プロローグ 其の四
結果から言うと、この逃避行は失敗に終わったと言うべきだろう。
最終的に夜桜神社まで辿り着いたのは俺とユウの二人だけだった。
予測していた通り、夜桜地区の住民は皆汚染者となっていた。どこに行っても汚染者と接触し、その度に同士が汚染者に殺されていった。接触した汚染者の中には、同士の親族も居た。でも俺達は逃避行を始める前に、仲間が汚染者に殺されても、汚染者の中に親族が居たとしても、振り返らずに走り続けろと約束を交わした。だから俺達は後ろを振り返らずに前を向き走り続けた。
結果登山道の入口に辿り着いた時には、もう俺しか残っていなかった。
ユウの方も状況は同じだったらしく、残ったのはユウだけだった。
険しい登山道を速足で登り、ユウと合流した時にはすでに夜の帳が下りていた。ふと後ろを振り返ると、いつもなら綺麗な夜桜地区の夜景が望めるのだが、今日は真っ赤に染め上がっていた。麓からは家が炎によって燃える音が地響きのように聞こえてくる。今ここから見える景色は、地獄の様相を呈していた。
「どうして・・・こうなった・・・」
俺は地獄の様な景色を見て心が折れかけていると、神社を捜索しているとユウが慌てた様子で俺の所に駆け寄ってきた。
「蛍っ! 叔父さんが! 叔父さんが血を流して倒れてる!」
「・・・!」
俺はユウの言葉で、切れかけていた意識をつなぎとめてユウの後をついて行った。
ジィはこの夜桜神社の神主で、俺の最後の身内だ。メールにあった夜桜神社の神主とは俺の叔父だったのだ。
ジィは、夜桜神社の社務所の中で体中から血を流して倒れていた。傷口を見ると刃物か何かで刺された様に見えた。ジィの状態は、幾つもの傷口があって出血量が多く手の施しようのない状態だった。
「おいジィっ、しっかりしろよ! もう俺を離さないじゃなかったのかっ! ジィが死んじまったら、俺1人になっちまうよっ・・・」
「蛍・・・」
俺はジィの頭を抱えて、叫んだ。ユウは、俺の深い
俺は両親を両方とも亡くしている。母親は俺を産んだと同時に亡くなり、父親は俺が産まれる3ヵ月前に事故で亡くなったと聞いている。
俺は産まれた時から1人だった。
その後俺は親戚の家を転々としていたが、行く先々で親戚が事故や病気で亡くなっていき、それから親戚の間で俺は死を誘う子として煙たがれていた。そんなある時、夜桜神社で一年に一度行われる親族の集まりに、俺も呼ばれた。当時俺は5歳だった。
当然、俺は親族から冷たい目を向けられ部屋の隅で縮こまっていた。話し合い兼宴会が終わり、親族は
その時部屋には、俺とジィだけが残っていた。その時のジィの顔はとても険しいものだったことを今でも覚えている。
ジィはお猪口に残っていた日本酒を呷ると、立ち上がり俺の所まで歩いてきて険しい顔のままこういったんだ。
「蛍、
俺はあの時自分の耳を疑ったよ。だって俺の人生の中でそんなこと言ったのは誰もいなかったからな。いつも言われるのは、置いてやるだけありがたいと思えよ、とかお前は死ぬまでうちの雑用係だからな、などで今まで俺を家に置いていた親戚は皆俺を人間として扱っていなかった。ある家では、飯すらくれない事もあった。
だから当時の俺は、人と言うモノを信用していなかった。
でもあの時俺は、会って数時間も経っていないジィの言葉をなぜか信用したくなった。信用に値する証拠なんてどこにも無かったし、長い言葉を連ねて説得しようとしている訳でもない。ただシンプルに一言言葉を発しただけだった。
それでもその時俺は、ジィの言葉を信用したくなった。だから俺は、ジィの言葉に頷き返した。
ジィは、俺の反応を見て険しかった顔を少し緩めて嬉しそうにしていたのを覚えている。
次の日の朝に、ジィが俺をこの家で育てると言った時はみんな反対してたなぁ。だって小谷家の当主であるジィが、小谷家の本家がある夜桜神社で育てると言うことは、俺を小谷家次期当主として育てると言っているようなものだからね。それに、俺の噂をみんなが知っていたから余計に反対したんだろうね。
でもジィは、全員の意見をすべて突っぱねて押し通した。その時俺は5歳。ジィは70歳だった。
それから俺は、ジィに育てられた。生活面や人間性、武術を一からジィに叩き込まれた。ジィはかなり厳しかったけど、俺の事を気にしてくれているのが嬉しかったし、愛ある指導だったから辛くはなかった。
俺の育て親でもあるジィが死にかけているのを見て、冷静でいられるはずがなかった。
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