じぬしじぬされ生きるのさ 4

 午後の授業もやはり若地主には簡単だった。授業のことよりも若地主は放課後が楽しみでずっとそわそわしていた。

  その日最後の授業の終業のチャイムがなった瞬間から、若地主は期待のこもったキラキラした目でクソ野郎を見つめていた。

「わかってるよ。若。みんなを紹介する約束だったよね。」

 クソ野郎がそう言ったそばから一人の男子生徒が近付いてきた。

「やあ、ナイストゥーミーチュー。ミスター地主。」

「はじめまして。・・・えっと・・・」

「彼は百田もすこすだよ。帰国子女なんだ。」

 隣からクソ野郎が男子生徒の名前を教えてくれた。もすこすは天然パーマに長身細身の男子生徒で人懐っこそうな笑顔をしていた。

「ミスター地主は名前の通りランドロードでこの辺一番のリッチマンなんだよね?」

「まあ、そうかな。」

「ランドロードって?」

クソ野郎が首をかしげる。

「地主って意味だよ。」

 若地主が教えてあげた。

「今日のイングリッシュの授業の時にリーディングしていたけど、ユーのイングリッシュ、アメイジングだったよ!」

「ありがとう。外国には結構行くからね。もすこす君はいつまで外国にいたの?」

「まあ、今じゃあジャパンにいる時期の方が長くなっちゃってるくらいのもんでね。二歳までアメリカにいたんだ。」

「じぬし・・・。」

 若地主は何て言ったらいいかわからず地主語で誤魔化した。

「イエス。トゥーイヤーズオールド。じゃあ、僕は予定があるからホームへゴーするね。グッバイ!」

「また明日!」

 クソ野郎と若地主は二人で手を降った。もすこすは一度背を向けて教室の出入り口へ二、三歩進んだあと、急に返ってこう言った。

「僕の好きな食べ物はね、キューカンバーなんだ。」

 そう言うとそそくさと教室から出ていった。

「彼変わってるでしょ?」

もすこすが教室から出るのを見送ったあと、クソ野郎は若地主に言った。

「うん、でも明るくていい人だと思う。」

「うん、すごくいい人だよ。それに帰国子女ってキャラを守りたいために誰よりも一生懸命英語の勉強をしてるんだよ。学年でも英語だけは一番なんだよ。」

「そうなんだ。それにしても最後のキューカンバーはなんだったんだろう?」

「あれはたぶん最近覚えた英単語を使いたかっただけだと思う。ランドロードっていうのも若に話しかける前に調べてたんじゃないかな。」

「ほんと変わった人だね。」

 もすこすが去った後、周りでやり取りを見ていたクラスメイト達も次々と話しかけてきた。

「地主くんってあの大豪邸に住んでるんでしょ?」

「さっき外国には結構行くって言ってたけど、どんなとこに行ったことあるの?」

「地主くん、弁当茶色かったね。」

「地主くん、どんなパンツ穿いてるの?」

 数人のクラスメイトが寄ってきて若地主はもみくしゃになっていた。

「みんな、落ち着いて順番に質問してよ!」

 見かねたクソ野郎がクラスメイト達を宥めた。クソ野郎の声を聞き、落ち着きを取り戻したクラスメイト達は若地主から少し離れた。

 クラスメイト達の輪の真ん中で若地主は軽い放心状態になっていた。こんなに質問攻めにあうことだったので軽くパニックになっていたのだった。

 呆然と席に座っている若地主は何故かパンツ一丁になっていた。地主家が大金持ちであることから、若地主の誘拐対策として若地主の学生服は特注品となっているのだった。強引に引っ張られても逃げられるように、強く引っ張られると縫い目部分の特殊マジックテープが剥がれて脱げてしまうというものになっているのであった。

 パンツ一丁に若地主を目の前にしてクラスメイト達もみんなキョトンとした表情を浮かべていた。若地主はクラスメイト達に特注品の学生服の仕組みを説明し、クソ野郎に手伝ってもらい学生服を着てまた席に戻った。若地主自身はちゃんと着れたつもりであったが、学生服は後ろ前になっていた。

「ごめんごめん。みんなの質問はなんだったっけ?」

 若地主がクラスメイト達に質問を促した。

「地主くんって兄弟いるの?」

「地主くんの誕生日っていつなの?」

「今度、おうちに遊びに行っていい?」

「お弁当茶色かったね!」

「パンツ何色?」

 またクラスメイト達によってもみくしゃになる若地主。

「じぬしー!」

 若地主はパニックになって声を上げてしまった。驚いて我に帰るクラスメイト達の中心にはまたパンツ一丁の若地主がいた。

「ごめんね。地主くん。」

 謝るクラスメイト達に手伝ってもらい学生服を着た若地主だったが、今度は上下が逆になっていた。

 その後も質問攻め、パンツ一丁の流れを二回繰り返し、クラスメイト達の質問に無事答え終えたときには教室に小倉花音の姿は無かった。

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