第5章 ソーヤ 開拓団《ラドサ》に帰還する

第91話 同行者

 宿の玄関先で深々とお辞儀をする二人に見送られて、西門に向かう。そういえばサクラさんを昨日から見かけていない。忙しかったから体調でも崩したのかな? お別れの挨拶ぐらいしたかったな。


 約束の待ち合わせ場所の西門脇の馬車置き場までくると、幌馬車の横でアマートさんが立ち話をしている。アマートさんにも出立の挨拶しておかないとな。


「おはようございます。アマートさん。

 今日、開拓団ラドサに戻ります。ついでなので護衛依頼を受けたんですけどね。お世話になりました。

 ところで、朝早くからこんな所でどうしたんですか?」


「おはようございます。ソーヤさん。実は今回の依頼主は私なんです。私の知り合いが開拓団ラドサに移住することになりましたので。お願い致しました。」


「知り合いですか。開拓団ラドサに住民が増えるのは嬉しいです。でも、こんな時期じゃなくても…」


 話しながら近づいて御者席を見る。


「ジーンさん!! もう体は大丈夫なんですか?」


「あんたのおかげで助かった。体調も問題ない。向うに着いたらよろしくな。」


 隣にもフードをかぶった小柄な人が。フードをずらすと…


「サクラさん!!! なんでぇぇぇぇ?」


 本当に驚いた。もうすぐ冬を迎え、寒さが厳しくなるこの時期に開拓団ラドサに移住というだけでも驚きなのに… それがジーンさんとサクラさん。ジーンさんは判るとしても、何故サクラさんが?


 もう本当に混乱しまくっていた。そういえば、ゴーロウさんが言ってた。


『…翻訳に関しては、がございます…』


 その考えってのが、まさかサクラさんを開拓団ラドサに行かせることだとは…

 そういえば昨日丸一日サクラさんの姿を見ていなかった。もしかして準備万端整えていたのか? 昨日になって荷馬車の話とかしてきたのも予定通り?


開拓団ラドサに行くのは良いんですけど、空いている建物が無かったと思いますけど?」


「その件はすでに手配済みです。到着する頃には建て終わっているでしょう。」


 ちょっと待って? アマートさん…手配済みって、いつから準備してたの? 確かに開拓団ラドサには、ガースさんやギーズさんが材木加工して建物を造る資材はストックしてあったけどさ… 連絡は誰がしたの? 斥候隊怖いよ。


「そうなんですね。春になったらまた領都ラドを訪ねて、翻訳しようと思ってたんですけど。」


 まぁいいや。今さら断れないだろうし。受け入れ…るしかないみたいだなこの状況。


「では護衛任務に当たらせていただきます。道中よろしくお願いいたします。」


 真面目な顔でそう言ったら、サクラさんがクスクス笑ってたよ。ひどいよ、一応こっちはお仕事なんですから。


 アマートさんに話しかける。


「ジーンさんが開拓団ラドサに来るのは、聖典派あいつらへの対策ですよね。でもサクラさんを巻き込むなんて…」


「ソーヤさん、違いますよ。ジーンの件はそうなんですが、サクラはすでに聖典派やつらからいつ狙われてもおかしくないです。日記の翻訳の件が漏れていなくても、『割烹旅館 道場』の孫娘として誘拐され、こちらを脅してくることも考えられます。極秘に領都ラドを離れる必要があったのです。

 そうなると人の出入りが多く、監視の目に綻びが生じてもおかしくない領都ここよりは、限られた人数で、尚且つ、前斥候隊長のビラル氏、ザック率いる第二中隊の元主力で構成されている開拓団ラドサで警護する方がはるかに安全です。もちろんあなたもその警護対象です。」


「そうですか… 分かりました。確かに開拓団あそこなら、不審者はすぐに判るでしょうし…」


 そう言ってから…… 自分自身が不審者扱いであったことを思い出して、身悶えしてしまった。


 そろそろ出発しようかと思っていたら、ザッ!ザッ!ザッ! と足音が聞こえ、フルプレートの集団がやってくる。先頭には遠目にも判る馬に乗っているド派手な…マクシル中隊長だ。

 その後ろは2列にきっちり整列して行進している。列の先頭はマールオさんと、ロイズさんだ。一番後ろからラベスさんが息を切らしながら付いてきていた。


「間に合ったようだな。ソーヤ君、世話になった。旅の無事を祈る。あと、この手紙だがザックに渡してやってくれ。どこからか ”英雄ザックに手紙を送れる” と話が漏れてな、この量になってしまった。もし騎士団に入りたいなら歓迎するが? どうだ?」


「僕に騎士団は務まりませんよ。でもまた領都ラドに来ることも有ると思いますので、その時はよろしくお願いします。」


 しかし相当あるよ。ところで ”英雄ザック” って… もちろん団長のことだよな。


「総員整列。ソーヤ氏に敬礼!」


 ザッ!


 一糸乱れぬ敬礼にビビりつつも。


「皆さんありがとうございました。では、出発しましょうか。

 アマートさん… ローベルト様にもよろしくお伝えください。」


 幌馬車の横を歩きながら西門を出て、西街道を南側へ進んでいく。

 まずは最初の村「アンジ村」を目指す。



 --------------

「おはようございます。ファニル親方おられますか?」


「なんじゃい、ベンリルか…朝早くから何の用だ?」


「今日、ソーヤさんが開拓団ラドサに戻るんですけど、見送りに行きませんか?」


「いまさらヒヨッコの見送りだと? もう挨拶は済ませてある。必要なかろう。」


「あれ、親方意外と冷たいですね。」


「どうせそのうちに、ひょっこり顔出すに決まってんだ。それより今は算術台とソーロバンで忙しいしな、適当な仕事しちまったら、それこそ合わせる顔がぇ。」


「そうですね。では、早速親方にお願いです。ソーロバンの高級品を作っていただけませんか? ローベルト様や国王に献上する品です。良いものはどんどん世の中に広めていかないといけませんから。」


「…まったくしょうがねぇなぁ… うちは家具工房なんだけどなぁ…」


 頭をかきながら、まんざらでもない親方だった。




--------------

「アマート、彼は無事に出発したのだな。」


「はい、ローベルト様。予定通りに斥候隊隊員も同行しております。あと、ドージョーの孫娘も一緒です。」


「そちらの件は問題なさそうだな。

 ジャルティ、サークーシュの件。あれは真実なのか?」


「はい、ローベルト様。関連先の調査を行ったところ、サークーシュ準男爵とセルント商会はかなり前から金品の授受を行っていることが確認されました。現在の執事はセルント商会で働いておりました。」


「そうか、さっさと潰そうと思ったが、想像以上に根が深いようだな、迂闊に動いて潜られたらことだ、気取られぬようにな。」


『次に彼が領都ラドを訪れる前になんとか片を付けておきたいものだ。』


 届いたばかりの木彫りの女神像を眺めながら、ローベルトはため息をつきながらそう思った。

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