じぬしじぬされ生きるのさ 2

 若地主はB県立利根部高校一年B組の教室の前に立っていた。担任の教師から転入生として呼ばれるのをドアの前で待っている状態だ。若地主と同年代の者たちは入学して二週間程経っている頃なのでとても中途半端な時期の転入ということになる。

 

 昨夜は不安ながらも寝れないこともなく睡眠はたっぷり取れた。朝、食堂で顔を合わせた父地主の方が寝不足そうだった。今朝は母地主もいて一緒に食卓についた。記念すべき初登校の日ともあり、料理人が手の込んだ朝食を作っているらしく料理はまだ並んでいなかった。昨日の半分ほどまで小さくなってところどころ歯形のついた食卓だったが、もともと大きすぎたそれはむしろちょうどいいサイズになっていた。

「たくさん寝れたみたいね。あなたが学校に行くのに、お父さんの方が緊張して寝不足なのよ。」

 母地主は明るく笑顔でそういった。母地主は地主語は聞き取りはできるが話すことは出来ないので、家族三人揃った時は一応地主語を使わないで話すようにしている。

「ちょっと不安はあるけど何とかなるって思えるようになってきたんだ。学校なんてみんな行くような場所が怖い場所な訳ないもんね。」

「それもそうね。帰ったら学校であったこと聞かせてね。」

「うん。」

「あっ!お父さん!それは朝ごはんじゃないわよ!」

 若地主より緊張している父地主は黙っていられないのか、また食卓を齧っていた。母地主の声は耳に入らないらないようで噛むのをやめる気配もない。

 父地主とは対照的に母地主はいつも通りの様子だった。母地主としばらく話をしていると料理が運ばれてきた。和洋折衷でいろんなものが少量ずつ数種類でどれも若地主の好物だった。二人用のサイズまで齧られた食卓に並びきらない程の量だった。折り畳みテーブルを運んできた山中が頑張ってと言ってくれた。食事を終えて支度を済ませると山中が車で学校まで送ってくれた。見送りの時も母地主は笑顔なのに対して父地主は声を上げて泣いていた。その周りを楽しそうにビーフストロガノフがぐるぐる駆け回っていた。そんな光景を見て笑えるほど若地主には余裕があった。


「それでは入ってきなさい。」

 教室から担任教師の呼ぶ声がした。若地主は自分の両頬を平手でパチンと叩き気合を入れると扉を開け教室へ入っていった。黒板の前の一段高くなっている檀上に上り担任教師の横に立ちこれからクラスメイトになる面々の顔を見回した。その中に見知った顔を見つけた時うれしくてつい名前を呼んでしまった。

「クソ野郎!」

 クラス中が耳を疑った。

「じ、地主君機嫌でも悪いのかな…。自己紹介はできるかな…?」

 担任教師は今年初めて担任を持つことになった若い女性教師だった。やばい転入生だと思い、ビビって声が震えていた。

「じぬし!地主の名前は地主剣一郎です。クソ野郎!皆さん、どうぞクソ野郎!よろしくお願いしますクソ野郎!」

 若地主はクラスメイトの中にクソ野郎の顔が見えるたびに嬉しさから無意識に名前を呼んでいた。

 クラス中がざわつく中、クソ野郎一人だけが焦っていた。

「若!人前でその呼び方はやめてよ!みんなやばい奴が来たって思ってるよ!」

「どうしてだい?クソ野郎はクソ野郎じゃないか。」

 若地主には悪気は全くないのでクソ野郎がなぜ焦ってるのかがわからなかった。

「みんなびっくりしてるじゃないか。みんな!若は悪気があって言ってるんじゃないんだよ。クソ野郎は僕のあだ名なんだ!僕がクソ野郎なんだ!」

「そうだよ。君こそがクソ野郎だよ。クソ野郎。」

 二人のやり取りを聞いてクラスのざわつきは笑い声へとグラデーションしていった。

 ビビっていた担任も少しは安心した様子だ。

「二人は知り合いなんだね。じゃあ、地主くんの席は…。ちょうどあそこが空いてるわ

。クソ野郎の隣ね。」

「先生までクソ野郎って言ってる!」

 クラスの誰かからその指摘が入ると教室は笑いに包まれた。

「クソ野郎!よいしょっ!クソ野郎!ア、ソーレ!」 

 クラスの笑い声はいつの間にかクソ野郎コールへと変化していき、それは朝のホームルームの時間を貫き一時間目の終わりまで続いたのだった。

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