第89話 感謝

 隣でゼシトが… またこの流れか… でも、赤い木目でつやのある黒色のすごく重厚な箱、そしてその中で白い女神像が…なんだか重要文化財っぽいな。


「凄いよ親方! 箱の装飾も派手さは無くても高級感にあふれているし、色の対比が女神像を引き立ててるよ。」


「だろ。わしはもう少し簡単な造りにするつもりだったが、ミケラの彫った女神像を見たオツーカがな、どうしても造りたいって言ってな。まかせてみたらこうなっちまった。

 あと、こっちはニトールからじゃ、例のソーロバン手が大きくても小さくても使えるサイズにしてある。これが12個。どうせ算術教えるならこっちももってけ。

 最後にわしからじゃ。マジックバックがあるというから問題ないと思うが、そこに置いてあるテーブルセットじゃ。何も言わずこいつをもってけ。」


「……お…おや…おやがだー…ありがどー…」


 ふいに涙があふれ、これが精いっぱいだった。


「また領都ラドに来たら顔出せよな。待っとるぞ。」


「おやがだー… まだ、ぜっだいにきまず…」




 ゼシトと一緒に宿に戻る。そのあいだ涙がこぼれっぱなしだった。いつ以来だろうか? うれしくて泣いたのは…

 何とか涙が止まったのは宿に入る直前。


「ゼシト、明後日には開拓団ラドサに戻っちゃうし、最後に一緒に食事してくれないかな?」


「もちろんさ」


 受付にいたゴーロウさんに


「今日も急で申し訳ないのですが、二人分の食事お願いできますか?」


「承りました。お部屋でお待ちください。準備が出来ましたらお呼びします。」


 ゼシトと部屋に戻る。せっかくだから、ゼシトにもソーロバンを渡して使い方も教えておこう。


「ゼシト、さっき工房でもらったソーロバンなんだけど、一つ渡しておくよ。クックはもう覚えた?」


「何とかね、練兵所では教官より計算が速くなったよ。おかげで教える側にされちゃったけどさ。」


「じゃあ問題ないかな? 使い方はこの紙に書いてある。ちょっと一緒にやってみようか。」


 しばらくすると、ゼシトはそろばんを完璧に使いこなしていた。計算もおれより早くないか? 準備してあった計算問題がもうないよ。


「完璧に使いこなせているよね。もう僕より計算早いもの。」


「うん。ソーロバンを使ってたら、頭の中にソーロバンが浮かんできた。たぶん使わなくても頭の中で計算できるよ。」


 頭のなかに浮かんできた? もしかしたら… スキル獲得したんじゃ?

 鑑定してみようかと思ったが、団長に相談するまでは人物の鑑定はしないことにした。やらかす可能性が高そうだし。


「もしかしたら、スキル獲得したのかもしれないね、騎士団で鑑定してもらったら?」


「明日、教官に相談してみるよ。」



 --------------

 ドアがノックされて、食事の準備ができたと声が聞こえた。さっそく食堂に降りて食事だ。ひそかに期待している… タコメシがあることを…


 テーブルに着くと、サクラさんが料理を運んでくる。なぜがゼシトがシャキ!っと背筋を伸ばした。


「ソーヤさん、お料理お持ちしました。ゼシトさんお久しぶりです。算術のお勉強はどうですか?」


 などと言いながら、テーブルに料理を並べていく。


「さ…先ほどまで教えてもらってました。暗算も完璧です。」


 ゼシト、なんで緊張してんの?

 キタ━━! キュパス(タコ)料理のフルコース。このラインナップならもちろん最初のお酒はあれ。


「お飲み物は何になさいますか?」

 

を二つ!!」


 サクラさんがエールを運んでくる。さっそく乾杯だ! ゼシトさんがジョッキを手に取ったのを確認して


「乾杯!!」


 おれがジョッキを掲げると、不思議そうな顔して真似をするゼシト。

 一口呑んで、早速キュバスのカラーゲを口に放り込む。噛むと最初は弾力が心地よい、その後にふっつりと切れる、噛みしめるほどに旨味が溢れてくる。その余韻をエールで流し込む。美味い!


 ゼシトも目を見開き口を動かす。そしてエールで…


「鶏じゃないし…なんだろう? 初めて食べる味だけどものすごく美味い。」


「キュパスっていう素材なんだけど、姿を見たら驚くと思うよ」


 次はキュパスのサーシミー(タコ刺し)だな、薄くそぎ切りされたそれを見ると、絶妙の下茹で加減なのか身が全部白くなっていない。見事なレアで中心は透き通っている。

 醤油をつけて… 甘い!薄く切っているのに歯ごたえもしっかりとしている。これはエールじゃなくてメコー酒の方が合いそうだ。もしくはオン・ザ・ライス。


「ソーヤ…これ、周りは弾力があるけど、中はモッチリしているね。美味いよ。」


 次は、タックヤキ。間違いなくエールに合うはずだ。

 串にさして一口で… あふぅっ…ハフハフ… 外カリ中トロ、大きめにぶつ切りされたキュパス。追いエールで… うんめぇ。


「熱いけど、うまい! ソーヤ!エールもう一杯呑もうよ!」


「ゼシト、次はメコー酒の方が合うよ」


 オーデン。となればメコー酒もちろんぬる燗で。ぶつ切りにされたキュパスの足が串に刺さって、だしの風呂に浸かっている。もちろん、卵もニャックも白ラディ(大根)もガモンも仲良く入っている。

 

 この前のオーデンも旨かったけど、さらに一段上の味だ。だしが出たんだろうな。キュパス串は驚くほど柔らかい。もちろん、だし割メコー酒。


「いきなり、汁とメコー酒混ぜて何しているのかと思ったけど、この呑み方いい! なんでソーヤはこんなこと知ってるんだ?」


「えへへ… 内緒でーす…」


 最後の締めは…待ってました! キュパスの炊き込みメコー(タコメシ)! 

 美味いよ! 昨晩、ぽろっと溢した一言で、ここまで仕上げてしまうなんて、やっぱりゴーロウさんは天才だと思う。


「美味かったぁ~~… ソーヤ、ありがとう。訓練があるから見送りにはいけないけど… 一つお願いがあるんだ。この手紙、親父とお袋に渡してくれないか? 兄貴の分も預かっているから、だめかな?」


「全責任を持って届けさせていただきます。」


 そう言って騎士団風の敬礼をすると、ゼシトが噴出した。


「そのうちにまた領都ラド来るよ。また一緒に呑もう。」


 握手を交わすと、ゼシトは練兵場の宿舎に帰っていった。



 --------------

 さて、風呂に入ったら寝るか。

 脱衣所に行くと、この時間は風呂場に誰もいない様だった。そうだ!「飛ぶ鳥跡を濁さず」 お世話になったお礼をしておこう。先に洗濯場を掃除しておくか。


 "デッキブラシ召喚!”


 ゴシ!ゴシ!ゴシ! ゴシ!ゴシ!

  ゴシ!ゴシ! ゴシ!ゴシ!ゴシ!


よし、次は風呂の洗い場だ…


 ゴシ!ゴシ!ゴシ! ゴシ!ゴシ!ゴシ!

  ゴシ!ゴシ!ゴシ! ゴシ!ゴシ!ゴシ!


さて風呂入って、桶や椅子も掃除したら終わりにしよう。

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