閑話 カジリス商会物語 ー 大雪降れば、商会が儲かる

 大雪の被害は領都ラドの各所に出ていた。まず降雪の影響で露天商の半数以上が店を出せない状態、かろうじて店を出している露天商も物流が滞り、売り物が揃わず陳列されている商品は一目でわかるほどに寂しい状態だ。

 しかし大雪の兆候を把握していた商業組合トレードギルドは、受付ホールで備蓄していた食料と生活必需品の売り出しを始める。当然、商業組合トレードギルドだけでは売り場が足りていないので、冒険者協会ギルドのホールや騎士団の駐屯地にも食品を運び込んで販売を始めている。

 ただ、荷馬車が使えないので基本的には人海戦術。各商会の余剰人員や、冒険者に依頼を出して各所に運んでいる有様。悪いことにそれがしばらく続きそうだ。


 問題は領都ラドだけでは無かった事だ。

 この近年まれにみる豪雪は、領都ラドよりさらに北にある王都方面ではその被害はさらに甚大。結果として王国の各所で村落が孤立する事態が発生していた。

 被害を重く見た王国行政府は、騎士団の派遣を王に進言。その結果、王都北部の孤立してしまった村落に近衛騎士団の一部に派遣が命じられ、東部・西部の各貴族に対してもそれぞれの騎士団による救助・復旧作業をすることを命じられた。

 だが南部旧侯爵領方面にまでは、王都や他の貴族からの騎士団人員を割く余裕がなくさらなる被害の拡大が予想された。

 そこで王国南部については、若干ながら人的な余裕があると推測される辺境伯に村落の救助・災害復旧作業が命じられることになった。



 今日もマリーに店番… と言っても、こんな大雪で出来たばかりの商会を訪れる人などいないだろうが。

 私を含め三人で商業組合トレードギルドから依頼されていた食品の運搬作業を行っていた。

 騎士団による数日間の作業で大通りの雪は少なくなり歩きやすくなってはいたが、それでも背負子に積んで運べる量も回数もそう多くは無い。一日数回の運搬作業でへとへとになってしまう。

 この日も商業組合トレードギルドから割り当てられた運搬を終え、商会に戻ってお茶を飲んで休憩をしていた。


「今年の雪は、ここ最近無かった降り方だな。こんな大雪はいつ以来だろう?」


「先ほどの駐屯地への納品デ、知り合いと立ち話したときにきいたのですガ。

 王都方面にもかなり積もっていると聞きましタ。各地の騎士団にも出動の命令がでているそうでス。」


 そんな雑談を話していると、ある人物が商会を訪ねて来ていた。


「カジリス商会というのは此処でよろしいか?

 私は騎士団第二中隊のフレッドと申します。今回任務で開拓団ラドサ方面に行ってたのですが、そこで預かってきた荷物と書類がありましてお届けに参りました。

 お前たちは倉庫に例の荷物を。新人たちは先に駐屯地へ向かえ。」


 そう言ってフレッド氏は部下に指示を出し、外套の下から封書を取り出した。


「私はここの商会を預かるベンリルと申します。

 立ちながらお話しするのもなんですし、こちらへどうぞ。

 ゼナッタさんは倉庫のドアを開けて荷受けをしてください。」


 目隠しの衝立で仕切られている打ち合わせ用のテーブルに招き、改めて挨拶を交わす。マリーがハーブティーのセットとカップを運んできてくれたので、テーブルの上に置かれたシチリーに掛けられていたポットの熱湯でハーブティーを注ぎフレッド氏の前にお出しする。


「シチリーですか。やはり便利ですね。野営い天幕内でちょっとした暖を取ったり、湯を沸かしたりで重宝しましたよ。帰路ではずいぶん助かりました。」


「シチリーを御存知でしたか、でもシチリーはそんなに数を用意していなかったはずですが。開拓団ラドサまで足を延ばされたのですか?」


「まぁ、そんなところです。

 それでその際にシチリーを受け取る代わりに依頼を受けましてね。

 あ、一応ちゃんとした公務の範囲ですよ。ザック団長からのご依頼ですから。」


 そして先ほどの封書を手渡された。

 ザック団長からという封書の表紙のあて名は私宛だが、その文字の癖は特徴的で見覚えがある。

 裏には… 差出人の名前が団長と共に連名で描かれている。間違いない、ソーヤさんからの書類だ。

 すぐに開封して中身を確認する。

 数枚の紙に書かれた略図と下書きの新商材のライセンス登録用紙。ざっと目を通して驚いた。今まさに領都ラドで必要としている物がそこに書いてあった。


「こ…これは… すごい。今まさにこれが必要なんです。」


「預かった実物は、先ほど分隊員が倉庫の方に運び込んであります。」


「ということはこれをすでにお使いになっているのですね。

 ゼナッタさん! 大至急ファニル親方を呼んできてください。忙しくなりますよ!」


 親方が来るまで、商材登録に必要な情報をフレッド氏から聞き出す。使用した感想や気になる点も含めて。


「そうですね。

 使った感じですと、これ以上大きくなってしまうと取回しに苦労しそうです。小型の荷車程度が限界でしょう。

 あと縄を結び付ける場所も欲しいですね。引っ張る事も出来ますし、なにより荷崩れ防止が出来ますから。実際使っている最中に何度か荷崩れしたこともありますし。

 荷台なしの小さい方は、正直判りません。

 使っている所しか見ていませんし、現物も預かってませんから。ただ、テイムしたストライプウルフに曳かせて乗ってましたね。」


 このスケッチはダッシュボーアじゃなくてストライプウルフだったのか。他のスケッチはそれなりなのに… そう言われなければ気が付かなかった、文字も上達したようだし注釈ぐらいは書いてくれても。

 ゼナッタさんがファニル親方と共に戻ってきたので、フレッド氏と一緒に倉庫に向かった。


「先に見させてもらっておるぞ。家具という訳ではなさそうじゃが、こいつは何に使うんじゃ?」


 親方は寸法を測り、それを書きながら聞いてきた。


「雪上用の荷車みたいなものですよ。これのおかげで任務完了後の帰投時間が短縮されて助かったんです。恐らく騎士団で正式に採用されると思います。」


 私が口を開く前にフレッド氏がそう答えた。


「え? ちょっと待ってください。そんなことを言ってしまってよろしいのですか? まだ試作品もお渡ししていないのに?」


「実は試作品は2台あったんです。ザック団長とのお話で1台はそのまま騎士団に納品、もう1台はこちらにお届けするようにご指示いただきましてね。もう1台はすでに騎士団管理課に持ち込まれている頃です。」


「なら、継続的に発注依頼が発生するって事か? 雪が無ければ無用の長物になるがいいのか? まぁ、製作自体はそんなに難しいもんじゃねぇな。

 問題はこの一番下の…バンブだな、うちで持ってる在庫も大した量は無いし。そうそう使う材料じゃねぇから、領都ラドにどのくらい在庫があるかも問題だな。」


 確かに親方が言うように、荷台の下には加工されたバンブが取りつけてある。一般的に使う材料ではないから、領都ラドの他の商会にどれだけの在庫があるか…


「なぁ、ベンリル。ここの部分の材質を変えても構わんか?

 確かにバンブなら軽くて表面が滑らかじゃから扱いやすいとは思うが、入手が簡単な材料となると… 木材に金属鎧よりも薄い鉄板を貼り付ける方が現実的じゃな。

 それに荷台を新たに作るというのではなく、荷車をそのまま使えるようにした方が良くないか? 荷車を載せる台みたいなもんにしたほうが簡単じゃぞ。」


 なるほど、親方の言うことも一理ある。その方法なら荷車も流用できるし作る時間も短縮できそうだ。


「そうですね。とりあえず他の商会と商業組合トレードギルドに行ってバンブと鉄板の手配をしてきます。」


「わしは戻って高さを変えたものを何台か試作して用意しておく。

 ベンリル、金の話は後回しでかまわんぞ。」


 早速トーマスさんには商業組合トレードギルドに行ってもらい、管理物資の鉄板の手配と新たな商材登録用紙を貰ってくる様にお願いをする。その間に私とゼナッタさんでバンブを扱っていそうな商会を廻って、在庫確認と購入交渉をする事になった。


 数日後、領都ラドの街中には”ソリ”が走り回り、停滞していた物流の状態も改善された。そして騎士団からも相当数の発注がありファニル親方以外の工房も大忙しであった。



「では諸君。王命による救助・災害復旧支援を開始する。

 孤立村落は8カ所、時間的にもそろそろ限界が近づいているはずだ。

 今回は第二中隊と輸送隊との合同支援作戦だ。輸送隊には急遽新設のテイマー部隊も有る。一刻も早く住民の元に物資を届け安全を確保せよ!」


 辺境伯ローベルトは居並ぶ救援隊に命令を出した。


 今回特例として徴発された領都ラド周辺の狩人と彼らのパートナーのワンオ・ウルフ系の使役獣。

 彼らはウルフそりのテイマー部隊として、一番遠方の村落に緊急物資を運ぶことになっていた。結果によっては新たな常設部隊となるかもしれない。


 数日後、ローベルトの元に報告が届いた。

 孤立していた村落での人的被害は皆無。テイマー部隊の到着があと少しでも遅ければ危ない状態であった。


 救援隊の一部は救援活動の後、そのまま王都に報告に向かった。

 結果、近衛騎士団に”ソリ”有用性が知られることになり、王都でも急遽”ソリ”の製造が始まった。

 もちろんライセンス料はカジリス商会に入るとともに、ソーロバンやシチリー等非常に便利な商材を売り出した商会として知名度も上がったのだった。


「ソーヤさん、とんでもない事が起こっていますよ。

 設立してから僅か一月ほどの商会がここまでになるなんて。」


 商会の口座に記録されているとんでもない金額に、ベンリルは驚愕しながら独り言をこぼした。

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