12/17 : クリスマスリース
ふっと目が覚めて、壁掛け時計が目に入る。しばしぼんやりとそれを眺め、時間を認識して慌てて身を起こした。時計の針は八時半を指している。完全に遅刻だ、とベッドを飛び降りようとして、枕元のスマートフォンを手に取って、ディスプレイに現れた日付を見て動きを止めた。
12/17(土)8:32
幸いなことに、彼の職場は土日がきっちり休日だ。やれやれと、先日切ったばかりの前髪を掴みながらため息をついて、それからようやく本当の異常事態に気づいた。
ベッドには彼一人きり。普段一緒に寝ている娘の姿がない。心臓が一度強く跳ねて、そのまま早鐘を打ち始める。慌てて寝室を飛び出して、そこにあった光景にあんぐりと口を開けた。
「……おはようございます」
「お父さん、いちばんおねぼうさんだね」
リビングのローテーブルの前で、娘の隣に座っているのは、見慣れた赤いパーカー姿の隣人だ。テーブルの上に置かれたハサミやのり、それから何やら細々したもので、おおよその事態を悟る。額を押さえて深いため息をついた彼に、静かな声がかけられた。
「一応玄関の鍵はかけておきましたが、次回からはドアロックもご検討を」
「善処します」
「まあ踏み台とかで開けちゃいそうですけどね」
「……エリ、お父さんとの約束は?」
「勝手におでかけしない。でもほらしてないよ、ちゃんとおうちにいるよ」
「なら何で朔さんがここに?」
「ちょっとだけ外の空気を吸いに出たら、朔ちゃんとばったり会って」
仕事中のサラリーマンみたいなセリフに頭を抱えたが、朔がぷっと吹き出してひどく柔らかい雰囲気になったから、説教は後回しにすることにする。
「そうですね、いつでもちょうどよく私がいるわけじゃないですから」
いつもの彼女の、ほんの少しだけ引っかかる言い方。
それが何を意味するのか、もう朧げながらに理解できる気はしていた。それでも、言葉にすると何もかもが曖昧に——うさんくさく聞こえてしまいそうで、結局言葉を探しあぐねてもう一度テーブルの上に視線を向ける。
細い、もう見慣れた鮮やかな緑の葉の枝に、何かの木の実の赤。それから焦茶色の松ぼっくりが三つと、たくさんのどんぐり。あとは薄茶の細い紐で編み込まれた輪っかのようなもの。
「あ、すみません、ツリーの葉っぱ、下の方をちょっといただきました。返却するのに大丈夫なんでしたっけ?」
「問題ない、と思う。これは……リース作り、ですか?」
「ええ、エリちゃんがたくさん松ぼっくりやどんぐりがあるっていうから、ちょっと作ってみようかと。せっかく綺麗なモミの枝もあるし」
そう言った朔の瞳は、何だかきらきらと輝いている。悪戯がバレた子供のように。
「実は、お宅にモミの木のツリーがあると知った時から狙ってました」
「え、そうなの?」
「一度作ってみたくて」
実はハンドメイドが好きなのだと、小さな声で続ける。そういえば、彼女と先日出会った雑貨店も、ハンドメイドの材料が多く置いてある店舗だったと思い出す。
「何だ、それなら言ってくれれば……」
「朔ちゃん、この葉っぱはこの辺でいいの?」
大人の問答に飽きたらしいエリが、さっそく茶色い編み上げの輪の上にモミの枝を置いている。それ以上口を挟むのは控えて、手を振ってキッチンで朝ごはんの準備を始めることにした。
キッチンカウンターの向こうからははしゃいだエリの声と、穏やかで、けれどきっちりと何かを指導する朔の声が聞こえてくる。覗いてみれば、モミの枝をバランスよく配置して、ボンドで貼り付けているところだった。その上に、松ぼっくりや木の実を載せて、最後に
出来上がったクリスマスリースは、まるで売り物のように立派な仕上がりだ。朔が出来上がったリースに鼻を寄せて、ふわりと柔らかく微笑んだ。珍しい——けれど最近では少しずつ良く見るようになった——そんな表情に、心臓がおかしな音を立てた。思わず口元を押さえた彼に、朔は不思議そうに首を傾げながらもやっぱりいつもより表情豊かにリースを掲げてみせる。
「いい匂いがしますね」
「そうですか?」
「するよ! 本物のクリスマスリース! どう?」
「ああ、すごい。上手にできてる」
立ち上がって、じゃあこれ、と朔がリースを彼に手渡してきた。頷いて三人で玄関に向かう。フック式のマグネットをドアに貼り付けて、後ろに結ばれた輪を引っ掛けた。
たったそれだけで、無骨なダークグレーのドアが一気に華やいだ感じになる。鮮やかな緑と赤は、それだけで暖かく、冷え込んだ冬の朝にもやけに安心できる力強さがあった。
お礼がわりに朔を朝ご飯に誘うと、ほんの少しためらう様子だったが、エリに押し切られる形で頷いてくれたので、そっと肩を押して部屋に戻る。テーブルの上の残りのモミの枝と赤い実を手にとって、ふと朔がまた少し悪戯っぽく笑った。
「モミの木の花言葉は『永遠』、ナナカマドは『安全』や『あなたを見守っています』なんだそうですよ」
「そりゃまあ……我が家の飾りにはぴったりですね」
モミとナナカマドの枝を一つずつ受け取って、先ほどの金の縁取りのある赤いリボンで一つに結ぶ。
「じゃあこれは、朔さんのこの冬のお守りに」
そう言って差し出すと、朔はひどく驚いたように目を見開いた。微かに震えるその、細くて柔らかい手をとって、緑と赤の枝を握らせる。
——君を
察しのいい彼女のことだから、その願いがきっと伝わることも想定の上で。
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