12/11 : イルミネーション
うとうとと昼寝をしていると、久しぶりにスマートフォンの通知が鳴って、やめておけばいいのにロックを外してしまう。予想通りの名前と、そう予想から外れてはいないメッセージがあって、うんざりするよりも無気力が先に立つ。
ふとベランダに続く窓に視線が向いて、いやだめだ、と心の少し遠いところで声がした。ふっと光が差し込んだような気がして、彼女ははっと目を見開く。
デジタル時計が示した時間は16:00。冬の夕暮れ時、明かりのついていない部屋は暗い。どこにもそんな光は見えなくて、だからふらふらと立ち上がり、そのままスマートフォンと家の鍵だけパーカーのポケットに突っ込んで外へ出た。
冷えた空気に頭もスッと冷える。ただの刹那的な衝動で、そんなことは、もうできない。少なくとも、彼らが隣にいる間は。
「しない」
独り言のようにそう呟いて、特に当てもなく歩いていると、ほとんど無意識のうちに駅前の小さなショッピングモールにたどり着いていた。店の前の広場には巨大なクリスマスツリーとイルミネーションが輝いている。通りすがる人々の表情も普段よりは明るく浮かれているように見えた。
ポケットの中でまたスマートフォンが不意に震えて、雑踏の中で立ち竦んで動けなくなった。
大したことじゃない。悪気のない言葉で、心配していて。完全に的外れな気遣いが、かえって彼女を致命的に傷つけることに、気づかないでいられるほどに鈍感なだけで。
だから、彼女が消えてなくなるまで、きっと何も変わらないのだろう。ぼんやりとした思考の端で、可能な場所を探す。
マンションのベランダ——は不可。
すぐ上にある
駅のホーム——事後処理が面倒そうだけれど、一番簡単そうだ。
そう考えた瞬間、足が動いた。まるで、その結末に合意したかのように。巨大なクリスマスツリーを見上げる人々の横をすり抜けて、足元に視線を落としたまま駅の改札へと足早に進んでいると、真正面から声が聞こえた。
「朔さん?」
その声に、彼女の体が叱られた子供のように、びくりと震えた。
——こんな時に限って。
落とした視線の先に、飴色の革靴が目に入った。なんとなく、いつも玄関口で目に入って気になった、やたらと綺麗なとろりとした色のそれ。
「綺麗ですよ、ほら」
視線さえ合わないのに、平然と彼女の手を握って、揃ってツリーの方へと振り向かされる。いつの間にそんなに時間が経っていたのか、ツリーの上に飾られた時計がぴったり五時を指して、軽やかなクリスマスソングと共に、時計の後ろから飛び出した人形たちがくるくると踊り出した。
Joy to the world, the Lord is come!
Let earth receive her King;
Let every heart prepare Him room,
And heaven and nature sing, and heaven and nature sing,
And heaven, and heaven, and nature sing.
彼女でさえ知っている、メジャーな、うんざりするほど純粋な喜びに満ちた歌。
「朔さん、俺はあんまり信心深い方じゃないし、なんなら神さまなんて信じてないんですけどね」
唐突に始まった自分語りに驚いて目を向けると、相変わらずの無精髭のその人はきらきらと輝くツリーを見つめたまま、どうしてだか、苦く笑って言葉を続ける。
「それでも、クリスマスは嫌いじゃないんですよ」
「……どうして、ですか?」
思ったよりすんなりと出た声に、彼女より相手の方が驚いた顔をする。それから今度はもっと屈託なく笑って、彼女をじっと見つめる。ひどく柔らかい表情で。
「朔さんがそんな顔してても、無理矢理にでもこれを渡す理由を見つけられるから」
そう言って、ビジネスリュックから何かを取り出して彼女に差し出す。鮮やかな赤色の紙の表には白い紙が重ねられていて、大きく彼女の名前が記されていた。明らかに子供の、覚えたての字で。
「エリがものすごく楽しみにしてるので、よろしくお願いしますね。当日は必ず招待状を持参してください、とのことです」
「……他にも招待客が?」
「いいえ、お客様は一人だけ。シェフが腕によりをかけてご馳走を用意しますよ」
今にも歌い出しそうな陽気な声で言うそのセリフは、エリと一緒に見ると約束した映画の一幕だ。もしゲストがいなかったら、パーティはとても残念なものになってしまうだろう。
「……仕方ない、ですね?」
ため息をつきながらそう呟くと、相手はニッとほんの少し意地悪く笑う。
「誠に遺憾ながら、そうなりますね」
すでにうっかり口頭の約束はしてしまっていたし、正式な
「快くご了承いただき幸いです。あ、あと昨日作ったカレーがまだ消費しきれないんで手伝ってもらえますかね?」
それは問いかけなのに、ごく自然とするりと彼女の手を掴んだ温かさは、イエス以外の答えを受け入れてくれそうにはなかった。だから、彼女はもうそれ以上は答えず、そのまま先に歩き出した。
——少なくとも、クリスマスが終わるまでは。
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