第2話
彼女と出会ってからどれぐらいの時間が経ったでしょうか。私はついに、少女の服の袖から出ている、色の白い二の腕に触れました。そっと、人差し指で、触れました。柔らかかった。いつか家庭科の実習の際に触った、絹豆腐の感触によく似ていました。
しかし、黒髪の汚らしい彼女は体を起こすどころか、まぶたを開ける気配すらなかったのです。そこで私は悩みました。長く悩んだ末、私は真っ当な行動をしようと思いました。
まずは、起こさなければならない。そのように、私の中の仏様は仰っていたのです。肩を軽く叩いて、大丈夫?と言うだけでいい。たったそれだけなのに、脈拍は異常なほどに早く、血が身体中を巡っているのがよくわかりました。顔はもちろん紅潮してたでしょうし、その子を起こそうとして手を伸ばした指先は無論、震えていました。
正直怖かったです。他人から見たら、お互いに不審者同士であり、また、夕暮れ時という時間は、私たちの儚く美しい関係を断ち切るのには容易なものでした。今、それが真っ当な行動か、と、閻魔様に問いただされると困りますが、平凡で哀しい人生を送ってきた私にとっての、最大限の善意であったのです。
起こして、名前を聞いて、交番へ届ける。ただそれだけなのです。彼女のため。私はそう自分に強く言い聞かせて、彼女の肩に、とん、とん、と、軽く2回触れました。反応は、ありませんでした。
さて、次は声をかけなければなりません。このまま何もしないという選択肢も私には充分ありましたし、むしろその方が、今考えると良かったのでしょう。ただ、それを、私の中の仏様は決して許そうとはしなかった。足がすくんで立つことができなかったのです。ただの恐怖かもしれませんし、それこそ本当に仏様がそうしたのかもしれません。
声をかけるだけなのです。大丈夫?と。難しいことではないはずですが、その言葉を発した時には、私の声は、喉が痛いのを無理矢理我慢している時のようなガラガラ声しか出ませんでした。
声を出し切って,私がようやく彼女について初めて知ったのは、彼女は静寂を好む、ということだけです。反応がないのではなく、静かでいたいだけなのだ。そう強く心の中で思いました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます