第83話 職人目線

「あと、もう一つ登録したいものあるのですけど。これは登録できるのか意見を聞きたいのです。」


 と言って、クック表を取り出してベンリルさんに見せる。


「クック表と言います。掛け算を覚える時に使うものです。縦の列、横の行にそれそれ1~9の数字があります。例えば6×7は6の列の7の行のところ、42と書いてありますよね。その書いてある数が計算結果です。どうです? 登録できそうでしょうか?」


「クック表… 確かに掛け算を覚えるのに役に立ちそうですが… 紙だけですと書き写されてしまえばいくらでも作れてしまいます。商材登録しても事実上販売の管理ができないでしょう。」


「では、これと一緒では?」


 クック表の歌を書いた冊子を取り出す。


「クックの歌ですか… やはり形がある物でないと登録は難しいと思います。」


 だよね。もっともおれも登録は出来ないと思っていたけどさ。


「ですよね。わかりました。算術台とソーロバンの使い方の説明書として付けちゃいますか。そうすれば、購入者は知ることができますし、その後は説明書が欲しいと言われたら、個別に売ればいいだけですし。」


「なるほど、説明書として添付、販売するのですか。それなら売り上げも管理できますね。その販売、やはりソーヤさん自身がするつもりは無いのですか?」


「ええ。算術台と同じように、商業組合トレードギルドで販売していただけませんか?」


「わかりました、商業組合トレードギルドで取り扱いいたしましょう。売り上げについては先日の取り決めと同じでよろしいでしょうか?」


「かまいません。それでお願いします。あともう一つお願いがあります。あることをローク・ドージョー食品商会を通して調べることになり、その情報の受け取りと費用の支払いをお願いしたいのですが。」


「ふむ、そうなると、冒険者協会ギルド口座より商業組合トレードギルドに商用口座を作ったほうがよろしいと思います。まだ初回の売り上げ振込もされておりませんし、必要であれば冒険者協会ギルド口座との連携も出来ます。年間小銀貨1枚の手数料はかかってしまいますが。」


「そうですね。お願いします。開拓団ラドサに戻ったら、ほぼ冒険者協会ギルドの仕事もしないでしょうし。あと、ソーロバンの製作工房なんですけど、親方のところだとまた負担かけちゃいそうで…他にありませんか?」


「大丈夫ですよ。ファニル親方は気にしないと思いますよ。今から行ってお願いしてみましょう。駄目だったらその時に別の工房を紹介させていただきますので。」




 --------------

「ファニル親方!おられますか~?」


「なんじゃ~。 おぅ…ヒヨッコ。今日も来たのか。ベンリルも一緒となるとまた試作品か?」


「試作品じゃなくて、これの製作をお願いできないかと思いまして。」


 そう言って、マジックバックから、ソーロバンと昨夜書いたその仕様書を取り出す。


「うちは、家具工房なんだがなぁ… 」


 とぼやきながら、親方は仕様書とソーロバンを細かく見ていく。


「ファニル親方、算術台とこのソーロバンどちらも計算に使う物なんです。

 〔 算術道具と言えばファニル家具工房! 〕

 そんな売り文句かっこいいと思いませんか? ね!ね!親方!」


 ベンリルさんブランド化させるつもりなのか? 親方が儲かれば、おれもうれしいけどさ。


「そんなことしなくても、まともな仕事をしていればちゃんと客はつくわい。

 ふむ、計算の道具か、ヒヨッコちょっと使ってみてくれ。」


 またソーロバンの計算を披露する。でも親方の視点はそこじゃなかった。


「なるほどな、これは出先でも使うことはあるのか? それなら少し工夫せんといかんな。不安定な場所で手がぶれたら珠が動いちまう。かといって軸がきつかったら使いづらいだろうし、水や砂ぼこりとかにも注意せんといかん。どうしたもんかな。」


 確かに…商人が持ち歩くことを考えていなかった。常に机やいすがある場所とは限らない。算術台は最悪地面においても使えるけど、ソーロバンはそうはいかないよな。


「珠に適度な摩擦か… あれが使えるかもしれんな。あと、こいつを任せられるのはニトールか…ちょうど手が空いているし。 ニトール! 椅子の座面の布を何種類か持ってこっち来い。」


「なんです? 親方。布はこれでいいですか?」


「こいつを使うか。ニトールお前に任せる仕事だ一緒に聞いておけ。裏にこの布を貼り付けた板、きっちり治まる箱蓋を作る。ヒヨッコ、この珠のついた軸はこんなに必要か?」


「鉄貨から…大金貨まで8桁だから… 10もあれば足りると思います。」


「これは、細かい仕事ですね。面白そうです。珠の大きさは指の太さぐらい…となると軸の間隔は…指一本分より気持ち広めがいいかな?」


「ニトール、夕方までにどのくらい作れそうだ?」


「15くらいですかね? 大きさを変えて2個づつ5種類かなぁ。」


「その数でいいか? ベンリル」


「大丈夫です。お願いします。試作の代金はどうしますか?」


「どのみち、うちにやらせるつもりだろ、試作費用は不要だ。正式契約の値段設定をしておけよ。ベンリル」


「そうだ! 親方、僕あと数日で開拓団ラドサに帰るんです。その時に子供たちにお土産として算術台を持って帰りたいんです。10組お願いできますか?」


「いつだ? いつ帰るんだ? すっかりずっと領都ラドに住むもんだと思い込んでたぞ。」


「4日後には領都ラドを出発するつもりです。間に合いますか?」


「うちをその辺の工房と一緒にすんな、ちょっと待ってろ。」


親方があの箱を持ってくる。


「次の騎士団への納品で準備してあった奴だが。もってけ。」


「ありがとうございます。お代は…」


「今更金なんかとれるか! 散々世話になったしな。出発の前にもう一度顔を出せ、渡したいもんがある。必ず顔を出せよ。いいな。」




商業組合トレードギルドへの帰り道。


「4日後ですか…、私にもできることございませんか? ソーヤさんがこのままずっと領都ラドに住んでいただけるのが一番なんですけどね。」


「なんだか、うれしいです。皆さんにそう言って貰えて。そうだ、ドージョーで使っている草床たたみの工房知りませんか? あれを買って帰りたいのですけど。」


「草床の工房ですか…一般的に売っているかどうか? 商業組合トレードギルドに戻って調べましょう。御案内させていただきます。」


戻るとベンリルさんはさっそく台帳を引っ張り出して調べ始めた。


「これですね、イサーグ工房。御案内いたします。」




「ここですね。すみません! どなたかおられますか?」


「はーい。」


奥から、女性が出てきた。


「すみません、草床を購入したいのですが可能でしょうか?」


「在庫はあるけど… 大きさが1種類しかないです、それでもよろければ?」

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