第238話 料理?試作?

 樽の中で色づき始めているミーソの表面を、ドルナルドさんは慣れた手つきで木べらを使い少しだけ掬いとる。小皿に取り分けられたミーソの出来具合を慎重に検分を始めた。


「雑菌の繁殖も無いですね。

 味も香りも… まだ若い感じですが想像していた以上に順調に発酵が進んでいるようで上出来です。これなら仕上がりに期待が出来ますよ、楽しみになってきました。」


 どうやらドルナルドさんの御眼鏡にかなって合格点はもらえた様だ。

 出来上がりはまだまだ先だから油断はできないけどね。一応、発案者のジーンさんにも味見をしてもらえるように小皿半分ほどのミーソを持っていくことにした。

 その後はドルナルドさんから今後の管理についてアドバイスを貰い、味噌桶の中蓋を戻してから重しを載せて外に出る。

 味噌蔵から出てくると急に冷え込んできていた、この時期には珍しい雪がちらつき始めている。ちょっと季節外れの雪だ、あまり降り積もらなければいいけど。


 食堂に戻り炊事場に顔を出すと、ジーンさんが…

 ”赤さベビーな星スター” もどき

 の試作品を眼前にして苦々しい表情を浮かべていた。


「おぅ… お帰り…」


「なんか難しそうな顔をして… いったいどうしたんですか?」


「いや… ちょっとな… 砕いた岩塩だと味のばらつきが気になってな。」


 砕いた岩塩の粒度が大きいので、味の濃淡に差が出ることに悩んでいたらしい。


 話を聞くと、通常岩塩はおろし金のような道具で細かくしているらしく、ジーンさんはその岩塩の粒が気になっているようだ。

 ならば… もっと細かく… ”戻ってくる幸せハッピーなターン” のあの粉ぐらい細かくすれば… 碾臼ひきうすを使えばいいじゃないか!


「ジーンさん。

 碾臼ひきうすを使えばもっと細かくなりますよね。

 岩塩も乾燥ガリケや蕃椒チリも。」


「それだ! それ!! 粉にすればいいんだ!!」


 おれの肩をバンバンと叩きながら叫んだ。


 ちょっとジーンさん… 物凄く… 痛いです。


 すぐにドルナルドさんが碾臼ひきうすを調理用具置き場から持って戻ってくる。さっそく岩塩をゴリゴリと…明らかに今までと違う細かさになって碾臼ひきうすの隙間からこぼれてくる。

 岩塩を挽き終わったところで、碾臼ひきうすの上側を持ち上げ、その隙間にバラーピカの毛のブラシを差し込んで残っていた塩粉を掻き出す。

 全部を掻き集めると小さ目のボウル一杯分の塩紛が出来上がっていた。

 早速ジーンさんとドルナルドさんが味見をする。


「細かく粉末にしただけでで… こんなに風味が違うのか…

 塩味の角が取れてる。」


「確かに、一気に口の中で広がります。と言う事は… 岩塩のままの状態より、湿気に弱いと言う事でしょうか…」


「そうですね。

 細かくなった分だけ空気に触れやすくなっているから、その可能性はあると思いますよ。密封できる瓶… ポーションの瓶みたいなものじゃないと保存が難しいかもしれませんね。」


「ポーションの瓶か… 仕入れを増やす必要がありそうだ。粉末なら味調整の時に量もちゃんと測れそうだ。」


 ドルナルドさんは商品化するつもりみたいだ。ならついでに穴あきの中蓋も伝えておこうかな?


「瓶の途中か先端の方に穴あきの中蓋があれば、少しだけ塩味を追加したい時に振り掛けやすくなりますよね。」


「確かに! 戻ったら専用の瓶の試作も工房に依頼しないと。」


 次に、乾燥ガリケの粉末、蕃椒チリの粉末も碾臼ひきうすで挽き終えると早速ジーンさんが調合に取り掛かった。


「なぁ、ジーン。この調合した粉末があれば野営料理の時に味付けが安定しないか?」


「そうだな。調合済みだから俺のようにスキルを持ってなくても、水や具材の量を間違えなければ安定した味が出せるな。

 それに瓶ではなく、壺でもいいかもしれん。乾燥させて砕いた香草を混ぜてもいいだろうし、専用の計量さじも一緒に入れておけば便利になる。各家庭でも基本の味付けは簡単になりそうだ。

 名前は…混ぜた塩でミックスソルトかな?」


 話が長くなりそうだったが、先をせかして味付けをしていない ”赤さベビーな星スター” もどきに振り掛けて試食した。


「これだ! 粉末になっているからまんべんなく味が絡まっている。」


「良いですねぇ。これなら間違いなく売れるでしょう。味も問題ありません。むしろこちらの方が使う岩塩の量も減ってますね。」


 おれも試食をしてみたが、何か一味ひとあじ足りない気がするけど… なんだろう…


「他の料理にも何か使えそうだが… そうだ! あれだ!」


 ジーンさんは食糧庫に走っていった。すぐに何かを入れたざるを持ってきた。

 ざるには、開拓団ラドサで消費する毒抜きの終わったテポートが…


 あれか! テポートの試作調理したときの!


 ジーンさんはテポートを薄切りと櫛切りにすると熱した油の中に投入した。

 シュワシュワと泡を立てながらテポートが揚げられていく。先に薄切りのテポートが色づいて浮いてくると、さっとすくい上げて油きりのバットの上に…そして先ほどの調合したミックスソルトを振り掛ける。そして試食。

 まだ少し熱いが口に入れるとバリッっと心地よい食感が伝わってくる。


 ジーンさんもドルナルドさんも目を丸くしている。思いついた当人も良い意味で想定外だったようだ。


 しばらく放心していたが、泡の弾ける音が変わったことに敏感に反応したジーンさんが櫛切りのテポートを引揚てバットに並べるとミックスソルトを振り掛ける。

 冷めるのを待てなかったドルナルドさんが、ひょいとつまんで口の中に…


「あふっ! あふぅ!!」


 そうなりますよね。ジーンさんと目を合わせて軽く笑い合った。そのうちに冷めてきたので俺たちも試食してみる。


「美味いことは美味いが… 薄切りの方が好みかな?」


「テポート本来の食感と言う事ならこちらですが… 僕も薄切りの方に軍配が上がります。」


「あぁ…熱かったぁ… 櫛切りではテポートの存在感が強すぎでしたね、細切りにしたものを揚げれば、バランスが取れるかもしれません。

 あとはミックスソルトの配合もそれぞれに合わせる必要がありそうです。

 やることがいっぱいあるぞぉぉ!!!」


 ドルナルドさんの商魂に火が付いてしまった様だ。


 食堂に団長達がやってきた。


「ドルナルドさん、ちょっといいか?」


 ドルナルドさんと共に食堂に行く。


「なんでしょうか?」


「良くない知らせがある。

 珍しくこの時期にしては大荒れの天気になる、しばらく季節外れの雪が続きそうだ。最悪しばらくは街道が使えなくなるかもしれん。」


「ちょうどよかった。まだ数日はこちらでやりたいことがありましたから。

 護衛の冒険者の皆さんがいても、冬の街道は無理したくありませんからね。」


 ドルナルドさん。前半で心の声が口に出ちゃってますよ。

 やりたいことって… 試作しか無いですよね。

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