第87話 素材

 夕食までの時間、預かっている日本語版のレシピ集と材料・素材の記録を読んでみた。レシピ集の材料の部分に所々カッコ書きされている所がある。

 読み進めていくと、どうやら見つかっていない素材がカッコ書きになっているようだ。工夫して代用品をいろいろ考えていたみたいだ。サーブロさんすごいな。


「タコ焼き… 味付けこんにゃくの隣にカッコ書きでタコって書いてあるけど、タコが見つかっていないのか。残念だな王国は海から遠いからなぁ、ローク・ドージョー食品商会でも見つけられていないのかな?」


 カッコ書きされているものの多くは海産物だった。タコ、マグロ、ブリ、サンマ、ハマグリ、アサリ… なんてこったい! なじみの食材ばかりだ。

 農産物は…やはり無毒のテポート(じゃがいも)が見つかっていないのか。

 あれ? でもここの食事で結構出て来てた気がするけど… 代用品かだったのか? なになに…


「無毒じゃがいも(テポート)は発見できていないが、キャッサバによく似たマジョッカで代用できる。」 


 へぇ、そうだったんだ… 待てよ? 代用品でも開拓団ラドサで栽培できればいいかもしれない…  ………いかん、ついつい没頭してすっかり遅くなってしまった。



 --------------

 食堂に降りると、お客さんの大波がひとしきり去った後の様だ。さっそくサクラさんが配膳してくれる。今日はカーツ定食だ、よだれが出てくる。


 旨そう!いただきます! きつね色のさっくりした衣、いい塩梅の揚げかげん。一口パクリ… おぉぉ! 一枚の大きな肉かと思ったら薄切り肉を重ねてあったのか! しかも肉の間に梅肉が仕込んであった。ご飯何杯でも行けそうだよ。


 夢中になって食べていると、視界の隅っこでゴーロウさんとさっき風呂にいたウカーリ商会の人が話をしている。

 ウカーリ商会の人が、マジックバックから木箱を取り出して蓋を開ける。ゴーロウさんが、ぎょっとした顔で箱の中を覗き込みまた何か話を始める。


 食事も終わり、部屋に戻ろうとした時会話が聞こえてきた。


「急に持ち込まれて、これで何か料理をしてくれと言われましても… 私どもはローク・ドージョー食品商会を通してしか仕入れもしませんし、商会に持ち込んでいただいた方が。」


「ですから、そのローク・ドージョー食品商会の方から、こちらでこの食材を見ていただいてから購入するか決めると言われましたので、何とかこれを使った料理を作っていただけませんか?」

 

 なんだ? 揉めているのか? 何を持ち込んだんだろう… と、後ろから木箱の中身を見る。


「タコだ!」


 思わずそう口に出てしまった。ゴーロウさんとウカーリ商会の人がおれの顔を見る。しまった! うまくごまかさないと…


「昔、知り合いから聞いたことがあるんです。にょろにょろした体で足が8本…確か海の生き物だと思いましたけど? 珍しいものなのに、なんでこんなところに?」


 しまった、誤魔化し方失敗した。巻き込まれちゃう… そんな顔をしてたみたいで、おれの顔を見たゴーロウさんが話をする。


「ウカーリさん、とりあえず一晩預からせていただいて、どんな料理ができるか考えてみますので。」


「そうですか! 是非! 是非お願いいたします。」


 おれから視線が外れたところで、こっそりその場を離れる。しまったなぁ…余計なことさせちゃったかも。部屋に戻り、ゴーロウさんが訪ねてくるのを


 階下の食堂の喧騒がおさまった頃、ドアをノックする音が聞こえた。ドアを開けるとゴーロウさん、ナツコさん、サクラさんが立っていた。

 部屋に招き入れ早速謝罪する。


「すみません、ゴーロウさん。ご迷惑おかけしました。うっかり声に出してしまいました。」


「いえ、構いませんソーヤ様。ですが、ソーヤ様がご存知の食材と言う事であれば調理法にも何か心当たりが?」


 三人に着席を促して、座卓の上に日本語版レシピ集と材料・素材の記録を出してページをめくる。


「ここに書いてある ”タコ” というのがあの食材のことです。こっちのレシピ集にも調理法が載っています。」


「”タコ”ですか…こちらでは、キュパスという名前です。サクラ、レシピ集を」


 サクラさんがレシピ集を開き、同じページを探し当てる。


「タックヤキ! あれがタックヤキの正しい素材なんですね! ソーヤ様!!」


「正しい素材というのはちょっと違うかもしれません。このレシピ集はサーブロさんが苦心の末辿り着いたものでしょうから。確かに、向こうでは中身がキュパス(茹でタコ)でしたけど。

 ただ、キュパスなんですけど、そのままでは使えないと思います。確か下処理が必要だったと… ぬめりを取らないと、とても生臭いと聞いたことがあります。塩を振ってもみ込めば、ぬめりが取れたと… 思います。」


「わかりました。その方法を試してみます。それと別の話なのですが、今日、本宅の風呂場でお洗濯をされたとか… その時に何かなされましたか? 風呂場が見違えるくらいにきれいになっていたのですが…」


「ええ、使わせていただいたので、最後に掃除しておきました。まずかったでしょうか?」


「いいえ、とてもきれいになり感謝しております。ですが、旅館の風呂場も…もしかしてお掃除されておりませんか? 数日前に急にきれいになって従業員の間でちょっとした騒ぎに…」


 あぁ…あの時か…確かにデッキブラシを召喚して、はしゃいでしまった記憶がある。


「すみません、それも僕です……」




 --------------

 宿泊客も部屋に戻ったようなので、揃って厨房に行く。料理人が2名待っていた。

 さっそくキュパスの下処理を始める。箱の中には絞めて内臓も取ってあるキュパスが5匹、ゴーロウさん、ナツコさんと料理人の二人はさっそく塩もみの下処理を始める。


「ゴーロウさん、僕もやってみていいですか? 皆さんの参考にはなりませんけど、僕のアレ使えば、とりあえず下処理終わった状態にして、味見できる準備が出来そうなんで…」


「そうですね、味見だけでも先にできれば助かります。お願いいたします。サクラ、鍋にお湯を沸かしておきなさい。」


 "たわし召喚!”


 たわしで擦ったら旨味まで抜けちゃうなんてことは無いよな? 壁の時とおんなじでぬめりを汚れと思えば行けるはず。

 さっと擦るだけで、いっぺんにぬめりが無くなる。タコの身に傷もついていない。これなら… 丁寧に擦る、タコの足の付け根や間、吸盤の隙間もきっちり…


「ゴーロウさん、こっちは準備できました。見てもらえますか?」


「ぬめりも全く残ってないですね。ここにもそのたわしが欲しいですよ。サクラ、お湯の方は大丈夫ですね。では試してみましょう。」

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