第171話 本当の名前と、粘土のサイリスと、結末

「リラ!」


 どうやら意識がないらしい。

 リラの顔がこちらを向いた。

 狼の仮面で表情は分からない。


 次の瞬間、轟音が鳴り響いた。

 リラが念の為起動していた魔道具のバリアに突っ込んだらしい。

 リラは腕をがむしゃらに振り回した。

 バリアを突破できなくて、拳から血が出て霧となった。

 バリアを迂回する考えもないのか。

 もう完全にモンスターだな。


 俺は電撃の誘導弾を放った。

 1メートルはある電撃だが、リラなら死なないだろう。

 リラは電撃を躱して走る。

 そして電撃を振り切って戻ってきた。

 そして、またバリアに腕を叩きつける。


 頭上から火球でも落として完全に灰にしないと止まらないか。

 いや、まだ試してない事がある。


「サイリス、伏せ!」


 リラが止まった。

 腕をだらんと前にぶら下げて、荒々しく息を吐いている。


 この状態からリラの意識を戻さないといけないらしい。


「リラ、戻って来い!」


 駄目か。

 リラ、いいやサイリスが唸り始めた。

 そうだ。

 リラの本名でないから届かないんだ。

 実験動物にされた魔法学院の生徒、それはリニアだ。


「リニア、戻って来い! しっかりしろ! サイリスに体を与えてやりたくはないか」


 サイリスの唸り声が止まった。


「私の名前を呼ぶのは誰?」

「何でもいいから、俺を信用して、魔法を受け入れろ」


 俺は魔石を取りだして、魂の分離魔法を発動した。

 リラが崩れ落ちるように、地面に伏した。

 失敗か?


 恐る恐る、リラの狼の仮面に手を掛ける。

 外すと幸せそうなリラ、いいやリニアの寝顔があった。


 サイリスの魔石に歩きの魔道具を繋ぐ。

 体は粘土だ。

 粘土のサイリスがぎこちなく歩く。

 よしよし、感覚の魔道具を今つけてやるぞ。


 粘土に視覚、聴覚、味覚の魔道具を埋め込む。

 粘土のサイリスはリニアの元に行くと、リニアの顔に自分の顔を押し付けた。

 そして、座った。


 リラの体を治すのはリラが起きてからで良いだろう。


「こっちは全て片付いた」


 マイラが現れた。


「リニアを紹介するよ。リラの本当の名前はリニアだった」

「行方不明だったリニアなのね」

「ああ、確信は持てなかったが、対決の最中に呼びかけに応じたから、間違いないと思う」

「そう」


「あれっ、サイリスがいない! サイリスはどこ!」


 リニアが起き上がって辺りを必死で見回した。


「リニア、サイリスはその粘土だ」

「死んだの?」

「いいや、魂を魔石に移した」

「じゃあ、生きているのね」

「完全に生きているとは言えないが、まあ生きている」

「サイリス」


 サイリスが歩いて、リニアに寄り添った。

 リニアが粘土を持ち上げて頬ずりする。


「ところでリニア。体の方を治すのは何時にする」

「私の名前! 全てばれたのね」

「ああ、君がサージに誘拐され実験台になった事もな」

「そう。体はこのままで良いわ。これが無くなったらサイリスの一部が無くなるような気がするの」

「体の不調があれば言ってくれ。何時でも治療法を考える」

「大丈夫。体が全部、自分の物になった感覚があるの。いい気分だわ。いまならどんなモンスターも倒せそう」


「これからどうする?」

「リニアとして、レジスタに加わるわ」

「魔導師を退治する人生を送るのか?」

「ええ、落とし前はつけて貰わないと」


「サイリスの体はもっと良いのが作れるはずだ。感覚や動作も増やせる。バージョンアップは任せてほしい」

「ええ、サイリスを連れてちょくちょく会いに行くわ」


 リニアが俺にキスをした。


「タイトは渡さない。この泥棒犬」


 マイラがリニアと俺を引き離す。


「恋人岬でタイトの名前を書いちゃった。これは運命よね」

「私も書いた。運命は上書きされた」

「じゃあね」


 ウインクしてリニアが消えた。

 身体能力が上がっている気がする。

 残像すら見えなかった。


 ギルドにリニア発見の報告が出来るな。

 長い依頼だった。

 もう魔法学園にいる必要なないが、居心地はいいんだよな。

 お金は魔道具を作って儲けているから働く必要はない。


「マイラ、どうしたい?」

「結婚したい」

「結婚はまだ早いよ。魔法学園卒業と同時に結婚しよう」

「約束だよ」


 リラがいなくなって、今年でエミッタとアキシャルも卒業だ。

 来年は新しい人が入って来るのだろうか。

 きっと賑やかになるさ。

 そんな予感がする。

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