プロローグ 其の三

校舎までの道中、俺は横目でみんなの顔を見た。みんなの顔はトシが殺された事へのショック、後藤先生の狂気的な行動を目の当りにして、ある者は泣き、ある者は心ここにあらずといった顔をしていた。

 無理もない。殺されたトシは、俺達のクラスの中で男子からも女子からも慕われるリーダー的存在だった。楽しい時も悲しい時も、その場には必ずその場にいた。そんな存在を失ったみんなの喪失感は計り知れないものだろう。だからこれ以上、みんなに刺激を与えるようなこと起きないでくれと、普段は願わない神様に向かって念じた。

 しかし神は一個人の願いなど訊くつもりは微塵も無い様で、俺達に残酷な現実突き付けてきた。


「・・・」


 校舎まで歩いてきた俺達に突き付けられた現実は、校舎の窓ガラスはすべて鮮血によって塗りつぶされ、昇降口には血の海に浸かっているクラスメイトの死体が幾つも転がっている。校舎内では後藤先生と同じようなドス黒い闇を纏っている人の様モノがひしめき合っている現実だった。

 校舎内がこの有様では、助けは絶望的だなと楽観的に考えていると、一緒に歩いてきた友達の一人、伊藤渉いとうわたるが掠れた笑い声を上げて座り込む。


「ハハッ・・・もうお終いだ・・・俺達はもうここでお終いなんだ。誰も助けてなんてくれない。俺達はトシみたい殺されるんだ・・・」


 1人が床に伏すと、また1人また1人と膝から崩れ落ちていき、顔に恐怖の一色に染まっていた。

 恐怖は伝染していく。特に心に傷を負った人間には如実に症状が現れる。この場にいる人間は皆、トシを殺されたこと、後藤先生の狂気的行動によって精神的にかなりやられていた。そんな状態でこの惨事を目の当りにしたら、ガラスをハンマーで割るように心が易々と砕けてしまう。

 みんな心は完全に恐怖で砕けてしまっていた。

 しかし、この中でまだ生きる事を諦めていない人物が1人だけ居た。


「諦めるな! まだ生き残る可能性は残っている!」


 その人物はユウであった。ユウの目には恐怖に染まっているみんなとは違い、この惨状から絶対に生き残ってやるという不屈の決意を感じ取れた。

 しかし、恐怖に侵され正気を失った伊藤が語気を荒げながら・・・


「はぁ? こんな惨状を見てまだ生き残る可能性が残ってるってよく言えるよなぁ! そんな可能性一体どこに残ってるって言うんだよ! どこにもねぇじゃねぇか!! 口から出任せ言ってんじゃねぇぞゴラッッ!!!」


 伊藤の剣幕は、5年間一緒に過ごしてきた中で見たことのないものだった。伊藤の性格は、こんな好戦的なモノではなく温厚で誰かを傷つける事など出来ない優しい性格の持ち主だった。恐怖というのは、人をここまで変えてしまうのか。彼の様子を見て、俺は彼らとは違う別の恐怖を感じていた。

 ユウは彼の剣幕に恐れる事なく、顔色を変えずに伊藤の顔を見つめる。そんなユウの態度が気に入らなかったのか、伊藤は拳を振りかざして殴り掛かろうとしていた。


 「おいやめろっ!」 


 俺は伊藤を止めようと、足を動かしたが先に伊藤の拳がユウに当たってしまった。男にしては華奢な体のユウは、伊藤の拳に吹き飛ばされてしまう。そう思っていた。

 しかし、伊藤の拳はユウの体に触れる事なく虚空こくうを貫いていた。ユウは華麗な身のこなしで、伊藤の拳をよけていたのだ。伊藤は諦めずに何度も何度も、ユウに殴り掛かるが同じように避けられてしまう。伊藤はついに1つの拳を当てることが出来ずに息を上げて殴ることを止めてしまった。


「クソっ! なんで当たらねぇんだよ!」

「怒りに任せた攻撃は一番読みやすいからね。簡単だったよ。」

「・・・チッ。」


 伊藤は自分の中にある恐怖からくる怒りを放出したからか、落ち着きを取り戻した。しかし変わらず、顔から恐怖の色は拭えていない。

 何も言葉を発さず、ただ座り込んだり下を向いている彼らを見て俺は彼らの代わりにユウに疑問をぶつける。


「ねぇユウ? さっき言っていた生き残る可能性って一体なんなの?」

「う~ん。まだ僕も完全に信用している訳ではないんだけど・・・昨日、僕のスマホにメールが入ってきたんだ。そこにこう書かれてあったんだよ。」


 そう言うと、ユウは俺にそのメールを見せてくれた。


〈相羽悠様。突然申し訳ございません。私は宮と申します。私はあるお願い事を聞いて頂きたく、このメールを送らせて頂きました。お願い事とは、ある事件から人々を助けて頂きたいのです。これからあなたが引っ越す先の島崎市では、突如人が闇を纏った人に襲われ、襲った人間が姿を消すという怪奇事件が多く起きています。〉


 ユウが見せたメールはそこで終わっていた。俺はまた別の疑問が浮かんだ。


「夜桜地区ってこの辺りの事だけど、そんな事件起きてたっけ?」

「あ~ごめん。メールはまだ続きがあるんだ。」


 ユウがそういうと、スマホを操作して別のメールを見せてくれた。


〈この事件は、世間には公にされていません。行方不明になった人の親族や目撃者には多額の金銭を提供し口封じされているため情報が外に出ないのです。もし口外した場合は、口外した人物と情報を聞いた人物が処分されることになります。なおこちらのメールは、足がつかないように特殊な回線を使用しておりますのでご安心ください。

 さて、ここまで事後の出来事をお話ししましたが、ここからはこれから起きるえる出来事、相羽様にこのメールを送ったことについての本題に入っていきたいと思います。

 おそらく相羽様が転校される夜桜小学校にて、呪いに汚染された人物による大規模な暴動が発生します。明確な時期は私にもわからないのですが、おそらく転校されてから一週間以内には発生すると思われます。そこで相羽様にお願いしたいのは、発生した際に呪いに汚染されていない者を連れて夜桜神社まで逃げて頂きたいのです。呪いは、呪いに汚染されている人物に触れることによって汚染します。汚染された者は、まだ汚染されていない者を見つけると襲い掛かり仲間を増やそうとする習性があり、また汚染者を殺しても死ぬことはなく何度も立ち上がるという特徴もあります。ですから汚染者を見つけた際には直ちにそこから逃げる事を心がけてください。汚染者に殺された者も、いずれ立ち上がり汚染者となって行動を開始します。ですから怪我人は見捨てて自分の身を守ることを最優先にしてください。夜桜神社に逃げ込みましたらあとは、神主が対応してくれますのでどうにかして皆を夜桜神社まで導いてください。

 もし発生した際に、周りのいる者の理解が得られない時はこのメールを見せて事情を理解して頂くようにお願い致します。相羽様、どうかご武運を。〉


 呪い? 汚染者? 殺される? なんだよそれ・・・

 俺は聞き慣れない言葉が連続して、理解が追いついていなかった。それは、俺が読む時に周りにも聞こえるように声に出して読んでいたから、周りにいるみんなも同じだった。

 そんな俺達を見たユウは気合を入れ直すように喝を入れる。


「確かに僕もこのメールを見た時は、みんなと同じような状態になったよ・・・だっていきなり呪いがどうとか、暴動がどうとか言われてもにわかには信じられないもん。でも、メールに書かれた通りの事態が起きてしまったからには、もう行動するしかないんだよ! 今を生きる者として生を全うするためにも、このメールに書かれているあの闇のようなものに憑りつかれていない人達と一緒に夜桜神社に逃げるしかないんだ!」


 俺達は、ユウの心からの叫びを聞いた。ユウの心からの叫びは、恐怖に打ち砕かれていた彼らの心を繋ぎ合わせまだ出来るかもしれないと言う希望を感じさせていた。

 また一人また一人と、暗い感情を捨てて立ち上がり、生きるための行動を起こす覚悟を決めた。

覚悟決めた逃走者達は、ここから夜桜神社まで逃げる算段を話し始めた。


「じゃあどう逃げる? このまま学校を出て大通りを神社まで走り抜ければ神社まで辿り着けるが・・・」

「というか、そもそも汚染者ってこの学校の中だけなのかな? もしかしたら外も大して状況が変わりないのかもしれないし・・・」

「でも、学校から神社までの通りは一つか二つしかないよ・・・」


 彼らの話し合いはどんどん進んでいき、最終的にこの場にいる21人を2チームに割って神社に向かう事に決まった。決断に至るまでにかかった時間はわずか5分程度だった。彼らの顔にはもう、恐怖の色は感じられない。あるのは、この惨状から絶対に生き延びてやるという激情だけだった。

 そんな彼らの話し合いを、俺とユウは少し離れた所で見ていた。


「いや~よかったよ。みんああのメールを信じてくれて。信じてくれなかったらみんなここで死んじゃう所だった。蛍のおかげだよ、さっきみんなが沈黙に伏していた時に蛍が僕に話を促してくれたからあの話をすることが出来た。ありがとう。」

「いや、俺は何もしていないよ。そもそもあいつらが信用してくれたのはそのメールのおかげだけじゃないと思うよ。」

「? どういうこと?」

「最後に言ったユウの言葉だよ。ユウが放った心からの叫びがあいつらの打ち砕かれた心を奮い立たせたんだよ。だから今のみんなを作ったのはユウのおかげだよ。」

「えっ? そっそうかな?」


 ユウは、俺の言葉に照れくさそうに返した。普段はこんな姿を見せないから少し驚いてしまった。

でも俺は話を盛ったつもりはまったく無かった。事実。ユウの最後に放った力強い言葉はこの場にいる全員の心を動かした。思い返すと昔からそうだった・・・俺が家の事で悩んでいる時も、ユウが傍にいて今日みたいに力強い言葉を掛け続けてくれた。だから俺は、今もここに立っていることが出来る。

 ユウの言葉には、人の心を動かす力でもあるのだろうか?このメールを送った宮という人は、ユウのそういう面を見抜いて重大な仕事を命じたのか?

 そんなことを考えていると、チームの割り振りが終わり後は俺達2人だけという状態になって呼ばれた。


「お~い。後はお前らだけだ。どっちかのチームに入ってくれ。」

「わかった。ユウ、行こう。」

 校庭の平行棒に座っていた俺は立ち上がり、座っているユウに手を差し伸べる。差し伸べられた手を見て、ユウは顔を更に赤くしながら俺の手を取って立ち上がり、みんなの所に向かって行った。



 夜桜神社は麓から繋がる階段を登った山の中腹にある。山にある神社ということもあって、神社までに至るルートはいくつかあるが、大きく分けると3つ存在する。

 1つ目は、階段で登るルート。このルートが一番速く神社に辿り着くことが出来るが一番人目に付きやすいルートでもある。出来るだけ人目を避けて神社に辿り着きたいのでこのルートは却下となった。

 後は2つあるが、このルートは登山道を通っていかなければならない。整備もほとんどされておらず、初心者にはかなり厳しいルートではあるが一番人目には付きにくいルートではある。だから俺達は、この2つのルートを選択することにした。神社から見て、東側に伸びる登山道をユウ達のチーム。西側のルートを俺達のチームが選択した。西側のルートは一度、神社の階段の前を通ることになり、かなり遠回りにはなってしまうが安全策を取って登山道ルートを通ることにした。

 

「それじゃあお前ら、絶対に生きてまた会おう。」


 俺の言葉を合図に2つのチームによる夜桜神社への逃避行が始まった。

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