第239話 母狼の匂い

 ドルナルドさんの数日間の滞在延長が決まった。ならば料理の試作は免除でいいよね。雪の降り方によっては訓練も中止らしいし… ずっとやらなければと思いながら延期してきたことが出来るチャンスだな。

 そのためには、ビラ爺とサクラさんの協力が不可欠になってくるな。


 夕食が終わり、片付けが終わったサクラさんをビラ爺がお茶を啜っているテーブルに呼んで話をする事にした。


「サクラさん。ちょっとお願いがあるのですけど。」


「ソーヤさん。なんですか?」


「他の人には頼めない事です… 明日一日は、トーラとシーマが僕に近づかない様に面倒を見ていて頂きたいのです。もしかしたら… 暴れたりすることも有るかもしれません。あいつらを押さえられるのは、僕以外にはサクラさんしか…」


「トーラちゃんとシーマちゃんの面倒ならいつでも大歓迎ですけど?

 …あの仔たちが暴れる? どういうことですか?」


「そうか、冷えて匂いが漏れにくい今のうちにやるんじゃな。」


 おれはビラ爺を見て頷く。


「そうです。ビラ爺にも手伝っていただいて、助言を貰いたいのですけど。」


「任せておけ、手が必要な時にはすぐに言うんじゃぞぃ。」


「ありがとう。ビラ爺。」


「ソーヤさん? 何をするつもりなんですか? 教えてください。」


 サクラさんにはトーラとシーマとの出会いについて、詳細に話していなかったので話すことにした。

 トーラとシーマ、その母親の戦いと… その結末について。


 ・・・・・


「…そうだったんですか。

 トーラちゃんとシーマちゃんのお母さんは…」


「それでその母狼の遺体は僕がマジックバックに保管しているんです。時期を見て、せめてその毛皮だけでもあいつらに…」


「わかりました。任せてください。」


 フンスとするサクラさんが頼もしい。でも、保険はかけておきたい。母狼の毛皮の匂いだけじゃなくて… 母狼の血の匂いにあの2匹が気が付くようなことがあれば、押えられないくらいに暴れることも考えられる。風呂に入る時に最後の一手の確認をしておこう。


 もう一度風呂に入り直すことにして風呂場に行き、入り口脇のたらいの中ですっかり馴染んでいるスライムくんに話しかけた。


[スライムくん。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?]


[シトサマ…ノ…オハナシ…? …キク…ジュンビ…デキテル…]


[毒が混じっている物って分解できる?]


[シトサマ…ドク…モンダイナイ…]


[量が多くなっても大丈夫かな?]


[…アマリ…オオイト…フエル…ブンレツ…スル…]


 分裂? 増える? スライムくんが増えるのか?

 会話が成立する個体が、今のスライムくんだけだと問題だな。


[スライムくんが増えるの? 増えたスライムくんも話が出来るかな?]


[フエテモ…ミンナ…イッショ…シトサマニシタガウ…]


 増えても問題なさそうだ。確かに、領都ラドの下水で出会った他のスライムもおれの話を聞いてくれてたな。

 問題は増えた後どれぐらいになるかだな… いっそのこと、一家に一スライムでも良いけど。増えすぎたら排水溜池に一時的に移動してもらうかな?


[わかった。スライムくん明日お願いするからよろしくね。]


[シトサマノ…オテヅダイ…デキル…ウレシイ…]


 ざぶんと風呂に入って、風呂上がりにスライムくんの入ったたらいを回収して家に戻った。


 【一日だけ洗濯できなくなります。】


 そう書いた紙を貼り付けた板を風呂の入り口に立てかけておいた。



 翌朝は団長の見立て通りにかなりの大雪になっていた、どんよりとした灰色の空から大粒のぼた雪が降ってくる。吹き下ろしの風が無い分だけ、再生の日リボーン後からの大雪に比べればまだ少しだけましだったな。

 

 朝食後に予定通りトーラとシーマをサクラさんに預けて面倒を見てもらう。団長達は勢ぞろいしてジーンさんとドルナルドさんの料理の試食会という名の宴会をするらしい。酒量については… ベルナさんが監視してくれると願うしかないな。


 ビラ爺と共に解体場に行く。スライムくん入りのたらいを見てビラ爺がいぶかし気に聞いてきた。


「スライムなんぞ持ってきて、何をするつもりなんじゃ?」


「ちょっと考えがあるんだ。

 トーラとシーマが母狼の血の匂いを嗅いでしまわない様に、すぐに分解してもらおうかと思って。毒も問題なく分解できるみたいだから、でも最悪は血を受けるのに使った桶や樽は破棄するかもしれないけどさ。」


「なるほどのぅ、考えたのぅ。桶や樽はまた買い直せばええじゃろ、ミードやエールの樽を加工しても良いしの。

 では始めるとするかの、縄と滑車の準備をしておくぞぃ。」


 ビラ爺が滑車の準備を整えてくれたので、マジックバックから母狼の遺体を引っ張り出す。

 手早く後ろ足に吊り上げ用治具を取り付けて、ビラ爺と一緒に吊り上げていく。

 血受け用の樽に母狼の頭を入れ、スライムくんにも入ってもらうと… 深呼吸をして覚悟を決めて喉元に短剣で切り裂く。


 樽の中にドバドバと血が流れ込んでいき、樽の中に血が溜まっていく。8分目ぐらいで樽の中の血が増えなくなった。

 ビラ爺が樽の中を覗いてから


「とりあえず止まった様じゃな。そろそろ後ろ足の付け根の血管を切るかの。」


「ビラ爺もう少し待って、一気に毒交じりの血が出てきて溢れちゃうかもしれない。血の分解が終わるのを待とう。」


 しばらく様子を見ていると、樽の中の血の色がどんどんと薄くなり透明になっていく。分解されて水分だけが残ったようだ、スライムくんの大きさも2倍ぐらいの大きさになっている。


[シトサマ…オワッタヨ…]


 どうやら血と毒の分解が終わった様だ。樽の中の水を鑑定すると普通の水になっている。


「ビラ爺、終わったみたい。鑑定結果も普通の水になっているよ。余計な水を一度捨ててから… 」


 そこまで言ってからふと思いついた。


[スライムくん、血を吸いだす事ってできるかな?]


[シトサマ…タブン…デキル…ヤッテミルネ…]


「ソーヤ、どうしたんじゃ? 水を捨てるぞい。」


「ビラ爺、ちょっと待って。今スライムくんに血を吸い出すようにお願いしてみた。もう少し様子を見よう。」


 スライムくんが血を吸い出し始めた様で、樽の中の水位がどんどん上がっていく。やがて樽がいっぱいになり溢れした。

 鑑定したが問題ない、普通の水だ。


「ビラ爺、上手くいきそうだよ。」


 やがて、樽から溢れる水も少なくなった所でスライムくんから


[シトサマ… スイダシオワッタ…]


[ありがとうスライムくん。]


 すると樽の水が一気にあふれ出し始めた。


[スライムくん、どうしたの?]


「シトサマ…フエル…ブンレツ…ハジマッタ…」


「ソーヤ、どうしたんじゃ!」


 ビラ爺が慌てて叫んだ。

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