ファーストコンタクト!②

 中学校入り口の掲示板を見ると、一年二組に決まっていた。


 やだなあ。濱本さんと同じクラスかあ。

 

 周りに気づかれないように、深くため息をついた。


 小学校五年生、六年生の時のクラスメイトで、女子バスケ部のキャプテンをしていた濱本リアナさん。日本人とオランダ人のダブルで、金髪に近い髪の色をしてるし、体格も立派なんだ。


 掲示板から少し離れたところでぼうっとしていると、その濱本リアナさんたちがおしゃべりしながら掲示板の方にやってきた。ドラマや芸能人、ファッションのうわさ話。


 思わず、わたしは「逃げ出した」。


 空気が澄んだ中庭に出る。


 今日が入学式の日なんだから当たり前だけれど、中学校の中庭って初めて来たかも。


 そこは「里山」という、中学校の裏山みたいな人間の手の入った山の自然が再現された「ビオトープ」になっていた。

 咲良お姉ちゃんから聞いたことがある。わざわざ学校の裏山の土をトラックで運んできて、お姉ちゃんたちの代の時に、木をたくさん植えたって。

 一度、来たかったところだ。

 空いていたベンチに座って、ハンカチをそっとカバンから取り出す。手に汗をかいてたみたい。汗をふいてたら、立ち上がる気力がしばらくはない。


 空が青かった。


 ウグイスがホーホケキョと鳴いてる。どれだけ時間が過ぎたんだろう。十分くらいか、もっとかな。何かに呼び出されたように、ベンチから立ち上がる気になった。中庭の奥深くまで来てしまう。


 ひとりの男子がいる。


 男子の周りにはたくさんの小鳥たちが遊んでいる。ウグイスやスズメ、人に馴れることのないハクセキレイまで!


 へえー。あんなことできるんだ。


 遠くから、その男子くんを見てたんだ。


 どこからか、キンコーン、と予鈴が鳴った。 

 教室に早く行かないと遅刻しちゃう。

 でも、その男子くんのことを見てる。


 男子くんは黒髪。夜の闇、カラスみたいなツヤツヤな髪の色。


 言ったって、ただの男子くんだよね。

 

 そんなふうに、髪の色ひとつとって、特別に見ることなんかできない。


 色白の肌は、お姉ちゃんみたいに毎朝、化粧水とかで手入れしてるのかな。唇はピンク色。


 そう。男子とわかるのに、とっても可愛らしい感じの男子だったんだ。


 わたしの足元でかさり、と小枝が踏まれて音を立てた。

 すると、小鳥たちが勢いよく、一羽残らず飛び立っていく。


 男子くんが身構えるようにこちらを見た。すごく素早く。


「なにか用かな」


 男子くんは冷たいと言っていい態度でわたしに言う。


 なんか、さっきまでとは別人みたいな冷ややかさ。それは「紅い氷」を思わせた。

 変な表現だけれど、そう思う。


 ムカムカして、男子くんをにらみつけてやる。


「別に。あなたが小鳥と話してたのを見てただけ!」


 普段のわたしなんか、絶対にそんなこと、言わないのに。わたしらしくもない、強めの口調で言ってしまう。男子くんはそれを聞いて、唇を強くかんでいた。


「どうか、誰にも言わないでほしい。そのことは」


 真剣な目を向けられる。でも、わたしが驚いたことがある。

 この男子くんの目、ピンク色をしてる?

 

 一瞬、そう見えた。光の加減なのかな。


「わたし、行くね」


 カバンを持ち直して、逃げるように、中庭から駆け出した。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 最悪だったことがある。

 その男子くんも一年二組だった。


 伊月無量(いつき・むりょう)くんという珍しい名前。


 ごく普通に自己紹介をして、「ちょっと可愛い王子様」然として、すましてイスに座ってる。


 濱本さんたち女子が、彼に話しかける。

 でも、男子くんはどこか上の空。


 他の男子たちが、その男子くんの悪口を、聞こえるように言った。すると、男子くんはするどい目を向ける。


 なに? 今、ピンクの火花が散りませんでした?


 わたしの見間違いでなければ、小さな稲妻みたいな光が、男子くんの「ピンクの目」から放たれたように思う。


 途端に、他の男子たちは、「なんだよ! 痛え」と、手首とかわき腹とかを押さえてる。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 今朝見た夢を、入学式その日の教室の中で、なぜか思い出したんだ。


 亡くなったお母さんが言ってた言葉。


「戦いがある。気をつけて」という言葉を。






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