第一節 四項 物語の始まりは暗闇と共に

瑠依葉を先頭に長い廊下を歩く事、更に15分。

宿舎よりも大きく、そして更に荘厳な建物の前で瑠依葉は止まった。

 

 「こちらは本殿になります。保管庫や観測室、長室があってこの世界で一番重要な建物となっています。」

 

 瑠依葉は淡々と説明すると、本殿の前にある木製の階段を登って障子を開けた。

本殿に入ると外の廊下よりも広く、宿舎では塗装されていなかった柱や屋根にも朱色でしっかり塗装されていた。

 

 廊下の突き当りまで歩くと、他の障子や襖とは一線を画す程の大きさの襖が視界いっぱいに広がっていた。襖の大きさは俺の身長141cmを二倍にしても足りない程の大きさだ。

 「ここには観測室と長室があります。」

 「わぁ・・・デカいなぁ・・・」

 「そうですよね、これはさすがに大きすぎると私も思いますよ。でも襖を交換することは出来ても、高さは変えられる訳ではありませんからね・・・こればかりは我慢するしかありません。あっ、すみません愚痴を言ってしまって。ちょっと待っててくださいね、すぐに襖を開けますから。よいしょっと。」


  瑠依葉はそう言うと、体を大きく動かして瑠依葉の倍はある襖を開けた。

襖の先に広がる景色は厳かな神社には似つかわしくない、様々な風景や街並みが映し出されたホロディスプレイが部屋中に広がっていた。そのホロディスプレイの前に五、六人ぐらいの瑠依葉や碎と同じような服装をした人達が座って眺めていた。その手元ではパソコンの様な機械を操作していた。


「吉野はこの先の長室に居ます。それでは参りましょう。」


 瑠依葉に連れられ、観測室と呼ばれる部屋を歩く。観測室を通り過ぎる間、ホロディスプレイを眺めていた人達の目線が俺を刺した。その目線には疑念と好奇の意味合いが多く含まれていて、見られている側は心地の良いモノではなかった。


目線に耐えながら観測室を抜けると、突き当りにこれまた障子で仕切られた部屋が表れた。

 瑠依葉は、障子の前で服装に乱れが無いかを確認し、改まった表情で声を発した。


 「失礼します。件の小谷蛍様をお連れしました。」

 「うぃ。入っていいよ。」

 「失礼します。」

 

 瑠依葉は部屋から男の声を聞き取ると、静かに障子を開けた。

 中は観測室と同じように畳の部屋になっていて、家具はまるで社長室にでも置かれているような質感の高い皮のソファーや木製のデスクなど、雰囲気をぶち壊しにするような家具がたくさんあった。


特に雰囲気をぶち壊しているのは、この男の服装だ。周りの職員は全員、袴とかの神社の雰囲気に合わせた服装をしているのに、この男はまるで南 国にでもいるようなアロハシャツに短パンを着ていた。口と顎には青髭を生やし、長く伸びた髪はヘヤゴムで後ろに束ねていた。


どう見ても、休暇中のおっさんが南国でバカンスを楽しんでいる様にしか見えない。

 あまりの浮世離れした男の装いに、俺は茫然としていると男が俺に柔らかな表情で話しかけてきた。


 「え~っと、小谷蛍くん・・・だったっけ?」

 「はい・・・そうです。」

 「そんなに緊張しなくていいよ。別に取って食う様なことはしないから。」

 「・・・」

 

 男は、茫然としている俺の表情を緊張していると読んだらしい。だから緊張をほぐそうと、表情だけでなく声色さえ優しくしていたのか。

 そんな男の空回りした親切に、俺は心の中で可笑しく思ってしまった。


 「いや吉野、どう考えてもお前のその服装に面食らっただけだと思うぞ。」

 「えっ?この服そんなに変か?」

 「当たり前だろ。他の奴らが来た時も同じ反応してるぞ。」

 「え~っ、僕結構この服気に入ってるんだけどな~」

 「好きな服を着るのは良い事だと思いますけど・・・仕事の時は・・・やっぱり別の服を着るべきだと思いますよ。」

 「瑠依葉もそう思うのかよ。」


 碎のツッコミでただでさえ威厳のなかった男が、さらに崩れていき俺はついに笑ってしまった。


 「フフッ、やっと笑ってくれたね。」

 「?」

 「いやごめんね、突然笑ってしまって。君が地下牢で目を覚まして僕の元に来るまでの間、一度も警戒を緩めることがなくてどうしようかと考えあぐねていたのさ。それは瑠依葉と碎との会話の時でもそうだったから。まぁでも会話の内容が内容だったからそこは仕方がないかもしれないけどね。特にとか・・・ね。」

 

 男は碎と瑠依葉に向かって笑みを浮かべて言った。

当の本人達は、バツの悪そうな顔でそっぽを向いた。


しかしなぜこの男は、知らないはずの事をまるで見てきたかのような言い方をすることが出来るのだろうか。

 

 「なんで知らないことを知っているんだ。とでも言いたげな顔をしているね。僕はね、この世界にいる人間の動きを把握することが出来るんだよ。」

 「それって・・・」

 「そう。多分明桜のジィさんが、さわりぐらいは教えたであろう能力だよ。ちなみに爺さんは能力の事をどこまで君に教えた?」

 「・・・ジィの能力が永劫であること。能力は限られた人しか得られないこと。能力は身体能力を向上させるか周囲に影響を与えるモノである。ことぐらいしか教えてもらってないですね。」

 「・・・はぁ~っ、あの爺さん本当にさわりのことしか話してないんだな。ここの事については何か聞いてる?」

 「いえ・・・何も・・・ここに来れば全部吉野って人が教えてくれるって言ってたから・・・」

 「・・・ってことはほとんどの事を一から説明しなきゃいけない訳だ・・・長くなるなぁ・・・」

 「なんかすみません・・・」

 「いや君が謝ることじゃないよ。悪いのはほとんど説明してないあのジィさんが悪いから。」


 男はここにいないジィに向かって気持ちのこもった盛大な嫌味を口にした。

 男は、大きく溜息をつくと大きく伸びをして改めて俺の方を向いた。


 「さぁどこから話そうか・・・う~ん、まぁとりあえず自己紹介からいくか。僕はここ、廃亡の都で管理者をやっている吉野って言うんだ。よろしくね。」

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