12/14 : ストームグラス
これなんかいいんじゃないですかね、と相手が指差した先にあったのは、雫の形をしたガラスの何かだった。片手の手のひらにすっぽりと収まるくらいの透明なそれの中には、何かの液体が三分の二ほど満たされている。ただの置き物にしては特異な形と、結構な値段に首を傾げると、今日はあまり無精髭も目立たない端正な顔がやけに楽しげに緩む。
「ストームグラス、知らないです?」
「知らないです」
おうむ返しにそう答えると、スマートフォンを取り出して、何かを検索し始める。ああ、これこれ、と言って彼女の方に向けられたディスプレイには、目の前にあるガラスのオブジェと同じものが写っていた。目の前の商品と異なるのは、写真のガラスの中には、白い結晶が浮かび上がっていた。
「天気によって、白く濁ったり、こんなふうに結晶ができるんだそうです。なので、昔は天気を予測するためにも使われたとか」
「ああ、それで、
「いや、なんか動かすと結晶化しないらしくて、そのせいじゃないですかね」
へえ、と気のない返事をしながら頷いた彼女にも、相手はそのガラスの置物を興味深げに眺めている。
昼下がりのショッピングモールの雑貨店。こうして並んでインテリア小物を見ているのは、たまたま昼に出掛けて行き会ったせいなのだが、そういえば仕事はどうしたのだろうと今さらのように考える。微細な彼女の表情の変化から疑問を読み取ったのか、ああ、と相手が軽く肩を竦めた。
「あ、今日は有休です。サボりじゃないっすよ」
「そうなんですね」
エリは、と尋ねかけて、今時点でいないということは保育園なのだろうと理解して口をつぐむ。仕事に育児にと休みのない父親が、たまの一人きりの休みを満喫することはきっと必要なことだろうと、容易に推察できたので。
視線をガラスの置き物に戻して、結晶の兆しでも見えないものかと目を凝らしていると、ふっと上から笑う気配がした。
「俺は、
「……は?」
「あ、そういう意味じゃなくて、ちゃんと察してくれるところとかが好ましいというか何というかあれ……!? 一緒か?」
やけに慌てて手を振る様子がまるきり子供じみていて、思わずふき出した彼女に、相手が目を丸くして、それからなぜか口元を押さえて顔を背けた。
「……何です?」
「何でもないんで、ちょっと放置でお願いします」
「よくわからないですが、それでいいならそうします」
そう答えると、ぶっともう一度ふき出すのが聞こえて、ますます首を傾げたけれど、こちらをもう一度見下ろした顔が、今まで見たことがないくらいやけに緩んだ——甘い顔をしていたから、今度は彼女の方が思わず視線を逸らしてしまう。
と、視線の先のガラスの中に、ほんのわずか白く揺れるものが見えた。思わず傍らの袖を引く。
「
「はい——? ああ、確かに、見えてますね。さっきまではなかったのに」
不思議ですね、と笑う顔は屈託がない。
「朔さんみたいだね」
「はい?」
「結構意外なタイミングで、変化を見せてくれるから」
片眉を上げて器用に笑う顔が、それでもやっぱり今までと違って見えて、彼女はあまり深く考えずに——自分でもよくわからないまま、何かを誤魔化すように——微かに結晶を浮かべるガラスを手に取った。
ひんやりとしたそのガラスの感触が、手のひらだけでなく、頬の熱も引かせてくれるといいのに、とそんなことを思いながら。
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