第94話 偽装工作

 ゆっくり寝たかったが、まだ暗いうちに起きてジーンさんと共にそっと建物の外に出る。視線は感じない、監視者は油断してくれているみたいだ。しかしこの時期の早朝となるとさすがに寒い。


 空の荷馬車を覗くと、ナジルさんも起きていた。

 ナジルさんはさっそくジーンさんと外套を交換している。そうか! それでジーンさんは少々目立つ色付きの外套を着ていたのか… 

 厩から馬を連れてきて幌馬車につなぐ、もちろん気が付かれない様に馬の入れ替えもしていない。


 馬の準備をしていたらサクラさんが起きてきた。毛布を持ってナジルさんが乗ってきた幌馬車に乗り込む。4人は目で合図をするとジーンさんは一度サクラさんの潜んでいる幌馬車に移動、ナジルさんは音を立てずにそっと馬車の移動を開始する。


 村唯一の宿屋の前で、おれは打合せ通りわざと背負子を背負い直してわずかな音を立てて、幌馬車と並走する。村の入り口近くまで来ると、宿の方向から木窓を開ける音が聞こえた。それを合図にナジルさんは馬車の速度を上げていく。


 一時間ほど走った頃だろうか? 朝日が昇って街道を照らし始めた。濃い霧が立ち込めて見通しがきかない。

 今のうちに一度馬車の荷台に乗り込んでマジックバックに荷物を片っ端から詰め込む。その間も馬車は進み続ける。


 だんだんと霧が晴れてきた。おれは気になっていたことをナジルさんに聞いてみた。


「ナジルさん… 噴水広場で屋台やってましたよね。」


「よく気が付きましたね。確かにあそこではジーンの隣で屋台をやっていました。一応、変装していたんですけどね。」


「その左手の中指の潰れた爪… 見覚えがあったんですよ。」


 ナジルさんが驚いた顔でおれを見る。


「しまった、おれのミスだ! あの時に手袋をしていなかった! 見られてはいないと思うが…」


 そういえば、あの合流した野営地で、ナジルさんはあいつらに話しかけていた。あの時はあえて話しかけて無関係を装っていたのだろうけどもし左手の爪に気が付かれていたら… 裏目に出てしまったかもしれない。


「ソーヤさん、この先の野営地で別れる予定でしたが、ここで別れましょう。今ならまだ霧で見通しも効きません。私はこのまま休憩をせずにトロテに向かいます。

 私が追跡者なら、先に出たこちらは荷馬車で、クワル方面には行商人を装った追跡者を向かわせます。

 万が一、向こうが追いつかれたら面倒なことに。お願いします。」


「わかりました、可能な限り急いであちらに向かいます。ナジルさんもお気をつけて。」


 そう言い残して速度を落とした馬車から飛び降りる。まだ霧も立ち込めて見通しがきかない、ギリギリ街道が見える範囲で左側の背丈ほどの草をかき分け、通ってきたばかりの街道脇を警戒しながら戻る。


 30分ほど進むと、薄靄うすもやがかかる街道に影が見えた。側面のキズ…宿の前にあったあの荷馬車だ! 二人乗っている。


「そうか、どおりで昨日追い越せないわけだ。乗り込んで移動していたのか…

 でも、待てよ… 昨日の野営地には徒歩の行商人は二人いたはず。残りの一人が無関係ならいいけど、アンジ側に行ったとは限らないよな…

 背負子の特徴をジーンさんに聞いておけばよかった。」


 今更気が付く、もう少し慎重に移動すればよかった。彼らからはおれが通った草むらは朝日の逆光で見えにくいはず、かき分けて倒れている草に気が付かない様に願う。薄靄うすもやに消えていく荷馬車を見送って、街道に戻る。


「今は反省している場合じゃない、急いで合流しないと…」


 ドゥラ方向に走って向かう。さらに走り続け、クワル村とドゥラ村の分かれ道まで来た、そのままクワル方向に行こうとしたが思い直す。


「ドゥラに戻って、宿に確認をしておこう。泊まっていたのが二人だけなら問題ないがそうでないなら… 気が進まないが戦うことも覚悟しておかないと…」


 ドゥラ村の宿まで戻り宿泊者の確認をすることにした、でも困ったぞ、なんて言って聞き出せばいいんだ? 下手なことを言って巻き込むような真似をしたら…


 考えているうちに到着してしまった。宿の前まで来て息を整えているといきなり背後から声を掛けられる。


「おや? どうしました? 忘れ物ですか?」


 声をかけてきたのは村長だ

 気配を感じなかったぞ… … …もしかして!


「村長。単刀直入に聞きます。昔、斥候隊に居ましたか?」


 ピクリと眉を動かし、にこやかだった顔が引き締まる。当たりみたいだ。

 村長と一緒に建物の陰に移動する。


「すみません、時間がないので詳しい説明は。昨日この村の宿に泊まったのは何人でしたか? 二人だけなら…もし三人だったら少しまずいことに…」


「少しお待ちを、確認してまいります。」



「昨日泊ったのは三人、二人は朝早く荷馬車に乗って出発、残りの一人は偽装の空箱を積んだ幌馬車が出発した後… 30分ほど前に出発したようです。」


 昨日の三人は全員追跡者の可能性が高い。


「やっぱりか… ありがとうございます。では失礼します。」


「ジーンによろしくお伝えください。」


 走り出したおれの後ろから、そう声が聞こえた。


 追跡者とおれの時間差は約一時間。予定通りにジーンさんが出発していればそこからさらに先、30分ぐらいのところを進んでいるはずだ。まだ間に合う。

 日もだいぶ高くなってきた。走り続けているのでかなり汗をかいてきた。でも神様謹製の靴のおかげでかなり楽に走り続けられている。


 藪で先が見えないゆったりした曲道カーブを抜けると、上り坂の頂上あたりを早足で移動している人影が見えた。


「いた!見つけたぞ! 追いついた!」


 一度立ち止まって息を整え人影が上り坂のむこうに消えるのを待ってから、一気に上り坂を駆け上がって距離を詰める。


 坂の頂上に近づいたら、姿勢を低くして前方を伺う。追跡者とは距離にして300ⅿぐらい。ジーンさんたちの乗っている幌馬車はまだ見えない。もう少し行くと休憩する予定だった野営地があるはず。そこまでは気が付かれない様に街道脇の草むらを進むことにする。


 「あちらさんは、野営地で休憩するのか? 休憩するようなら、野営地を迂回して一気に先行してしまおう。」


 距離に気を付けながら、慎重に追いかける。


 野営地までもう少しという所で、街道の両脇が少し開けていて見通しが良くなっている。普通の旅ならありがたいが、今は尾行中…これはいただけない。少し先にまた藪と曲道カーブ、相手がそこに行くまで距離を開けるしかないな。

 藪の向こう側に見えなくなったところで、一気に藪の陰まで進む。


「クソ! こんなところでストライプウルフか!」


 囲まれて、声を上げて杖を振り回している行商人の姿があった。

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