第92話 追跡者

 領都ラドを背後にして西に向かう。昼前には領都ラドに来た時に使った北からの街道との合流場所に到着する。


 この合流場所付近には、あの林の中同様に野営地が設けられていた。領都ラドに近いだけあって大勢の商隊や旅行者が休憩をしている。無理をせずにここで一度休憩することとなった。


 馬に水をあげてから、幌馬車の車軸回りをジーンさんと一緒に点検をする。車軸の固定のクサビが緩んでいたのをジーンさんが発見して、木槌でクサビを増し打ちして固定する。

 輸送隊の軍用貨物車両と違って、一般の馬車は車軸が木なので、こういった点検は必須だという。


 そろそろ出発しようと準備していると、四頭曳きの大型貨物馬車が野営地に入ってきた。窓が無い…というか出入口自体が無いような気がする。側面に大きく商会のマークが入っていた。


 あのマークは確か… ローク・ドージョー食品商会のマークだよな。


 眺めていたら、御者の人と目が合った。


あんちゃん、活魚馬車を見るのは初めてかい?」


 活魚馬車だって? 領都ラドに居た時にも見たことが無かったので頷く。


「そうか、こいつはなラドニから、生きたままシルバージャッケとラカリマ運べる特別な馬車なんだよ。

 絞めたやつならマジックバックでもいいんだが、王都の公爵様にお届けだから、こいつで眠らせたまま生かして運んでるんだ。魔石の消費が半端ないけどな。がっはっは!」


 すげぇ、王都までって…確か馬車でも10日ぐらいかかるよ? そのあいだ眠らせて運ぶとか… あっちでも無かった技術じゃないの?


「ソーヤさんは、活魚馬車初めて見たんですか?」


そう言って、サクラさんが幌馬車から降りてきた。


「お… お嬢! こんなところでどうしたんですか?」


 まずい… サクラさんが領都ラドを離れた事が知られてしまったら… 馬車の準備をしていたジーンさんが、幌馬車の裏から出てきて活魚馬車の御者と話をする。


 その様子を見て、おれはサクラさんにフードで顔を隠すように耳打ちをする。サクラさんは、はっと気が付いた様子でフードをかぶり、幌馬車に乗り込んだ。


 ほどなくして、ジーンさんの手綱で出発をする。サクラさんは幌馬車の御者席から移動して幌の中にいる。おれは一度、周囲を見回してすぐに幌馬車の脇に付いて歩き始めた。


 おれの迂闊な行動で、サクラさんが幌馬車から出てきてしまった。アマートさんから出発前に話を聞いていたのに…


「ジーンさん、すみません。迂闊でした。」


「いいえ、おれも油断してました。ただ、お嬢を観れる位置に居たのは5人。

 二人乗り荷馬車、一人乗りの荷馬車、背負子を担いでいたのが二人。全員の顔を覚えています。

 今日の目的地のアンジ村で尾行の確認します。念のためドゥラ村に着くまでに斥候隊のメンバーと合流して対策をします。」


 顔を覚えたって…? あのわずかな時間で? おれには絶対無理だよ。今おれにできるのは、後から来る荷馬車、若しくは行商人の動きを確認することだけ。


 警戒しながら移動してきたが、後続の荷馬車の姿を見ることなくアンジ村に到着する。宿に泊まらないのを不審がられないために、幌馬車から荷物を下ろして村長に挨拶をする。

 依頼された荷物を運んできたで村長宅の隣に用意されていた空き家に泊まることになった。


 その荷下ろしをしている間に、他の行商人・荷馬車も到着する。ちらりと見たけど、あの野営地に居たのかは全く分からない。


 夕食はジーンさんの料理。はっきり言ってドージョーの夕食と遜色ない素晴らしい料理だった。


 夕食後、サクラさんが寝室に行った後ジーンさんと話をする。


「あとから来た荷馬車と行商人ですけど、野営地に居た人たちですか?」


「到着した行商人のうちの一人、二人乗りの荷馬車は野営地に居ましたね。

 気になるのは行商人の方です。背負子に荷を積んでいるのにそんなに遅れずに到着しています。あの量だともう少し遅くなってもおかしくないと思います。

 荷馬車の二人も到着時にこちらを見ていました。ですが共に明らかにおかしいとは断言できません。」


「夜間に何かしてくることは考えられませんか?」


「幌馬車が壊れるような細工をするかもしれませんが、朝の点検で発見できるでしょう。警戒はしておきますが、そんなに気にすることは無いと思います。」


「そうですか…」



 そう言って寝室に来たものの、なんだか胸騒ぎがする。一晩中幌馬車を監視できればいいけど、明日はドゥラ村まで移動する。一睡もしないのはさすがにつらい。



 […シトサマ…ミハル…ダケナラ…デキルヨ…]


 そうか! スライムくんなら… まさかスライムくんに監視されているとは思わないだろう。


 [スライムくん、お願いしてもいい? 何かあったら教えて]


 […シトサマ…ワカリマシタ…]


 背負子を持って荷馬車に、保管箱からスライムくんを取り出して荷台において戻ってくる。


 [頼んだよ、スライムくん]


 […マカセテ…シトサマ…]




 深夜、ソーヤたちの寝ている建物の周りを一周して、寝ていることを確認してからジーンとサクラの乗ってきた幌馬車に近づく人影。

 懐から何かを取り出し御者席の下に潜り込んでからゴソゴソと…しばらくして、足音も立てずに去っていった。



 翌朝…

 香ばしいパンの焼ける匂いで目を覚ます。


「おはようございます。」


「ソーヤさん、おはようございます。」


 朝食を作っていたのはサクラさんだった。ニオラスープとジャッケマーヨウのサンデッチ。ジーンさんが居ない…そう思っているとドアが開いてジーンさんが戻ってきた。


「皆さん揃いましたから、朝ごはんにしましょう。」


サクラさんがそう言って朝食となった。食べているとスライムくんから念話が…


 […シトサマ…ヨルニ…ナニカ…シカケテイッタ…]


 [ありがとう、どこら辺に?]


 […マエノ…ホウ…シタニ…ナニカ…ツケテアル…]


 [わかった。ありがとうスライムくん。]


 サクラさんが朝食の後かたずけをしている間に、ジーンさんと幌馬車の点検に行く。荷台の隅に隠れているスライムくんを回収して保管箱に戻し、点検を始める。


「ジーンさん、さっきどこに行ってたんですか?」


「周囲に撒いた、追跡粉の後をたどっていました。昨夜この家の周囲と馬車の周囲を徘徊した後がありましたので。」


「追跡粉? なんですそれ?」


「秘密です。追跡者は荷馬車の方みたいです。」


「そうですか。では…僕も、御者台の裏辺りに何か仕掛けてあるみたいです。」


「 ! 」


 そうおれが言うと、ジーンさんは車軸点検のふりをして幌馬車の下を調べ始めたた。立ち上がりおれの顔を見て…そして呟く…


「追跡の魔道具… よく気が付きましたね。」


「秘密です。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る