じぬしじぬされ生きるのさ 3

 クソ野郎コールも鳴り止み、午前中の授業も無事終わり昼休みを向かえた。今まで自宅学習をしてきた若地主にとっては簡単な授業だった。しかし、教室で他の生徒たちと授業を受けるという慣れない環境のせいで若地主は少し疲れを感じていた。

「若、昼休みだけど昼御飯は持ってきた?」

 隣からクソ野郎が声をかけてきた。

「持ってきたよ。うちの料理人が作ってくれたんだ。」

「へぇ、若の家の手作り弁当ってどんな感じなんだろう。楽しみだな。

「地主の料理人が腕によりをかけて庶民の弁当を再現したんだ。かなりの自信作らしいよ。」

そう言いながら若地主はバッグから少し大きめの弁当箱を出した。

周りのクラスメイト達も地元一番の大金持ちの弁当がどんなものか興味津々で見守る中、弁当箱の蓋は開かれた。

 大勢の目の前で開かれたそれは金持ちの弁当というにはあまりに茶色過ぎた。

「じぬしっ!」

 若地主は思わず地主語で「茶色っ!」と言ってしまった。地主家の料理人の庶民の弁当のイメージはどうやら茶色だったようだ。おかずのみならずご飯も炊き込みご飯で茶色くなっているし、よく見ると弁当箱も木製で茶色だった。一品一品はとても美味しそうなのだがあまりの茶色っぷりに周りで興味津々だったクラスメイト達もなんとも言えない気持ちになった。

「すごい美味しそうじゃん。いいなぁ。若の弁当。」

「じぬし?」

 クソ野郎の感想に若地主は思わず地主語で「本当に」と返した。 

「うん。本当に!」

 クソ野郎は少しなら地主語を聞き取れた。

「じゃあ、食べようか!」

 クソ野郎はとてもいいやつだった。

「じぬし!」

「うん、いただきます!」

 見た目は茶色一色とは言え、料理人が腕によりを込めた弁当はやはり美味しかった。

 友達とご飯を食べるのは初めての経験で楽しかったし、クソ野郎から学校の話をあれやこれやと聞くのも興味深かったが、若地主の視線はクソ野郎からチラチラと外れ、ある女子生徒を見ていた。その女子生徒のことは今朝初めて教室に入った時から気になっていたのだ。自己紹介で壇上に上がったときに顔を見たときからハッとした。地主家にに古くから伝わる言い回しをするならば『土地を転がす坊やにクコの実をぶん投げる』というのだが、要するに一目惚れしたのである。

「どうしたの?若。何か気になるの?」

 若地主の視線の先の女子生徒を見てクソ野郎はすぐに察した。

「やっぱきれいだよねぇ。小倉花音ちゃんっていうんだよ。早速女の子に目をつけるなんて  若もスケベだね。」

 スケベと言われるのも若地主にとっては初めての経験だった。

「おい!クソ野郎!!」

 スケベと言ったことで若地主が怒ってしまったんじゃないかと思い、クソ野郎はヒヤッとした。

「あっ!ごめん・・・」

「もっと言ってくれ。」

 若地主は初めてスケベと言われたのが友達同士の軽口を叩いているようでなんだか嬉しかったのだ。

「ああ、怒られるかと思っちゃった。スケベがお弁当食べたら昼休みも時間なくなっちゃうだろうから、放課後にでもクラスメイトのみんなをスケベに紹介するね。みんなもスケベのことスケベ気になってるとスケベ思うし、きっとみんなからスケベに話しかけてくれるスケベ。」

「おい!クソ野郎!言い過ぎだ!クソ野郎!」

 そんなやり取りをしているうちに昼休みは終わっていった。

 青春ってこういうことを言うんだなと若地主はしみじみと思った。クソ野郎とふざけあいながら一瞬送った視線の先で笑顔の小倉花音と目があった。

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