プロローグ 其の五

「クソっ! 誰だ! 誰がこんなことしやがった! 見つけ出してぶち殺してやる!」


俺は怒りに任せて言葉を吐き出す。しかし感情の昂りは収まるどころか、どんどん膨張していくのを感じる。


「蛍落ち着いて! 今その怒りをぶつける相手はどこにもいないでしょ! 蛍が今言っている言葉は自己満足でしかない。蛍は叔父さんに教えられた事を忘れたの?」

「っ!」


強い言葉でユウに諫められた俺は、バケツの水を頭からぶっかけられたような気分になった。

そうだ・・・俺はジィに教えられた事をすっかり忘れてしまっていた。

ジィに教えられた事の一つ。冷静に他人の行動を一つ一つ丁寧に見極める事。人間は思っている事が、体の動作に表れると言われる。怒りなら怒りの感情の動作が、悲しみなら悲しみの感情の動作が。その動作はあまりにも微細なものなので、ほとんどの人は見極めることは出来ない。

この技術を俺とユウはジィに教え込まれてのいたのに、俺は怒りに任せて行動しようとしていたからユウに諫められたのだった。


「ごめん。ジィに言われていたこと完全に忘れてた。五年間ジィに教えてもらっていたことをまさかユウに諭されるとはね・・・」

「いいってことよ。私も色々叔父さんに教えてもらってたからね。それに、叔父さんから頼まれたことでもあるし。」

「? 何を?」

「もし蛍が道を踏み外しそうになっていたらユウが諭してやってくれ、ってね。」

「ジィ・・・」


ジィには俺が追い込まれた時、冷静になれずに我を忘れて暴走する可能性があることを予見していたようだ。だから、見極める技術が俺よりも長けているユウにブレーキの役割を任せたのだろう。

俺はユウとジィの優しさに少し潤んでしまった。

 すると突然ジィが呻き声を上げた。


「・・・っ」

「! おいジィしっかりしろ!」

「叔父さん!しっかりしてください!」

「なんだよ・・・うるさいなぁ・・・もう少し寝させてくれよ・・・」


俺とユウが必死に呼びかけると、ジィはまるで寝起きの様な声を上げて重そうに体を起き上がらせた。


体を起き上がらせた? そんなバカな・・・だってさっきまでジィは体の至る所に刺し傷があってもう虫の息だったはず・・・


「? どうしたんだ二人とも? まるで死にかけだったはずの人間が生き返ったのを間近で見たような顔をしてるぞ。」

「いや・・・その叔父さん? 刺された・・・のですよね?」

「? あぁ、そうだな。」

「いやそうだなって・・・」


ジィはまるで他人事のように話すのを見て、ユウは明らかに動揺している。

俺も目の前の有り得ない事態に動揺してしまっている。なぜならば、さっきまでジィの体にあった大量の刺し傷が綺麗さっぱり無くなっていたからだ。


えっ? ジィが死にかけていたのは俺の見間違いだったのか? でも、ジィの着ている袴は血で染まりボロボロになっているのを見ると、刺された事実は間違いないらしい。


じゃあなんでジィの傷は治っているんだ? しかし跡形もなく。 素人目で見てもあの傷は致命傷だったはずだ。仮に致命傷でなかったとしても、あったはずの傷がほんの数秒で治ることなんてありえないだろ・・・


俺とユウは目の前で起きた不可解な現象に頭を捻らせていると、ジィは俺達を見つめて納得した表情を浮かべて言葉を続けた。


「そうか・・・生き残ったのは蛍とユウだけ・・・か。参ったな~おれ的には蛍とユウを合わせてあと二人ぐらいは生き残ると思ってたんだがな・・・」


ジィは頭を掻きながら、本当に予想外といった顔をしてそう言った。


メールにも書いてあった神主とはジィの事だ。じゃあジィは俺が家にいる時から、こうなることを知っていたのか? じゃあなんで俺がいる時に言ってくれなかったんだ? それにさっきの超能力みたい傷が消えたのは一体なんなんだ? 訳がわからない・・・


俺の頭には疑問に疑問が重なり、ショートしそうだった。

すると整理がついたのか、ユウがジィに向かって厳しい口調で問い始めた。


「叔父さん。これは一体どういうことですか。僕は宮と言う人から汚染されていない人を引き連れて夜桜神社に向かえとメールをもらってその通りにここまで来ました。しかもそのメールには夜桜神社に着いたら後は神主がなんとかしてくれとも書いてあった。ここの神主は叔父さんです。じゃあ今ここで何が起きているのか、ちゃんと説明してもらえるんですよね?」

「あぁ。この夜桜地区で起きている一連の出来事はおれの口から説明出来る。だが、今はそれを説明している時間はなさそうだ。」


ジィは言い切ると同時に立ち上がり、麓へ続く階段に向かってしっかりと足取りで歩き出した。

俺とユウはジィの後をついて行った。


少し歩くとジィは足を止めた。そこは、さっきまで俺がいた街を一望できる階段の所だった。

さっきまで見えていた家の輪郭は炎に飲み込まれ見えなくなっている。麓の街はもう、人が生きていられる状態では無くなっていた。


「・・・あれは・・・なんだ・・・」


俺は一か所に集まる黒い物体を見つけた。それは赤く燃え上がる街のちょうど中心にある広場。つまり俺達の学校の校庭に集まっていた。


「あれは、呪いを纏った汚染者の塊だ。あの塊を見る限り多分千人単位で集まってるな。」


ジィは、顎に手を当て何かを考えながらそう言った。


「あれが全部、汚染者・・・」


ユウは目の前にある事実と、ジィの言葉に絶句していた。今日、ずっと先頭に立ち続け、冷静を保ち続けたユウでさえ目の前の事実にはショックを隠し切れなかった。


「! まずい奴らに気づかれた。」

「えっそんなはず・・・だってここから学校まで五キロも離れてるんですよ!?」

「呪いに汚染された者は、身体能力が著しく強化される。だから、五キロの距離なんて隣の人の声を聞いてるのと同じだ。」

「そんな・・・」

「気づかれた以上すぐにここから離れないと危険だ。とにかく走っておれの後についてこい!」


ジィが話している最中にも、校庭にいた汚染者の塊はまるで新幹線の如き速さで神社に向かって来ていた。

ジィはその姿を目視で確認すると、俺とユウの手を掴み元来た道を全速力で戻り始めた。


「どこに向かってるんですか!」

「本殿だ! 本殿に行って蛍をあいつの所に送る。」

「あいつ? あいつって誰ですか!」

「今は説明してる余裕は無い! とにかく口よりも足を動かせ!」


ジィの顔は今までに見たことが無い程の焦りの色が見えた。いつものジィは、どんなイレギュラーなことが起きても余裕の顔をしているのに、今日はそれがまったくない。それだけ、ジィにとっても想定外の事なのだろう。


俺達は境内を全速力で駆け抜け、境内の一番奥にある本殿に辿り着いた。

ついた時には全員の息が絶え絶えな状態だった。


「はぁ・・・はぁ・・・間に合ったか・・・」


ジィは息を整える事もせずに本殿の扉を開けて中に入っていく。

俺とユウは互いに息を整えていると、中からジィが戻ってきて俺達にも入るように手招きし本殿に入った。

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