初めての部活見学、生物部①

「桃子ちゃん、部活もう決めた?」

 四月もなかばの木曜日、昼休みにお弁当を食べてると、薫(かおる)ちゃんが聞いてくれた。

「わたしは吹奏楽部にしようと思ってるの。クラリネットかフルートかなあって」


 薫ちゃんは穏やか女子。ぽっちゃりしてて、癒し系というの? 

 わたしと一緒にお弁当を食べてくれるのは、薫ちゃんと、アユちゃんというモデルみたいに可愛い女子。


 クラスのリーダー格の濱本さん同様、このアユちゃんもお母さんが外国人で、ダブルなんだって。しかも家が和菓子屋さんとか。


 アユちゃんは「わたし、ボードゲーム部かなー。茶道部も考えたけれど、家でお抹茶なんかいつもたててるし」とクールに言い放つ。


「わたしは、なんか、部活動とか考えられないなあー」

 

 ため息をついてるわたしのところに、急に聞き慣れない声。


「そしたらさ。桃子ちゃん。生物部、なんてどう?」


 誰? だれ? この人。クラスメイトなんかじゃない。そもそも、男子に声なんかかけられたこと、中学生になってから初めて!


 その人は、エメラルド色のカーディガンをブレザーの上着の下に着てる。下のワイシャツもチラ見せてて、一目で、上級生のお洒落男子だなあ、とわかった。


 お洒落男子は栗色のフワフワした髪。


「橋本スバル先輩だあ」


 アユちゃんがとろけそうな声で言う。


「初めて、こんな近くで見たかも」


 薫ちゃんまで、そう言って、なんかウキウキしてる。なに? 誰? 有名な人なの?


「俺と、無量と、坊主頭の部長しかいない寂しい部活でさ。俺たち、女子メンバー急募なんだ。中庭、歩き放題! ね?」


 なんか、有無を言わせない迫力があった。


「無量くんも一緒の部活なんですか?」


 わたしはすごーく慎重に聞いた。肝心の無量くんは、と見ると、いつのまにかそばに来てた。


「スバル先輩。『彼女の勧誘』は僕の仕事だったのに!」


 と、妙に悔しそうに、先輩に食ってかかってる。

 だ、大丈夫なの? 先輩に向かってそんな態度とって。

 でも。スバル先輩は慣れた仕草で無量くんの肩をトントン。


「わたしも入りたいです!」


 アユちゃんがスバル先輩に顔を真っ赤にして言ってる。

「君は、ダメだよ。中庭なんか歩いたら、靴が汚れるよ。ビオトープのミミズとか、軍手だけでつかむから!」


 スバル先輩はアユちゃんをあっさりあしらった。


「えー。それは嫌」


 アユちゃんは落胆してる。わたしだって、ミミズを軍手越しにつかむのなんて、正直、ごめんだけど。


「じゃあ、放課後行きますね」


 返事してしまう。ひとつは、この間見た「夢」のせい。


 夢なんだよね。わかってる。


 でも。あれ以来、教室の窓際の前方の席の無量くんばかり目に入ってしまう。すると、ピンク色のオーラか何かが、彼の周りに薄く見える時があった。


 それに、目の前の橋本スバル先輩。彼の体にも、何色かはわからないけど、同じようなオーラがあった。


 薫ちゃんやアユちゃんには笑われてしまう。


 そんな理由で、部活見学に行く、だなんて。


「放課後、僕と一緒に来て欲しいんだ」


 無量くんが穏やかに言って、右手を差し出す。握手? 部活見学くらいで、おおげさな。


 思いながらも、わたしは無量くんと握手をかわしたんだ。

 

 男子の手にしては指がほっそり。本当に白くて華奢な手だった。でも、手をつなぐと温かくて。


 心の奥が急にじんわりとした。

 






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