第149話 出張1 

 いよいよ明日は開拓団ラドサに向かう。

 先ほどローク・ドージョー食品商会のドルナルド氏が魔道具の受け取りに来た。


 今回の輸送はドルナルド氏が陣頭指揮を行うそうだ、ローク・ドージョー食品商会の次期会頭、今回の輸送に関してはその実務経験を積む一環だという。


「ではベンリルさん、明朝、西門で落ち合いましょう。」


 他に同行するのは、道中の警護もかねて休暇を取った騎士団員のギダイ氏とその弟のゼシト氏、共にあの ”英雄ザック” のご子息だ。道中の危険を心配する必要は全く無い、むしろ襲ってくるような間抜けな野盗に同情するくらいだ。


 このまま再生の日リボーンまでの期間は休暇となった。商業組合トレードギルドに勤めてから纏まった休みなど取ったことが無い。

 休暇扱いで開拓団ラドサに出張で向かうと言ったら、妻から散々文句を言われた。不満を漏らす妻の機嫌を取るためにラドニへの旅行の約束をさせらてしまったので、カジリス商会が軌道に乗れば契約業務の時に妻と一緒にラドニへ行けるようにするかな。


 正直、このまま上手くいくなら商業組合トレードギルドを辞めて商会に骨をうずめてもいいと考え始めている。


「失礼します。これが年内の仕事を取りまとめたものです。すべて処理は終わっておりますので、よろしくお願いします。」


「あぁ、ご苦労様。ベンリル君、今回のことはあくまでも出向だからね。

 春までとは言え、君に抜けられてしまう穴はとんでもなく大きいよ。もっとも君が育ててくれた若者たちの力を疑っているわけじゃないがね。」


 支部長も人員配置にはかなり気を使っていたのだろうが、さすがに辺境伯様が絡む案件だけに嫌とは言えなかったみたいだ。


「彼らなら大丈夫ですよ。縦、横の連絡・連携には充分に気配りするように教育してきましたから。あの一族が居なくなってむしろ組織の効率が上がったでしょうし。」


「確かにな。

 だが、使途不明の資金、不正経理の証拠があんなに噴出するとは… いまだに処理が追いつかん。全くとんでもない時期に支部長にされてしまったものだ。」


 支部長も貧乏くじを引かされたのは同情するが、あなたも監査役の一人でしたからね。

 あの一件で不正にかかわっていなかった監査役はあなた一人だけですし、急に本部も追加の人員を送れないでしょうからね。

 新しい書類の仕組みやソーロバンが浸透すれば支部長の負担もかなり軽くなると思いますよ。


 そういえば、問題解決にソーヤさんが重要な役目を果たしたという噂を聞いたが… 私が知っているのは、例のカストルの一件だけなんだから… セルント商会の件は別だろうな。


 自宅に戻る前に、寄っていく必要のある場所を思い出した。



「親方ー! おられますかー?」


「おーぅ! おるぞー! なんじゃ、ベンリルか。またソーロバンの追加か?」


「いいえ、違いますよ。実は明日から再生の日リボーンまでの期間で開拓団ラドサに向かうことに… あちらでソーヤさんと打ち合わせが必要な案件がありましてね。何か伝言でもあればとお伺いしたんですよ。」


「なんじゃ? ヒヨッコに会いに行くのか。急な話だな… だがいきなり言われても思いつかんな。さてはわざとなのか?」


「違いますよ、私もこの話を受けたのがですから。」


「まぁ、別に構わん。戻ったら元気でやっとるかだけ教えてくれ。そうだ、追加の製作依頼だけは持ってくるなよ。今でさえ手一杯なんじゃからな。ガハハッ!」


「わかりました。なるべく追加依頼は受け付けない様に努力しますよ。努力ですけどね。」


「努力は大事じゃな。ガハハッ! 無事に帰ってきたら聞かせてもらうからな。」


ですね。わかりました。では失礼します。」


 帰り道、あちこちで再生の日リボーンを迎える準備が始まっていた。

 噴水広場では噴水の中央部分が足場で囲われて、目隠しの布が張られている。

 辺境伯様が辺境領に相応ふさわしいシンボルの石像を設置するそうだ、製作者はあのヴィンチェント石材工房のレナード氏と噂になっている。王都の城門の石像も彼の作品だから楽しみだ。




--------------


「古くなって使わなくなった石臼が倉庫にあったはずじゃ。」


「本当? それがあればかなり楽になるよ、探してくる。」


 天幕や農機具をしまってある倉庫の中を探すと、小屋の隅に土ぼこりをかぶった石臼… というか石鉢があった。これかな? 他に無さそうだし、こんなに汚れているから放置されてだいぶたっているみたいだ。 


「ビラ爺、これの事かな?」


 倉庫から持って帰ってきた石鉢を見せる。


「それじゃそれじゃ、開拓当初はそれで小麦を砕いておったんじゃ。懐かしいのぅ」


「え? 食べ物に使ってたの? 勝手に使ったら不味くない?」


「今はちゃんとした碾臼ひきうすがあるから大丈夫じゃ。」


「そうなんだ、ならこれを使って… あ… すり潰す石を拾ってこないと。」


 こぶし大の丸い石を拾って戻ってくると、石灰石の柔らかくなった部分を削り取り、石鉢に入れてゴリゴリとすり潰していく。

 この粉末を吸い込んだり目の中に入ったりしたら大変だからね。家の外でやればよかったかな? でも風で飛び散りそうだしな、次から作業する場所を考えないと。


「ビラ爺、これに水を混ぜるんだけど、かなり危険なんだ。大量に作るようになったら専用の作業場作らないといけないかも。水を入れるよ。」


 少しずつ水をかけていく。見た目は白色のままだから大きく変わっている様には見えないが、しばらくすると湯気が立ち上ってくる。


「湯気がでとるが、吸い込んでも大丈夫か? でもこれはどこかで見たことがあるのぅ…」


「うん、湯気は問題ないよ。でもこの残った水は皮膚とかについたら、皮膚の表面を溶かしちゃうんだ。」


「それなら、灰の代りに皮鞣なめしの時に使えそうじゃな。…そうじゃ! 目つぶしの粉じゃ!」


「目つぶしの粉… 物騒だね。でも、同じものかも知れない。

 いろいろ片付いたら皮鞣なめしも試してみようか。


 反応が落ち着いたところでさらに水を足して、薄めて桶に…

 ここにテポートを入れて… 一つ目はこれで試してみる。

 次は普通に木を燃やした時の灰を水に入れて… これで二つ目。

 三つ目は今まで使ってた物にそのまま漬け込んで… これでどうなるか比べてみるよ。」


「ソーヤ、明日は炭焼きをするんじゃな。わしはバンブの油抜きをしとるからの。何かあったら声をかけてくれ。

 さて、ではあれを飲んで寝るかの。おやすみじゃ。」


「僕も石鉢片付けたら寝るよ。おやすみ、ビラ爺。」




 翌朝は薄暗いうちに起きだして、炭窯に火を入れて明るくなるまで火の番をしていた。

 体操が終わり戻ってくる。そうだ火の番をしながら大型七輪の製作をしよう、粘土を貼付て固めるだけだし。

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