第240話 形見
「ビラ爺…
どうやら血を分解吸収したので、スライムくんが分裂を始めたみたい。」
「なんじゃと!! スライムの分裂じゃと?
ザックを呼んでくるぞぃ。」
そう言って急いで食堂に向かっていった。
まずい… ビラ爺の慌て方… もしかしたら、やらかしたかもしれない…
樽の中のスライムくんの量がどんどんと増えていく。
[スライムくん、まだ増えているみたいだけど大丈夫? そんなに増えるほど血の量があったの?]
[シトサマ…ナカニ…ハイッテ…スイダシタ…]
中に? 切った所から母狼の体内に入り込んで… 血を?
もしかして、血以外も捕食分解したのか?
[スライムくんは血以外も分解してきたの?]
[シトサマ…チダケシカ…スイダシテナイ…]
血管の隅々まで入り込んで、体内の血を全部吸い尽くしたのか? それなら… これから解体を続けても血が出ないから汚れないのか?
それにしてもこんなに一気に分裂が起こるとは思っていなかった、スライムくんにとって栄養抜群だったと言う事か?。
団長とビラ爺が駆け戻ってきた。だけど団長の口元に ”
「ソーヤ! スライムが分裂とはどういうことだ! 何をした!!」
そう言った団長の口元から、食べかすがポロリを落ちたのを見て笑いそうになったが…
「ソーヤ、とりあえず母狼を樽から引き上げるぞぃ。」
ビラ爺の声に我に返る。滑車に繋がる縄をビラ爺いと一緒に引っ張り、母狼の全体像が見えたところで縄を柱の固定金具に結び付ける。首元の切り裂き部分からはスライムくんが水あめの様に糸を引く感じで樽の中に戻っていきそれに伴って樽から溢れた水が解体場の床をじわじわと湿らせて広がっていく。
流れ出した水が凍り付かない様に、"デッキブラシ”の召喚をして建屋の外側に押し流した。
やがて、ツルンと言った感じでスライムくんが全部樽に入った。傷口からは一切血が垂れていなかった。
「ソーヤ! どういうことか説明してもらおう。」
団長が威圧感満載で俺に詰め寄ってきた。
そこで母狼の解体に伴って発生する血の処理の話を団長に説明した。
「はぁ… つまりはだ…
あの2匹や
…ったく… それなら報告や相談をしてくれ。
お
てっきり怒られると思っていたのに… …
…申し訳なさで一杯になってしまった。
「…すみません、団長… 隠すとか誤魔化すつもりは無かったんです。
ただ…」
「ただ? …なんだ? 言ってみろ。」
「スライムくんが分裂して増えるのは判ってたんです。スライム自体は危険ではないですし、分裂すれば洗濯も効率的になると考えていたんですが… でもこんなに急に分裂が始まるとは。」
「改めて確認するが、分裂したスライムには危険はないんだな。」
「はい、それは大丈夫です。危険はないです。」
そんな話をしている間に、樽の中のスライムくんの動きが一段と激しくなってきた。真ん中に仕切りのようなものが出来ると、ブルンと揺れて二つになった。さらにその二つがまたそれぞれ二つに… しばらくぶるぶるんと揺れていたが、やがてその揺れも治まると樽の縁一杯になっていたスライムはその体積を若干減らしていた。
[[[[シトサマ…ブンレツ…オワッタ…]]]]
団長とビラ爺が唖然としながら眺めている間に、新しい樽を三つ用意して分裂して増えたスライムくんをそれぞれの樽に移動させた。
「団長、とりあえず分裂は終わったみたいです。
それで、増えたスライムくんの居場所なんですけど。今考えているのは風呂場と炊事場と溜池にしようかと。」
「…ん…あ… 任せる。あとで教えてくれればいい。
おれは食堂に戻ってるぞ。」
団長はそう言い残して、さっさと食堂に行ってしまった。ビラ爺は母狼の首元の切り口を調べていた。
「完全に血が抜けておるのぅ。これならすぐに毛皮を剥ぎ取れそうじゃ。
内臓や肉、骨はどうするつもりじゃ?」
「スライムくんに処理してもらおうかと思ってたんだけど、血の処理だけですぐに増えちゃったから… 簡易窯の方で焼却してしまおうかと…。」
「そうじゃな。それが良さそうじゃな。
毛皮の剥ぎ取りの手順は大丈夫かの?」
「大丈夫。ちょっと大きいけどやってみるよ。」
母狼の頭はどうしようか… 残したら上手く毛皮を剥ぎ取れないかも…
暫く悩んだ末に、切断して小さ目の樽に入れて
2時間ほどかけて毛皮の剥ぎ取りを終わらせた。
ビラ爺が毛皮の下処理をしてくれると言ったので、"たわし召喚”をしてビラ爺に手渡しお願いすることにした。
麻袋に内臓や肉、骨を入れて、
やがて煙突から煙が上がり始め、窯全体に火が回ったのが確認できたので、追加の薪を放り込んでから解体場に戻った。
「戻ったか。もうほとんど終わっとるぞぃ。
このたわしを使ったら、もう他の道具は使いたくなくなってしまうわい。」
ビラ爺にお願いしたので、おれには難しい尻尾の部分の処理なんかも完全に終わっていた。最後の仕上げをビラ爺いとともに終えて、母狼の毛皮は
増えたスライム君は脱衣所の男女の入り口にそれぞれ
ビラ爺と一緒に風呂に入り、体についた母狼の解体の匂いを消し清める事にした。洗い場で互いの背中を洗い合う事になった。ビラ爺の背中はその年齢とは不釣り合いなほどに引き締まっている。
「ビラ爺? どう?」
「あぁ、すっきりして気持が良いぞい。
ではわしの番じゃな、ソーヤ背中を向けてくれんか。」
くるりと反対側を向くと、ビラ爺が背中を洗ってくれた。
「多少筋肉もついてきたようじゃな、これなら訓練も問題なく出来そうじゃの。」
「えぇ~… あのきつい訓練は出来れば勘弁してほしいんだけど。特にあの杭の上で歩くやつ。落ちるたびにあちこちぶつけて痛いんだよね。」
「なにを言うておる。歩行術はすべての基本じゃ。まだまだビシビシ訓練するぞぃ。よし、洗い終わったぞぃ。」
二人とも、かけ湯をして湯船に浸かる。
熱めのお湯が心地よかった。そしてようやくあの2匹に母の形見をわたせることに安堵した。
風呂から上がるとビラ爺は先に食堂へ、おれは簡易窯に行き赤々と燃えている窯の中に薪を追加する。
食堂の炊事場にスライムくんが入った樽を運ぶ。暖炉前の2匹はようやく来たかとでも言いたげにおれを見ていた。
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