閑話 カジリス商会物語 ー 開店準備

 店舗前でラベス氏とは別れ、路地を渡って職人街へ向かう。路地2つ先のファニル家具工房に向かった。親方に挨拶した後に、魔道具工房との仮契約の話をしてこよう。


「親方ー! おられますかー?」


「おーぅ! おるぞー! なんじゃ、ベンリルか。戻ってきてたのか?」


「昨日戻ってきたばかりですけどね。実は商会の店舗が決まりましたのでご挨拶に参りました。路地を2つ挟んだ場所です。」


「あのあたりに… そんな場所に構えて大丈夫か? かなり高いだろ、立ち上げたばかりの…カジリス商会? にそんな資金力があるのか?」


「まぁ…そこはなんとか。そうだ、お願いがあるんですよ。店舗の家具の手配とある木型を作って貰いたいんです。木型はこれなんですが、全部で10組ほど。」


 ソーヤさんから預かってきた木型と略図を出して説明すると親方はすぐに確認し始めた。


「これなら明日には出来上がるぞ、端材でいいか?

 銀貨1枚といった所だな。店舗用の家具サイズを確認しがてら届けてやる。

 で、ヒヨッコの様子はどうだった?」


 開拓団ラドサでのソーヤさんの話をすると親方は目を細めて笑い喜んでいた。


 ファニル家具工房を出てイテム魔道具工房に向かう。開拓団ラドサに設置した魔道具はこの工房で下取りした中古品を購入していた。

 ドゥラ・クワルで仮契約してきた魔道具の手配と、今後の魔道具のメンテナンス契約について提案してきた。やはり販売だけでは収入が不安定な事に頭を悩ましていたようで、前向きに検討してくれることになった。


 家に帰るとマリーが夕食を準備して待っていた。


「ただいま。マリー。」


「あなた。おかえりなさい。」


 夕食後、店舗を決めた事を伝えて引っ越しをどうするかをマリーと話し合ったのだが「現地を見てからと決めたいと」言う事で、明日の朝は商業組合トレードギルドに行く前に一緒に店舗に行くことになった。

 マリーが店舗の中を見ている間に、商業組合トレードギルドで店舗の契約書類やシチリーなどのライセンス登録をして戻ってこよう。時間があれば新調する家財道具を二人で見に行ってもよさそうだ。


 翌朝、二人手をつなぎながら朝の冷えた空気の中を店舗まで歩く。

 店の前に来ると、マリーはその建物の大きさに驚いて立ち止まる。鍵を開け、マリーと共に入り窓を開け放つ。


「こんなに立派な場所…」


「どう? マリー驚いた? 私もここを紹介されて驚いたんだよ、駆け出しの商会にしては立派過ぎてね。1階は店舗と事務所用の部屋、それに倉庫。2階に住居となる部分があるんだ。

 私は商業組合トレードギルドに用事があるけど、その間に中を見て回っていてね。1時間ほどで戻ってくるから。

 そうだ、あとファニル家具工房の親方が納品に来るかもしれないから、家具の相談もあるから少し待っててもらえるように話をしておいてくれないかな? 先にマリーから話をしてもらっても構わない。」


「わかったわ、あなた。行ってらっしゃい。」


 商業組合トレードギルドに到着し、ロビーに入るとカウンターの奥から不動産部門の職員が声をかけてきた。


「ベンリルさん、建物の契約書類が届いていますよ。これです。」


「ありがとう。」


 書類を受け取り内容を確認して署名をする。控えを書類挟みに挟み込むと、残りを職員に返した。

 商会の登録書類上の場所も今の自宅から変更が必要なことを思い出し、登記担当者に声をかける。


「すまない。カジリス商会の登録書類の記載を一部変更したいのだが、もう処理してしまったかな?」


 幸いなことに未だ処理前だったので、書類を受け取り商会の場所を訂正して書き換える。商業組合トレードギルドの倉庫に買い取って保管してある最低限の事務用の机や書類棚の配達手配を済ませて、今まで使っていた机の上にまとめてあった商会の書類を木箱に詰め持ち帰ってきた。


 商会に戻ってくると、なんだか屋内から賑やかな声が聞こえてきた。


「おう、帰ったか。頼まれてた木型は隣の倉庫に置いてあるぞ。

 2階の家具は嫁さんが拘っとるようだから見積もりは近日中に持ってくる。予算や納期なんかはその時に話をしよう。

 しっかし、いきなりこんな立派なところで大丈夫か?」


「親方。早かったですね。この建物については、いろいろと事情がありましてね。」


 いくら親方といえども、この一等地の店舗を手に入れた経緯を全て話すわけにはいかない。少しばかりの罪悪感と共にそう答えた。


「まぁ商売上、話せない事もあるだろうからな。

 それとわしから祝いの品を用意してきた。ミケラ、あれを持ってきてくれ。」


 親方が弟子のミケラ君に声をかけると、倉庫から一枚の大きな木の板を持って戻ってきた。


「折角一等地に店を構えたんじゃから、商会の顔もそれなりの化粧をせんとな。」


 二人は持ってきた木の板を掲げた。

 木の表面には… 外周部に化粧彫りが施され、中に…

 〔 カ ジ リ ス 商 会 〕

 と、浮彫うきぼりで大きく商会名が彫られていた。


「わしからの祝いの品じゃ。」


 そう言って、商会の入り口ドアの上に取り付ける作業を始めた。以前セルント商会の看板を固定していた金具が残っていたので、すぐに取り付け終わる。

 マリーと共に入り口上に掲げられた看板を見上げた。


「親方、ありがとうございます。」


「なぁに、大したことじゃねぇよ。

 降り出しそうだな、だいぶ冷えてきやがったな。ミケラ、帰るぞ。」


 そう言ってファニル親方はミケラ君と帰っていった。


 しばらくすると、配送を手配していた事務机や椅子、書類保管用の金庫が運ばれてきた。置き場所を指示して配置をしてもらい、持ち帰った書類をマリーと共に整理する。


「マリー、引っ越しはどうする?

 今の借りている住宅も数日のうちに引き払うことになるし、引っ越すなら生活用品も足りない物は揃えたいと思うんだけど。今から買い物に行かないか?」


 二日後には無事に引っ越しも終了し、ラベス氏から紹介された働き手と共に商会の開店準備で忙しい日々を過ごしていた。

 ファニル親方には大銀貨4枚で必要な寝室のベッドや食器棚などの家具を作製してもらうことになった。マリーが拘った大きめのダイニングテーブルセットの金額も含めてだからかなり格安となっている。親方の儲けが少なくなってしまい心苦しい。


 商会のメンバーは、私の他に妻のマリー、ラベス氏から紹介された、ゼナッタさんとトーマスさん。二人ともまだ20代前半だ。

 当面の業務はこの4人で対応していくつもりだ。春になり、クワル村とドゥラ村への魔道具配送・設置する時は改めて考えることにした。魔道具工房からも人を呼んでくる必要があるかも知れない。

 ゼナッタさんとは偽算術台の件で、カストルの悪事を暴き出した時に出会っていたからすでに顔見知りだ。もう一人、トーマスさんは元々アマートさんの所で働いていた。だが本人が他の商売も経験したいということで、以前から知り合いであるラベスさんに相談をしていたそうだ。

 二人とも今まで住んでいた貸し部屋は引き払うつもりだったので、2階の空いている部屋に住み込みで働くことになった。

 アマートさんの所で働いていたトーマスさんはそれなりに料理もできるそうだから、マリーの家事負担も軽くなって助かった。


 ともあれ、4人で商会の店舗はスタートした。


 数日後、領都ラドの街にも雪が降り積もっていた。朝起きると街が白一色に染まっていると勘違いするくらいだった。

 大通りはすぐに騎士団によって魔道具を使った除雪作業が行われていた。

 しかし大通りから一歩路地に入ると脹脛ふくらはぎのあたりまで雪が積もっている。各家々の住人は自宅のドア前の雪をどかして、かろうじて出入りができるようにしていた。

 だが雪はその日以降、数日にわたって容赦なく降り続けることになった。

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