第98話 ニ・ク・パ

「胸のところにある紫色の染み。これが毒か? 匂いも無い。染みの裏に引っ搔いたような傷があるな、あと瓶の破片?」


「こっちが、親狼ストライプウルフの死体です。」


 そう言って、マジックバックから取り出して丁寧に置く。


「デカいな。2mちょっとはある。120kgぐらいか。

 左前足の付け根から背中にかけて貫通した刺し傷。ここに毒のついた仕込み杖が刺さったんだな。

 ソーヤ君、この狼は傷を負ってからどのくらいで絶命した?」


「そうですね…跳びかかって、縺れて倒れた衝撃で貫通してから、20…いや15秒ぐらいだと思います。

 そのあと追跡者が親狼ストライプウルフの下から這い出てきてすぐに苦しみだして… 絶命するまでは10秒も無かったと思います。」


「そうなると、かなり強力な毒だな。何の毒物なのか、かなりこれで絞られるな。斥候隊では何か心当たりはないか?」


「王国・帝国で使われている毒薬ならある程度は知っているのですが、この色で即効性がある…というのは聞いたことがありませんね。」


「すみません、一つお願いがあるのですけど。」


「なんですか?」


親狼ストライプウルフの死体は引き取らせていただけませんか。」


 ロイージさんとジーンさんが怪訝な顔をして、ロイージさんが問いかけてきた。


「またどうして? 理由を聞かせてもらってもいいですか?」


「あの仔狼たちなんですが、おそらくもう野生には戻れません。

 僕が開拓団ラドサで面倒を見ようと思うのですが、人に馴れるまで親狼ストライプウルフの匂いを残して置きたいのです。そのほうが速く順応してくれると思いますので…

 仔狼が人に危害を加えるようなら、僕の手で処分します。…だめですか? 」


「…万全を期すなら、ストライプウルフの死体もあったほうが良いのですけど…仕方ない、いいでしょう。

 追跡者の遺体には首に噛まれた傷もある、表向きには行商人が行商の途中でストライプウルフに襲われて死亡。遺体は巡回中の騎士団が発見したと言う事にしましょう。」


「ありがとうございます。」


「遺体と、仕込み杖、プレートはこのまま騎士団が預かります。親狼ストライプウルフはお渡しします。くれぐれも、開拓団ラドサの人達に怪我をさせないようにしてください。」


「わかりました。」


 親狼ストライプウルフの死体をマジックバックに入れて、騎士団のテントを後にする。




 解体場に寄って、鬼兎オーガラビットの肉を受け取って戻ってくると幌馬車の前で腰を落としているサクラさんに、ちぎれんばかりの勢いで尻尾を振って媚びている仔狼が…

 おい!随分おれの時と違うな… そんな態度だと… そんな考えが伝わったのだろうか、急に振り返っておれの方に走り寄ろうとする。

 まて、そんなに縄は長くないぞ。


  キャイン!


 ほらぁ、そうなるだろ。

 勢いよく走ったから、縄で結ばれた首を支点にしたドロップキックの様な体勢になって背中から落ちる。


「おかえりなさい。ソーヤさん、ジーンさん。可愛いですよね。この仔たち。そうそう、怪我していた仔も一度目を覚ましましたよ。びちゃびちゃになりながら水飲んでいましたけど、また寝ちゃいました。」


 怪我していた仔狼も目を覚ましたのか。でも本当にサクラさんのその感性が解らないですよねぇ、ジーンさん。 …なんで、そんなに微笑ましいものを愛でる様な顔をしているんですか!


 まぁいいや… とりあえず鬼兎オーガラビットの肉捌きとタレを大量に作ってもらいますから。覚悟してください!


「ジーンさん。とりあえず大きな危機は去ったと思うので、やりません? !」


「なんです? そのって…」


 おれは、領都ラドの鍛冶屋で造ってもらった、800×500×12mmの鍛造鉄板、半面は細かく穴をあけてもらってある。それを3枚、それに合わせたBBQ用焚火台も3台、マジックバックから取り出して、村長が宿泊に用意してくれた家の玄関先にセットする。


それは…肉とタレの無限の可能性。それは…浪漫ロマンです。」


 そう言って、焚火台に火を起こす。

 何をしているか気が付いたジーンさんは、おれが持ってきた鬼兎オーガラビットの肉塊を幌馬車の荷台を調理台代わりにして捌き始めた。

 薪に火が付き、赤々とした炎が上がったら、一度焼けた薪を崩してコンロの底に敷き詰め、鉄板を置く。


「ジーンさん、僕は騎士団の方たちに声をかけたら、内臓モツを用意してきます。火とタレはお願いします。」


 騎士団のテント前に来ると、久しぶりに見る顔があった。


「ギダイさん! お久しぶりです! さっきは見かけなかったですけど、どこか行ってたんですか?」


「ソーヤ君か。北側の街道周辺のパトロールに行ってたんだ。」


「夕飯の準備を始めたんですけど、騎士団の皆さんをお誘いに来たんです。1時間もすれば準備できますのでロイージさんにお伝えください。量は十分ありますから。僕は準備があるのでこれで。」


 解体場に来ると、別に置いてある内臓モツの鑑定をする。切り分けてなければ一度で鑑定ができる、おれの認識に左右されるようだ。


"鑑定!”


鬼兎オーガラビットの内臓]▽ 

△ 名称 鬼兎オーガラビットの内臓:心臓 ▽:肝臓 ▽:胃袋 ▽:小腸 ▽:大腸 ▽:腎臓 ▽:横隔膜 ▽:…

△ 心臓 新鮮:可食:滋養豊富:魔石 ▽

△ 微小魔石 中品質

……


 サーブロさんの材料・素材の記録によると、鬼兎オーガラビットのモツは下処理さえ丁寧にすれば十分美味しくなるらしい。レバーとハツは仔狼たちにあげるので、小さな魔石を切り取ってマジックバックに仕舞う。


 タライに水を張り、大腸を切り開いて軽く手で洗う。

 水を入れ替えて、ここで "たわし召喚!” 一気に汚れが落ちていく。

 材料・素材の記録によると小麦粉を付けてもみ洗いするのだが、たわしなら全然問題ない。下処理が終わると木皿ボウルに入れてマジックバックにぶち込む。

 次は小腸、適当な長さに切って表面を洗ってから切り開く。こっちもたわしで手早く。終わったらこれもマジックバックに…

 次々に下処理をする。途中で何回かあんちょこの材料・素材の記録を確認して下処理を続ける。


 ジーンさんに下処理をした内臓モツを渡す。味付けや調理はプロに丸投げです。家の中でやる様だ。


 仔狼は尻尾を振りまくっている。足元にはよだれが水たまりのようになっているよ。荷台でレバーとハツを取り出してぶつ切りにして深めの木皿ボウルに盛る。怪我をしている仔狼用のほうはさらに細かく叩いて粗目のペースト状に。

 両手に木皿ボウルを持って近づいて、一喝する。おとなしくなった仔狼の前に置く。目を見ながら…


「まだだぞ! …… よし! いいぞ!」


 待ってましたとばかりに木皿ボウルに頭を突っ込んで食べ始めた。怪我をしている方には、鼻先まで持って行ってやると目を覚ました。食べてもいいの? という目でおれを見てくる。


「食べていいよ、早く怪我直さないとな…」


そう声をかけると、一度匂いを嗅いでからゆっくりと食べ始めた。性格が全然違うな。

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