プロローグ 其の六

ジィは俺達が本殿に入ったの確認すると、本殿の扉を閉めて内側から鍵を掛けた。


「よし。とりあえずこれでお前達に事の大まかな説明をする時間は作れたな。」

「じゃあ話してくれるんですね?」

「あぁ、おれが現段階で話せることを時間が許す限りで話そう。」

「では、まず呪いとは一体なんなんですか?」

「あれはおれも詳しいことはわかっていない。わかっている事は、呪いというものはこの世界が出る垢の様なものだということだ。」

「世界から出る垢?」


「あぁ。簡単にいってしまえばそういうことになる。例えば、ある地域で大規模な戦争があったとしよう。そこでは多くの人々が死に、悲しみや怒りの感情が生まれた。死や悲しみと言ったネガティブな感情は、起きた出来事の土地に蓄積されていくものなんだ。だから多くのネガティブな感情が起きた土地では、起きていない土地と比べて蓄積される量が比ではなくなる。そして蓄積されたネガティブな感情がある一定の量を超すと、形となってその土地から現れてくる。それが呪い。どういう理屈でネガティブな感情が土地に蓄積されて呪いに変わるのか、その呪いがなぜ人を豹変させるのかまったく解明出来ていないから、儂の知っている呪いに関する情報はここまでだ。」


ジィの口から、今まで聞いたことのない初めての情報がどんどん出てくる。俺の知らない所で、こんな事を調べていたなんて。

そこで俺は、ある疑問が浮かんだ。


「今までテレビとか噂とかでも聞いたことが無い呪いを知っていて、尚且つ呪いの事を調べていたジィは一体何者なの?」


俺は至極当然の疑問をジィに問いかけた。普通に生活している人なら呪いというそんな危険なものに触れることは無いはずだ。それをジィは知っている。五歳から十歳になるまでの五年間を一緒に過ごしてきて、そんな話は一度も聞いたことがなかった。親しい人だからこそ気になる。ジィは一体何者なのか。


「・・・おれは何千年も生き続けるただの老人だよ。」

「何千年・・・? それは一体どういう・・・」

「言葉通りの意味だよ。おれは産まれた時からこの世界が滅亡するまでひたすらに生き続けなければならない能力、永劫を背負った人間なんだよ。」

「永劫? 能力? ジィはさっきから何の話をしてるんだよ・・・」

「まぁ二人が理解出来ないのも無理はないさ。この世界では能力の存在を認知されていないからな。でもさっきお前達は見なかったか? おれの体中にあった刺し傷が気づいたら綺麗さっぱり無くなっていた所を。」


確かにさっき俺達は、傷だらけだったジィの体が綺麗に治っていたのをはっきり見ていた。じゃあそれがジィの能力だと言うのか・・・


「そうそれがおれの能力、永劫の力だ。」


ジィは俺が心に思っていたことをまるで聞いたかのように返した。


「能力はすべての人が持っている訳では無い。一部の人間が、自分の身体能力を向上させる或いは周囲の人間に何らかの影響を与えることが出来る力が能力だ。そして能力を持っている人間が世界で唯一、呪いに汚染された人間に対抗することが出来る。」

「なんだよそれ。じゃあ能力を持ってるジィが汚染者と戦えば万事解決じゃないの?」

「確かにおれは永劫という能力を持っているが、この能力は寿命や外傷で死ぬことが無くなるだけであって、力が強くなるとか戦闘能力が高くなるそういう便利な機能はついてないんだよ。」

「そんな便利な機械を紹介するみたいな感じで言うなよ・・・」


「まぁ別に今回はおれがあいつらを片付けるからいいが、この先は簡単ではなくなる。今回の騒動はまだ事の前座にもなっていないしな。これからどんどん汚染者が増えていく。その中にはおれの手には負えない者も出てくるかもしれない。だからこそ蛍には能力を開花してもらい、その能力を十分に使いこなすためにもあいつの所に行って修行してもらうんだ。」

「そういえばさっきから、あいつって言ってるけど誰なの?」

「それは向こうに行けばわかる。行けばおれよりも詳しく説明してくれるだろうよ。さてそろそろ時間も無くなってきたな。」


ジィは目線を夜桜神社の階段の方向に向けていた。

俺は耳を澄ませて音を聞き取ると、さっきまで五キロ離れた校庭に居たはず汚染者が境内まで来ていた。


「とにかくあいつの所には、蛍一人で行ってもらう。それとユウはしばらくおれと一緒に行動をしてもらうが構わないか?」

「あ、はい。それは僕は大丈夫です。でもなんで、蛍一人だけなんですか?」

「ユウはすでに能力が開花しているからな。である程度使いこなせてもいる。そこまで出来ているならわざわざあいつの所に行く必要はない。むしろおれについてもらって、手助けをしてもらいたい。」

「えっ、僕もう能力が開花しているんですか!?」

「え? 気づいてなかったのか? てっきりおれは、意識して能力を使っていると思っていたんだが・・・」

「いえ・・・全然知りませんでした。」

「そうか。じゃあまだユウには伸びしろが残っているな。無意識に能力を使っている人間が、認識して使うようになると能力はかなり強くなる。こりゃ化けるぞ。」


ジィは不敵な笑いを浮かべながら俺達の横を通り抜けると、本殿の奥にある刀を取り鞘から抜き出した。

その刀の刀身は、身長173cmあるジィより少し短いぐらいの長さであった。あの刀は模造刀では無く真剣だ。刃は潰されていないから、切りかかれば綺麗に切れるし、突けば簡単に体を貫けてしまう。だからジィは俺に、あの刀には絶対に触れるなと言われていた。

その刀をジィが取り出したということは、目の前にいる敵はたとえ顔見知りであろうと友人であろうと切り倒して前へ進むという意思表示であった。


「この先おれは、ユウの安全を完全には保証出来ない。だからある程度は自衛をしてもらいたいから、ユウにはこれを渡しておく。」


ジィは奥から持ってきた刀の一本、短刀をユウに手渡した。その短刀はジィの持っている刀の三分の一の長さだ。135cmのユウにはちょうどいいか、少し大きいぐらいのサイズだ


「蛍と同じようにユウにも、剣道の心得は教えてあるから使えないことはないはずだ。もしおれの手がいっぱいの時は、その短刀でなんとかしてくれ。」

「わ、わかりました。」


ユウがジィの提案を承諾すると、ジィは本格的に戦うための準備を進めた。長期戦になるのを見越して、食料など物資を本殿の倉庫から持ってきていた。


そんな中、俺はただ呆然と立っていることしか出来ない。ジィが言ったあいつの所への行き方の説明も誰なのかも教えてくれない。一体ジィは何を考えているのだろうか。

そんな事を考えていると、準備が整ったジィが俺の前に立ってあるものを差し出した。


「これは?」

「手紙だ。これを向こうの人間に渡してくれ。そうすれば、そこの管理者の所へ通してくれるはずだ。」


手渡されたのは茶封筒に入った手紙だった。その茶封筒には「吉野へ」と書かれてあった。

これがジィの言っていたあいつなの? と訊こうとした時、突然の俺の視界が大きく揺れた。すると足に力が入らなくなって視界が霞み、その場に倒れてしまった。


「そろそろ・・・だな・・・蛍・・・・・・必ず・・・・・・な。」


ジィは何かを言っている。でも俺の意識は薄れていき、すべて聞き取り理解することが出来ないまま、俺の意識は闇へと落ちていった。

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