第82話 長湯に注意

 スライムを壺に戻して、これまでの経緯を親方とミケラさんに話す。絶対に内緒と念を押して。


「面白いやつだとは思ってたが、そもそもが普通じゃなかったとか。洒落しゃれにならん。しかしそんな大事なことを… 話を漏らすことは絶対にしない。聖典派きょうしんしゃに狙われるなんぞごめんだからな。」


「あの、ソーヤ様… 最初の彫像を受け取ってもらえませんか?」


で… せっかくの彫像、僕が貰ってもいいんですか?」


「なんとなくですが、最初の彫像はソーヤさ…ソーヤさんが持っていた方がいいと思うのです。」


「ありがとうございます。大切にさせていただきます。じゃぁ、そろそろ帰ります。」



 ミケラさんが試し彫りだった女神像に渾身の仕上げをした。それを受け取って工房を後にする。



 --------------

 宿に戻り、夕食前に一風呂浴びようと思い風呂に向かう。

 おや? 着替えの入った篭棚が二つ既に使われている。珍しく二人も先客がいるのか。


 ガラガラ と引き戸を開け、湯煙で見通しがきかない中、洗い場の椅子に腰かけて体を洗う。湯煙で見えないだろうから当然 "たわし召喚!” したよ。

 さっぱりしたところで湯船につかる。


 どうしても出てしまう ア゛ア゛ア゛ア゛・・・・という声。


 湯煙の向こうから近寄ってくる気配が。


「やはり風呂で待っていて正解でした。」


 声の主はミツーキーさん。もう一人は? ドルナルドさんか。ということは、ソーロバンの件かな?


「先ほど、ゴーロウ氏とも話をして私どもローク家、ドージョー家からのお願いがありお待ちしておりました。」


 おや? ソーロバンの話じゃないのか?


「サーブロの遺産をすべてソーヤ様に譲渡し、受け取っていただきたいと考えております。ローク家からは、ソーロバンを含めたサーブロの遺産の品々。ドージョー家からは、こちらの言葉で書かれていないレシピ集、材料・素材の記録それと日記。日記については翻訳がすべて終わった後になりますが。」


「え? 一方的に貰いすぎの様な気がしますが…?」


「そうでもないのです。実はこの譲渡には他の意図もございます。例の聖典派やつらの件。私どもが管理するには、少々荷が重く危険が大きすぎます。一番安全な場所、ソーヤ様のマジックバックで保管していただくのが最良と考えました。」


 なるほど…確かに。あのマジックバックはおれしか使えない。

 最悪おれが殺されてもサーブロの遺産が聖典派やつらの手に渡る可能性は無い。確かに現状では最良の隠し場所かも知れない。

 ただ、翻訳はそんなに簡単に終わるような量じゃないけど。


「わかりました。そう言う事であれば、喜んで受け取らせていただきます。で、一つ確認です。ソーロバンについては? どうしますか?」


「そのことですが、両家に伝わる ”クック” と共に、ソーヤ様が商業組合トレードギルドに登録していただけないでしょうか? 両家とも登録後は一切の権利を放棄いたします。

 ソーロバン自体は広く普及してもらいたいのですが… 関係が明るみになるとそれこそ聖典派やつらに目を付けられてしまいます。

 考案者がソーヤ様と言う事であればそれがサーブロの遺産とは考えないと思いますので。」


「…やはり、もらいすぎの様な気がします、多少はこちらからもお支払いをしないとバランスが… そうだ、その代わりと言っては何ですが、費用と報酬はお支払い致しますので、あることの調査というか資料の収集をお願いできないでしょうか?」


「なんでしょうか?」


「ローク・ドージョー食品商会の方々は、他国に行く機会が多いと思いますので、帝国と聖公国以外に現れた【使徒】たちのことを調べていただけませんか?

 あくまでも一般的な事柄、史実。いつ、どんな使徒が現れたか、何をしたかということだけで結構です。詳しくなくても構いません。むしろ詳しくなくていいです。目立ってしまったら本末転倒ですので。

 帝国の使徒については辺境伯様が調べていただけると言う事なので。それ以外の地域を… 仕入れのに調べていただけないでしょうか?

 結果や費用については商業組合トレードギルドを通してのやり取りをすると言う事でどうでしょうか?」


「その程度でよろしければ。」


「助かります。商業組合トレードギルドには登録のついでにその話もしておきます。ところで、何時からお待ちになってたのですか?」


「そんなに長く待っていたわけではありません。ほんの一時間ほどです。」


 いや! 充分長いでしょ! ねぇ、ドルナルドさ? ん?

 やばい!やばい!! 視線の先には…から水死体どざえもんになりかけて湯船に浮いているドルナルドさんが。

 二人がかりで連れ出して、脱衣所の長椅子に寝かせる。



 --------------

 夕食の時に、ゴーロウさんと少し話をした。


「ミツーキーさんから聞きました。レシピ集などの扱いの話を聞きました。ですが、日記あれの翻訳はそう簡単には終わらないと思うのですが。5日後には開拓団ラドサに帰るつもりですので。」


「5日後ですか…。 翻訳に関しては、こちらに考えがございます。ご安心ください。」


 それならいいや。その時はそう思い深く考えなかった。

 部屋に戻ると、そこにはサーブロさんの遺産が整理され置かれていた。さっそくマジックバックに詰め込む。

 明日は、商業組合トレードギルドでソーロバンとクック表の登録だな。まとめて資料を作っておこう。

 

 思いのほか資料作成に手間取ってしまった。



 --------------

 21日目、朝食後さっそく商業組合トレードギルドに向かう。もちろん目的はソーロバンとクック表の登録だ。またベンリルさんを振り回すことになりそうだ。


 商業組合トレードギルドは相変わらず活気があるな。窓口で新商材の登録の件について、ベンリルさんに会いたいと告げロビーで待つ。


「ソーヤさん、新商材の登録ですか? さっそくですがこちらにどうぞ。」


 現れたベンリルさんは目をキラッキラさせながら話しかけてくる。今日もあの小部屋に行く。


「ベンリルさん、算術台の登録の時に話をした…あれ、覚えていますか?」


「ソロバーンという計算の補助具の話ですね。覚えてますよ… もしや!サンプルが!! 見せてください! 今すぐ見せてください!」


 すごい喰いつき。この姿勢は見習うべきだろうか?


「この出所について、詳しくはは説明できませんが、僕が一切の権利を頂きました。これです。」


 と言って、マジックバックからソーロバンと使い方をまとめた冊子を取り出して机に置く。


「木枠の中に軸を通した木珠が並んでいますね。これはどう使うのでしょうか?」


 目の前で説明しながら足し算をしていく。ベンリルさんの目がこれでもかというくらいに見開かれ、キラキラと光っているよ。


「す…素晴らしい! これが普及すれば、商売の世界が一変します。」

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