閑話 カジリス商会物語 ー 差押え物件

 新章開始前に閑話を三話ほど挟むことにいたしました。

 第9章の開始予定は3月末になります。

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 領都ラドに戻ってから翌日、朝一番で商業組合トレードギルドに向かった。目的はもちろん商会の設立手続きを完了するためだ。

 家を出てすぐに人が多いことに気が付く、例年の再生の日リボーンでもそれなりに混雑はするが、今まで見たことがないほどの混雑だ。

 人の流れに身をまかせて進み、途中で露地にそれて商業組合トレードギルドの裏口から執務室に入っていく。

 バタバタと書類を書き上げ当番職員に書類を提出してからローク・ドージョー食品商会へ向かった。


 裏路地を使ったにもかかわらず、予定より遅れて商会に到着した。事前にドルナルド氏とは打ち合わせを終えていた為に多少の遅れは問題にはならなかった。

 実は今日の試食会中に、カジリス商会としてシチリーの話や魔道具の貸し出しについて… 売り込みのプレゼンを行うことになっていたのだ。

 集まっている面々は領都ラドでも名店と言われる飲食店のオーナーや料理人ばかりだ。もちろんゴーロウ氏やアマート氏さらには、管理局のラベス氏と辺境伯家の料理長も参加している。重鎮が揃う場で少々緊張してきた。


 しばらくすると遅れていた料理人と商人が部屋に入ってきた。

 では気合を入れて始めますか。


「…これがシチリーです。魔導コンロと違い直火による加熱器具になります。

 燃料はこちらの練炭れんたん炭団たどんという成形した炭を使います。では早速火をつけていきます。」


 そう言って、シチリーに練炭れんたんを入れ、細かい屑炭と木くずを入れ着火する。

 木くずから屑炭へ、屑炭から練炭れんたんへと徐々に火が燃え移り、やがて練炭れんたんの表面が赤々として燃え始める。


「皆さん、火力の確認をしてみてください。この練炭れんたん一つで約2時間~3時間ほど燃え続けます。」


 やがて、ある商人がシチリーの上に手をかざして小さく驚きの声を上げると、次々に周囲にいた人々が手をかざして確認していた。


「随分と火力が強いですね… これなら…」


「外側を触ってみてください。多少は温かくなっていますが、火傷をするほどの熱ではありません。…行商時の野営にも使用できますし、幌馬車の中でも使用できます。早速ですがシチリーを使って焼いてみましょう。」


 ここでドルナルド氏に説明を変わってもらう。ドルナルド氏は焼き網をシチリーの上に置くと肉を焼き始めた。肉の焼ける音、魅力的な焼けた肉の香りで集まった料理人や商人の目の色が変わる。


 試食会はつつがなく終了して質疑応答の時間となると早速アマート氏が質問してきた。


「シチリーとその燃料の販売時期はいつ頃になりますか? 数は幾つ用意できるのか?」


 その質問を皮切りに続々と声が上がる。


「現段階ではまだ登録が終了していない上に手作りですので、二~三月後に販売開始予定です。

 ただ、燃料の製造も増産中ですから詳細については、後日から正式に発表します。」


 話はテポートの件に移る。やはり皆驚いているようだ。

 ドルナルドさんの回答を引き継ぎ答えた。


「私どもの会頭によると長期の安全性の確立を優先し、栽培して安定供給可能になるのは早くても夏前5~6月になると言っておりました。

 流通についてはローク・ドージョー食品商会との間に専売契約が結ばれております。」


 どよめきが上がる。そして当然のように質問が来る。


「ところで、カジリス商会というのは?」


「私共カジリス商会は、算術台、ソーロバン、そして今回皆様の前で調理の実演をしたシチリー、テポートの毒抜き、他にも数点あるのですが…

 そのライセンスの管理と、村や街、個人の工房や商会に魔道具を貸し出す業務が主業務になります。…詳しい業務内容や大まかな契約条件に付いてはこの後で資料をお渡しいたします。」


ですか…全く聞いたことのない商売ですね。」


 場がざわつく中、管理局のラベス氏が話を始めた。


「これからお話しする件について、他に漏らさないように。

 カジリス商会のも名を連ねております。

 この意味を御理解していただきたい。」


 辺境伯様も出資している事実に皆驚き一気に場の空気が張り詰めた。しかし直後試食会のメニューの話に話題が変わると集まった人々は色めきだした。


 ふう。何とかやり切ったぞ。

 帰り間際にラベス氏から声を掛けられた。


「ベンリルさん。店舗と倉庫はもう決めてありますか? もしまだ探しているのであればご紹介したい物件があるのですが。」


「助かります。是非お願いします。」


 ラベス氏と共にその場所に向かう。そこは歩いてすぐの場所だった、ローク・ドージョー食品商会と同じブロックのちょうど真裏で職人街に一番近い場所。そこは店舗兼住戸さらには大きめの倉庫も付いている立派な物件だった。立地が良く広さも充分、ただ賃料が高そうだ。あれ?ここは…


「ラベスさん、ここは元セルント商会ですか? さすがにここは… とても設立したばかりの商会が…」


「問題ありませんよ。」


 ラベス氏が指さす先には張り紙がしてある。


  【騎士団管理局 差押え物件】


「管理局の差し押さえ物件ですか? こんな一等地で…」


「ご存知でしょうが、以前ここにあったセルント商会ですが、不正なことに手を染めていたらしくさらには税の滞納もありまして。捜査と徴税に来たらもぬけの殻、どうやら夜逃げをしてしまったのですよ。何しろ例の算術台の不正納入や噴水広場の瘴気汚染の件で後回しにされてしまいましてね。

 やっと2日ほど前までにいろいろと調査が終わり商業組合トレードギルドに空き物件として登録する予定だったのです。


 というのは表向きの話です。事前に辺境伯様から物件の手当の指示を受けておりましてね。賃料は年間金貨2枚で了承を得ています。いかがですか?」


 ここまでお膳立てされてしまったらさすがに断れない。家賃も相場よりかなり安い、いや半額にも満たない。私の見立ては金貨5枚(大銀貨50枚)はくだらないはずだ。


「中を見させてもらってもよろしいですか。」


「どうぞ、鍵はここにあります。」


 解錠してドアを開け中に入る。薄暗いので窓を開けると光が入り込んで室内の様子があらわになる。奥にカウンター、商談に使えそうな中古のテーブルセットが2つ置いてある。

 カウンターの裏のドアを抜けると、中庭に面した窓がある。窓からは手入れが行き届いていないが立派な庭が一望できる。右側には廊下の途中に2階の住居部分に上がる階段その奥に炊事場と事務所用の部屋。左には倉庫につながるドアがありその右手前にトイレがあった。

 倉庫を確認すると広さも天井の高さも充分、通りに面している折り畳み式の開き戸を開け放てば荷馬車がそのまま入ってこれるようになっていた。


 事務所用の部屋を確認すると、こちらには机や家具は一切なくがらんとしている。階段を上がり住居部分を確認する、ここにも家具類は全く置いていない。部屋は居間を除いて4室の他に複数の収納庫。家具がないから夫婦二人では広すぎるように見える、余った部屋は住み込み従業員用に使ってもいいかもしれない。


「ラベスさん。もう立派過ぎて… しかし、さすがに賃料が安すぎます。最低でも年間金貨5枚以上の物件ですよ。本当によろしいのでしょうか?」


「確かに、私の査定でも金貨5枚ですね。ただ辺境伯様からは最初の2年間はこの金額でという御指示があります。内装の改修にもそれなりに費用が掛かるでしょう。

 カジリス商会にはそれだけ期待されておられるとだけ申しておきます。契約書類は明日の朝に商業組合トレードギルドの届けさせていただきます。」


「そうですか…わかりました。ありがたくお受けさせていただきます。」


「それと、商会で働く人員ですがベンリルさんの方で心当たりはございますか?

 もしまだ決まっていないなら、できますが。」


、まだ働き手の手配すら決まっていなかったので助かります。」


 紹介してもらう人は三日後から店舗に来てもらうことになった。

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