのは、何かどこかに一つぐらいは、取り柄があるものだ。今回は利用されたのが罪だ」

「俺にも取り柄があるかな」

「あるさ、保証する。さあ、どうなっているか話せ」


「教団のやつら、俺は選ばれた人間だと言ってきたんだ。周りの人間は見る目がないって。それで色々やらされた」

「それで」

「昨日、やつらに会いに行ったら『尾行されやがって、この無能が』と言われて。入って来た男達と教団の戦いになって、俺は怖くなって逃げた。何が何だか分からなくて、酒を飲んで、道端で寝ていた。なぁ、俺の無能が破滅を招いたのか?」

「利用されてたんだよ。利用価値がなくなったから、捨てられた。それだけだ。運が良かったな。戦いの場にいたら、口封じで殺されてたかもな」


「何が何だか分からない」

「人間のやる事全てが分かっていたら神だ。だから、自分の信念と良心に従って生きるんだよ」

「そうか。俺には信念がなかったのか。無能とかそうでないかは関係ないのか」

「そうだ。取り柄なんて探せばいつかは見つかるものだ。ちなみにベークは幼少期どう過ごしてた」

「どうって? 普通だったけど」


「何か特別な事はしてなかったのか」

「ああ、サイコロで遊んでいたな。すごろくが好きだったんだ。赤ん坊からやっている。なぜか毎回勝てたけど、今になって思えばメイドが手加減しててくれたんだ」

「いや違う。きっと、ベークの才能はサイコロに関する事だな。出目操作は違うな。たぶん幸運に関する事だろう」

「そういえば、なんだかんだで上手くいっている。タイトとの勝負に負けたのだって、人生経験を積む為だと思うと上手く回っている気がする。そう言えばすごろくでは途中負けてても最後は勝つんだ」


「ベークは苦労した方が良い。たぶん途中負けていた方が、最後にいって嬉しいだろう」

「そうだな。そう考えると無能でも良い様な気がする。さぼると今回みたいに酷い目に遭うんだな」

「敵の情報が何かないかな」

「スナップ地方と教団の奴らが言っていた」


 そこに敵の本拠地か、手掛かりがあるんだろうな。


「レクティ、スナップ地方の情報を頼む」

「ええ、揃えておきます」


 ベークは考えによっちゃ有能だな。

 正解に導く道しるべだ。

 紆余曲折はあるかもだけど酷い事にはならないだろう。


 人生の勝利者スキルとは変なスキルもあったもんだな。

 ただの幸運スキルとは違う。

 途中負けてても最後には勝つ。

 なんとも、微妙なスキルだ。

 さぼると修正が入るところなんか。

 物凄く微妙だ。


 死ぬときは満足して死ねるのだろうな。

 羨ましい気もするが、人生を決められているようで、俺なら何となく嫌だ。

 物心つく年齢ですごろくを遊ばせるメイドもたいがいだな。

 他の遊びを思いつかなかったのだろうか。

 案外、一族に伝わる幸せになる為の秘伝だったりしてな。

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